異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
301 / 312
〈成人編〉

41. 旅は道連れ 4

しおりを挟む

 大森林内で二年前に発見されたハイペリオン・ダンジョン──通称『食材ダンジョン』。
 東の冒険者ギルドが分かりやすくまとめた小冊子を購入したオスカーから、次の視察先としてどうかと提案された。
 木版で刷られた冊子には、食材ダンジョン周辺の地図と各階層のフィールドに関する注意点や出没する魔獣、採取できる植物について詳しく綴られていた。
 捲ってみると、文字だけでなく簡単な図解があり、とても読みやすい。
 グレンは素直に感心した。

「おお。各階層のドロップアイテムに、おおよその買取額まで書かれているな」
「随分と親切なことですよね。魔獣や魔物の肉や素材、薬草に魔道具の類は冒険者ギルドが買取りを、食材に関しては商会での買取りをすすめているようです」
「まぁ、冒険者ギルドで珍しい果実や食べられる野草やキノコを持ち込まれても困るだろうからな。よく考えられている」

 ダンジョンでドロップした魔獣肉は魔力の膜で覆われているため腐敗しにくいが、採取した果実はそうはいかない。
 この冊子の情報が正しければ、水蜜桃すいみつとうや黄金林檎のような希少な果実が採取できるという。
 せっかくの高額買取り対象の果実を冒険者ギルドを通すことで劣化させるのは、どう考えてももったいない。

「買取り推奨先はエイダン商会のようですよ、グレン」

 ダンジョン都市で彼らが常宿にしている高級ホテルを運営する商会である。

「ふむ。食材ダンジョンはエイダン商会が投資をしているようだし、なかなかのやり手のようだな」

 ダンジョン周辺の開発のために投入した莫大な資金を回収する当てが、彼らにはあるのだろう。
 エイダン商会ほどの大店おおだなが稼ぎどころを見誤ることは滅多にない。
 冒険者ギルド本部で小耳に挟んだのだが、ハイペリオン・ダンジョン周辺の開発に協力した分、商会が経営する店や宿屋を優先的に出店させたとか。

「しかも、希少な食材の買取りもほぼ独占契約しているようなものだぞ……?」

 もうそれだけで、かなりの額の資金は回収できていそうだと思う。
 
「でしょうねぇ。エイダン商会はホテルだけでなく、レストランや食堂にカフェ、パン屋などの飲食系の店がダンジョン都市では大人気だとか。どの店もハイペリオン・ダンジョンの食材を使っているみたいですよ」
「それであれほどに美味だったのか」

 オスカーと顔を見合わせて、しみじみ頷き合う。
 すっかりダンジョン都市の美食にハマった二人は、食堂から居酒屋、レストランにカフェ。
 そして人気のパン屋までハシゴして、しっかりと極上の食事を堪能していた。

「魔獣肉に魔物肉。そして極上品のスパイス。王国にはない、珍しい調味料や酒までドロップするようですよ」
「あの美食の謎が分かるかもしれないな。スパイスや酒は、兄上への土産にもしたい」

 そんなわけで、二人は次に挑むダンジョンを『食材ダンジョン』に決めたのだった。


◆◇◆


 せっかくなので、途中の街でも美食を楽しむことにした。
 わざわざ乗り合い馬車を使い、同乗した客にオススメの店を聞き出しながら、のんびりとハイペリオン・ダンジョンを目指す旅だ。

 その日は、ちょうど向かいの席に座った男が最寄りの村の名物料理が美味いと教えてくれた。
 とくに、村唯一の宿で出されるシチューが絶品とのことで、無言で見つめ合った二人はいそいそと馬車を降りてしまった。

 ホーンラビット肉を使った名物シチューは男が言っていたとおり、絶品だった。
 ほろっと崩れるやわらかな肉。ダンジョンでドロップするという特別なミルクとチーズをたっぷり使って作られたシチューは名物料理として納得の味だった。
 一度しか味わえないのはもったいない。
 この夜は宿に泊まり、夜と翌朝もたっぷりシチューを味わうことにしたのだが──

 のんびりしていたため、翌朝の便の乗り合い馬車が二人を待たずに出発してしまった。
 これを逃すと、次の便は翌日になる。
 慌てて追い掛けて、どうにか休憩場で追いつくことができて二人はほっとした。

 肩で息をつきながら、狭い客席に潜り込んだところで出会ったのが、ナギだった。

(獣人の少女、か? これほど幼いのに、一人で乗り合い馬車に乗っているとは訳ありか……)

 ちょうど向かいの席に座っている、その黒髪の少女と目が合う。
 十二歳──いや、育ちのいい獣人族なのだ。おそらくは十歳ほどの女の子。
 耳や尻尾の形から、狼の血を引いているのだと思われた。
 漆黒の艶やかな髪色を見るに、勇猛果敢で狩猟上手な黒狼族だろう。
 かの種族の者にしては珍しく、晴れわたった青空のような美しい瞳の持ち主だった。

(? どこかで、会ったことがあったか……?)

 ふと覚えたのは、そんな違和感。
 だが、グランド王国に住む獣人は少ない。
 いたとしても、冒険者がほとんどを占めているため、王族であるグレンが会う機会はほぼないはずだった。

(気のせいか……? だが、どこか懐かしい……誰かの面影があるような──)

 思考に耽りかけたため、つい足元が疎かになってしまった。
 馬車の揺れと共に身じろいだ際、グレンは何かを踏ん付けてしまったのである。

「ギャンッ!」

 甲高い悲鳴が足元から響いて、慌てて足を持ち上げた。
 向かいの席の獣人の少女が足元を覗き込んで、ヒンヒンと鳴く黒い毛玉を宥めている。

「大丈夫?」

 キャンキャン、と少女に何かを訴えるように鳴いているのは、可愛らしい子犬だった。
 ふかふかの黒い毛並みをした『彼』はどうやら少女の旅の相棒であったらしい。

「すまない。うっかり踏んでしまった。怪我はないだろうか?」

 潔く己の非を認めて頭を下げると、少女は大丈夫です、と謝罪を受け入れてくれた。
 抱き上げて己の膝に座らせた子犬の顔を覗き込んで「もう、そんなに大袈裟に痛がらないの」と叱っている。
 哀しそうにクーンと鼻を鳴らす子犬の姿に、グレンは胸が痛んだ。
 申し訳なさすぎる。敏感な尻尾を踏んでしまったのは自分なのに。

 グレンは犬が好きだった。
 王城でも飼っていたが、愛玩犬ではなく、狩猟犬だけだったので、手放しで可愛がれる存在ではなかった。
 仔を産んで、一ヶ月ほどの間だけは、調教師の立ち会いのもと、子犬を撫でることを許されていた。

(あれは可愛かったな……。この子はもう少し育っているようだが、狩猟犬よりも愛嬌のある顔をしている)

 つまり、とても可愛らしい子犬だ。
 仲良くなりたい、と考えてグレンは飼い主である少女に自己紹介した。
 あわよくば、乗り合い馬車の旅の間だけでも触らせてもらおう、なんて考えていたことを、おそらくオスカーはしっかり見抜いていたのだろう。

「私はナギ。こっちはアキラ。えーと、食材ダンジョンにお仕事を探しに行くところ、です」

 物怖じすることなく、ナギも名乗ってくれた。相棒の子犬はアキラというらしい。
 ちょっと変わった響きの名前だが、彼にはよく似合っていると思う。

 尻尾を踏まれたことを根に持っているのか。アキラはじとっとこちらを睨み付け、警戒しているようだ。
 これではせっかくの毛並みに触れさせてもらえそうにない。

(ならば、餌付けだ!)

 港街で買い溜めしておいた魚の干物を取り出して、あげていいかを飼い主の少女に尋ねる。
 もちろん怪しいものではないと、自分でもかじり、ナギにも手渡してあげた。
 きょとんとしつつも承諾してくれたので、グレンはさっそく餌付けに勤しんだ。

 ナギがスモークサーモンと呼んだ干物は、アキラの口に合ったようだ。
 はたはたと尻尾を振りながら、夢中で食べる様子がとても愛らしい。
 実は自分と同じくらい犬好きなオスカーも瞳を細めて、子犬を眺めている。

 それから馬車旅の合間、せっせと彼が好きそうな肉や魚などを貢いだ結果、ようやく背中に触れることを許された。
 そっと指先で撫でると、信じられないくらいにやわらかで、ふわふわの感触だった。

「かわいいな」
「そうですね。それに、とても賢いです」

 ナギが『お願い』すると、彼は茂みに消えて、どこからか獲物を咥えて戻ってくるのだ。

「優秀なハンターですよね。あんなに小さいのに」
「あんなに小さくて可愛いのに、凄腕だよな!」

 餌付けが成功して、少しだけ自分たちに慣れてくれたと嬉しく思っていたのだが。

 壊滅的に調理が下手な自分たちが、むしろナギに胃袋をおさえられているのでは? と気付いた頃には、すでに彼女に餌付けされた後だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。