異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
302 / 312
〈成人編〉

42. 旅は道連れ 5

しおりを挟む
 乗り合い馬車で一緒になった獣人の少女のことをグレンは気に入ったようだった。
 おそらくは成人前の、年若い少女。見たところ、オオカミ系の獣人のようで、艶やかな黒髪が印象的な少女である。
 毛並みから、狩猟が得意な黒狼族かと思ったが、目が覚めるような鮮やかな青い瞳の持ち主だったので、混血ダブルなのかもしれないとオスカーは考えていた。

(どちらかの親が獣人なのだろうな。もう片方の親は、北方の生まれなのかもしれない)

 グランド王国や帝国出身の人族の血を濃く引いている可能性が高い。
 北国はダリア共和国と違い、色素の薄い国民が多いのだ。
 そう、オスカーの敬愛する友人グレンのような、金髪碧眼の──……

 そこまで考えて、ふと眉を寄せた。
 この二人はどこか、まとう雰囲気が似ていると思ったのだ。
 そっと視線を向けた先では、ちょうどグレンが獣人族の少女、ナギと共に夕食の準備を手伝っているところだった。

 顔立ちは、まったく似ていない。
 王族である彼はその美貌で名を馳せた母、先代王妃譲りの容姿をしており、それ自体が黄金の冠にたとえられる見事な金髪とアクアマリン色の瞳の持ち主だ。
 
 ナギはクセのない艶やかな黒髪を無造作に束ねている。
 よく見ると、繊細に整った顔立ちをしているが、綺麗というよりは可愛らしい顔立ちだ。
 だが、その鮮やかな瞳の色は、グレンとそっくりで──

「どうした、オスカー。手元が疎かになっているぞ?」

 ぼんやりと鍋の中身を覗き込んでいた二人を見つめていたところ、視線に気付いたグレンにそう窘められてしまった。

 はっと我にかえり、慌てて視線を手元に落とした。
 本日の糧となる獲物を解体している最中だったのだ。
 のんびりしていると、血が巡って、肉の味が落ちてしまう。
 
「すみません。ぼうっとしていました」
「珍しいな。疲れているんじゃないか? 僕が代わろうか」
「いえ、それは遠慮します。貴方に任せると、可食部位が減ってしまう」
「信用ないな、僕」
「グレンさんって、剣は得意なのに、包丁を使うと、どうしてそんなに不器用になるんでしょうね」
「う……僕も不思議なんだよね、それ」

 くすくすとナギに笑われて、グレンが恥ずかしそうに頭を掻いている。
 そうやって笑い合っていると、瞳の色が似ているせいか、仲の良い兄妹のようだ。

「オスカーさん、スープの下準備はできたので、解体を手伝いますね」
「ありがとうございます、ナギさん」
「いえいえ。今日はアキラとオスカーさんのおかげで、お腹いっぱいご馳走を味わえます」
「そうだぞ、オスカー。三羽も仕留めてくれたから、今夜はたっぷり肉が食える!」
「キャン!」

 焦れたように足元で吠えるのは、漆黒の毛玉──もとい、アキラだ。
 グレンは仔犬だと思い込んでいるようだが、脚の太さや筋肉の付き具合から、あれは仔狼だと思う。
 この小さなハンターは『自分もたくさん仕留めたぞ』と言いたげに、飼い主の少女の足首をぺちぺちしている。
 ナギはくすぐったそうに笑う。

「分かっているってば。アキラもたくさん狩ってきてくれたものね? ありがとう」
「うむ、すばらしいぞ。こんな小さな体で、どうやって五羽も獲ったんだ?」
「うちの子、狩りが得意なんです」

 今夜の野営場所は近くに大きな湖があり、カモの生息地だったのだ。
 夕陽に染まる湖面でのんびり泳いでいたところを、オスカーが弓で射たのである。
 彼が射抜いたのは三羽だけで、残りの五羽は仔狼が岸辺近くにいたのを仕留めたものだ。
 ちなみに射抜いた獲物を回収しれくれたのも彼である。
 何も考えずに湖面のカモを仕留めてしまい、後悔していたところを、アキラが湖に飛び込んでくれた。

(しくじった。いつもの狩猟大会のクセで、回収場所を考えずに射抜いてしまった……)

 王家所有の優秀な狩猟犬がいつも獲物を回収してくれていたのだ。
 湖に落ちた獲物は、本来なら諦めるところだったのだが、アキラのおかげで夕食にありつけることができる。

(今度からは、狙い撃つ場所に気を付けよう)

 そう心に誓って、ナギと二人でせっせとカモを捌いた。
 魔獣化していない普通のカモだが、丸々と肥えて美味しそうな肉だ。
 どんな料理になるのだろうか、と。
 手早く下処理を施していくナギの手元をじっと見つめてしまう。
 気付いた少女が笑顔で説明してくれた。

「これはお腹に野菜や香草を詰めて、じっくりローストしますね」
「それは楽しみです」

 丸々と肥えたカモの腹の中身を取り除いて、何かを詰めていたのは、ローストにするためか。
 詰め物は、グレンが提供した玉ねぎや採取した野草を使うらしい。
 肉の匂い消しにハーブも必須だとか。

「キャン!」

 ちょろちょろと駆け寄ってきた仔狼が咥えていた何かをナギの足元に置いた。
 ころんと丸いフォルムの──キノコだろうか。しゃがんで拾い上げたナギが、ぱっと顔を輝かせる。

「マッシュルーム! アキラが採ってきてくれたの? ありがとう、いい子ね!」
「キューン」

 頬を両手で揉み込むように、やや豪快に撫でてやるナギを嫌がるでもなく、アキラは嬉しそうに鼻を鳴らしている。
 うっとりと瞳を細めて、ずいぶんと気持ち良さそうだ。
 少し離れた場所で所在なげに立つグレンが「いいなぁ」とでも言いたそうな、羨ましそうな表情を浮かべている。
 犬好きのくせ、なぜか当の犬にはあまり好かれていない彼は、両手をわきわきさせていた。
 頭の中でアキラを存分に撫でている気にでもなっているのだろう。

「玉ねぎとマッシュルーム、湖の傍に生えていたクレソン。あとはニンニクを刻んで入れちゃおう!」
「キャン!」

 うきうきとした様子で、ナギが調理を再開する。
 腹の中身にも食べられる箇所はあるらしく、そっちは串焼きにするようだ。
 全部で八羽のカモは、四羽をローストに。残りは羽根を毟って枝肉にして、明日以降の食材として確保することになった。

「この野営地に立派な石窯があって良かったです」
「そうだね。フライパンで焼くとなると、時間が掛かっただろう」
「大きいから、一度に焼けるのもありがたいですよ」

 幸い、今は誰も使っていなかったので、遠慮なく備え付けの石窯を使わせてもらおう。
 拾い集めた枝に火を点けて、カモ肉をじっくり焼き上げていく。

「先にスープを食べちゃいましょう」
「ああ、今日のスープも美味そうだな」
「このキノコは僕が採取してきたものだね」
「はい。肉厚で美味しいですよ。味付けはスモークサーモンと干し肉を使わせてもらいました」

 食材はグレンとオスカーが提供し、ナギは採取した野草やハーブ、キノコなどを上手に使い、美味しい料理を作ってくれている。
 さすがに朝から調理をする暇はないため、昼食と夕食を世話になっていた。
 こんな小さな子供に頼るのは申し訳なかったが、美味しい食事には逆らえない。

「ん、串焼きも火が通ったみたいですね。お二人とも、内臓は平気です?」
「レバーは食べたことがあるよ。寒い冬の間の栄養食として」
「かなりクセはありますが、慣れるとそれなりに旨いですよね。ワインの肴にちょうどいい」

 北方の地にあるグランド王国の冬は長い。新鮮な肉が手に入りにくい冬の間は干し肉やレバーペーストをよく食べていた。
 独特の風味があるため、苦手に思う子供は多い。
 
「レバーはあいにく傷が付いていたので、無事だったハツをどうぞ」

 ナギが差し出してくれた串焼き肉を受け取る。ハツが何かは分からなかったが、親指ほどの太さのぷりっとした肉は見るからに美味そうだ。
 思い切って口にする。
 グランド商会で購入した甘辛いタレが絡んだ串焼き肉は驚くほど旨かった。

「弾力があって、食べ応えがあるな」
「初めての味です」
「美味しいですよね。私、好きなんです」

 コリコリした食感が不思議と後を引く。
 石窯で焼き上げたカモ肉のローストも絶品だった。
 魔法の粉です、とナギが笑顔で振りかけてくれた複雑な香りのスパイスが合っていて、とても美味しい。
 夢中でかぶりついて、あっという間に平らげてしまった。

「ナギをうちの料理長にスカウトしたいくらいだ……」

 恍惚とした表情で口走るグレンの脇を肘でさりげなく抉り、オスカーも深く頷いた。
 少女の傍らでは、あんなに小さな体なのに自分たちと変わらない量の食事をぺろりと平らげた仔狼が満足そうに横になっている。
 ぷっくり膨らんだ、まんまるの腹が愛らしい。
 そーっと触りにいったグレンの手にかぷりと甘噛みしているのは、ご愛嬌。

 食事の片付けが終わると、ナギは仔狼を抱き上げて、すばやく退散する。
 おやすみなさい、と笑顔で挨拶を交わすと、さっさとテントに戻るのだ。

「かなり親しくなったと思うんだけど、まだ警戒されているのかな?」

 グレンは残念そうだが、年端もいかない少女の一人旅なのだ。あれくらいが普通なのではなかろうか。

「安全に旅をしたいなら、僕たちの近くにテントを設置すればいいのにね」

 わざわざ、集団から離れた場所で寝泊まりする姿はたしかに違和感がある。

「……まぁ、年頃の少女はそんなものなんでしょう」

 ちょっとだけ寂しいと思ってしまったのは、グレンには内緒にしておこう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

悪役令息の継母に転生したからには、息子を悪役になんてさせません!

水都(みなと)
ファンタジー
伯爵夫人であるロゼッタ・シルヴァリーは夫の死後、ここが前世で読んでいたラノベの世界だと気づく。 ロゼッタはラノベで悪役令息だったリゼルの継母だ。金と地位が目当てで結婚したロゼッタは、夫の連れ子であるリゼルに無関心だった。 しかし、前世ではリゼルは推しキャラ。リゼルが断罪されると思い出したロゼッタは、リゼルが悪役令息にならないよう母として奮闘していく。 ★ファンタジー小説大賞エントリー中です。 ※完結しました!

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。