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〈冒険者編〉
230. 精霊魔法は便利です
しおりを挟む「もうちょっと三階層でコッコ鳥を狩ってもいいんじゃないかしら?」
オムレツとチキン南蛮を堪能した翌日。
上目遣いのラヴィルが可愛らしくねだってきたが、ナギはスルーした。
エドは師匠のはずの白うさぎさんを冷ややかに一瞥する。
「ダメですよ、ラヴィさん。今回はダンジョンの調査報告任務なんですから」
「そうだぞ、師匠。ここで時間を潰してしまったら、先へ進めない」
「うう……ふわとろオムライス……」
「マヨソースたっぷりの鶏肉料理……ッ」
コッコ鳥の卵を使ったオムライスとタルタルソースたっぷりのチキン南蛮はよほど皆の胃袋を掴んでしまったらしい。
ラヴィルだけでなく、ミーシャや『黒銀』メンバーまで残念そう。
仕方ない、とナギは肩を竦めた。
「四階層はワイルドディアの生息する森林フィールドです。ドロップするのは肉と魔石。フロアボスは上質な黒胡椒をドロップします。鹿肉をその黒胡椒を使って調理した肉料理はとんでもなく美味ですよ?」
淡々とした口調で説明すると、ギラリと皆の目が輝いた。うん、やはり美味しい肉料理は正義だ。そして、とどめの一言。
「攻略が進めば、夕食のデザートに美味しいプリンが付きます。コッコ鳥の卵と蜂蜜を使ったデザートです。エドの好物よね?」
「ああ、プリンは美味い」
「プリン……!」
「あの、素晴らしいデザートが、この食材ダンジョンの素材で再現される、と?」
こくりと頷くエドを押し除けるように、ラヴィルがナギに詰め寄ってくる。
音もなくにじり寄ってきたのはミーシャも同じで、以前にご馳走したことのあるプリンに思いを馳せているようだ。
(そう言えば、二人ともプリンを気に入っていたものね)
ぺろりと三人前は平らげていたことを思い出す。以前、二人に提供したプリンの材料は普通の鶏の卵だった。
それでも充分美味しかったのだが。
それを、このダンジョン産の卵と蜂蜜を使って作るとなると、どれほどの仕上がりになるのか、ナギにも分からない。
師匠二人はすぐさま意識を切り替えたようで、キリッと表情を引き締めた。
「行くわよ、皆。コッコ鳥はまた帰り道に仕留めれば良いわ」
「そうね。それよりもナギが作る鹿肉料理とプリンが気になります」
「この二人がそこまで言うとは……」
「きっと、素晴らしい料理とデザートなのね」
ルトガーとキャスが囁き合う背後で、黒クマ夫婦も真剣な表情で頷いている。
「鹿肉料理……」
「きっと美味しい」
「ぷりん、も気になる」
「絶対美味しい」
やはり胃袋を掴むのは大事だ。
それに、ナギもコッコ鳥の卵でバケツサイズのプリンを作って食べてみたかった。
以前、師匠たちとエドの四人で食べたプリンは蒸しプリンとオーブンで焼いたカスタードプリンだったが。
(スライムゼリーを大量に手に入れた今、トロトロの滑らかプリンが作れるはず……!)
「じゃあ、朝食のサンドイッチを食べたら、さっさと移動しましょう。次は綺麗な赤身の鹿肉がゲットできる森林エリアです!」
テーブルに朝食のサンドイッチとスープを並べて発破を掛けると、歓声が上がる。
美味しい鹿肉料理とデザートを期待して。或いは、たっぷりの具材を惜しげなく使ったサンドイッチを前にして。
「あっ、たまごサンド!」
「はいはい。ラヴィさんが大好きな、たまごサンドですよー。マヨネーズたっぷりの」
「んんっ。ふわっふわの食感でサイコーに美味しいわ!」
たまごサンドはゆで卵のフィリングの他にも砂糖と醤油で味付けた厚焼き玉子のサンドイッチも作ってある。
これはルトガーが気に入ったらしく、黙々と平らげていた。
ミーシャはツナマヨサンドイッチがお好みらしく、さりげなく自分の皿に積み上げている。
エド特製の食パンで作ったサンドイッチなのだ。美味しいに決まっている!
「こっちはキュウリとサーモンのサンドイッチ。これはハムサンド。レタスも入っていて美味い」
「まぁ、これはチキンね。甘辛くて不思議な味だけど癖になりそう」
「キャスさんが食べているのは、照り焼きチキンですね。大森林やこのダンジョンで手に入る醤油と蜂蜜を使った調味料で味付けしているんですよ」
「覚えたわ。ショウユ、ね。肉にも魚にも合いそうな調味料。パーティの分も確保しておきたいわ、ルトガー」
「そうだな。合間に採取しておこうか」
「蜂蜜も」
「大事、蜂蜜」
黒クマ夫婦はナギの期待を裏切ることなく、蜂蜜好きなクマさん発言をしてくれる。
デザート代わりのフルーツサンドも食べ尽くしたところで、ダンジョン攻略の再開だ。
コテージとテントを【無限収納EX】に片付けると、張り切って四階層に向かった。
◆◇◆
森林フィールドは恵みが多い。
四階層はワイルドディアが生息しているが、鹿の魔獣の餌となる果実がたくさん実っているのだ。
魔素の濃い大森林やダンジョンで採取する果実は濃厚で美味な物が多い。
珍しい果実や薬効の強い薬草はギルドの買い取りに回すこともあるが、美味しい果実は自分たち用に確保するのがナギだった。
鹿狩りと護衛は皆に任せて、ナギは黙々とベリー摘みに勤しんでいる。
ブルーベリーにラズベリー、ブラックベリーと季節に関係なく、完熟した実が連なるのがダンジョンの不思議さだが、気にせず採取した。
エドは『黒銀』パーティの引率、ラヴィルはナギの護衛をしつつ、近寄ってきたワイルドディアを軽々と倒してくれている。
ミーシャはナギに付き合って、採取中。
ベリーはナギに任せて、薬草やキノコなどを鑑定しつつ摘んでいる。
「食用の物、スパイスになる物が通常のダンジョンと比べても、かなり多い……。興味深いです」
「良いダンジョンですよねっ?」
「はぁ……。まぁ、貴女らしいです、ナギ」
呆れたような、楽しそうな、複雑な微笑を浮かべるミーシャに、ナギも苦笑するしかない。
「あ、ミーシャさん! あっちにリンゴの木があります! リンゴジャムを作りたいので、採りに行きましょう」
「量が多いわね。面倒だから、精霊に頼みましょう」
ラヴィルに見張りを頼み、ミーシャはリンゴの木の下に立つと、祈りを捧げ始めた。
エルフにだけ扱えると言われている、精霊魔法の発動だ。
ナギは風の匂いがほんの少し変わった気がした。
何も見えないが、周囲にはミーシャが喚んだ精霊がいるはず。
「リンゴの実を落としてくれますか? ……そう、実が傷まないよう、そっと運んでくれると嬉しいです」
ミーシャの歌うような響きの声に従い、リンゴの実が次々と地面に落ちてくる。
不思議な光景に見惚れているうちに、リンゴは全て採取されていた。
「ありがとう。お礼のミルクと蜂蜜をどうぞ」
小さな木製のコップと器を差し出すミーシャ。ミルクと蜂蜜はあっという間に消えたので、大勢の精霊が手伝ってくれたようだ。
「相変わらず、不思議な光景ね。精霊が見えない私からしたら、デタラメな魔法だわ」
「便利ですよ。お礼の品は必須だけど、魔力は使わなくて済むのがありがたいです」
「私は羨ましいです。だって、採取がこんなに簡単にできるもの!」
自分の手が届く範囲の実しか採取できないナギにとっては、喉から手が出るほどに欲しい魔法だ。
「エドが木に登って採ってくれるけど、あんまり高い場所や細い枝の先は届かないもの」
「まぁ、そうだけど。そんなにたくさん採ってどうするのよ?」
「う……目についた美味しい物は確保したくなる性格で」
身に付いた貧乏性はどうしようもない。
元令嬢とは言え、贅沢とは無縁だったので、これは仕方ないと思う。
根こそぎ浚えたくなるのは、実家の財産をがっつり回収した記憶が鮮やかだからかもしれない。
地面に転がるリンゴを拾い集めて収納する。どれも食べ頃、綺麗なリンゴだ。
こっそり鑑定したところ、蜜入りの完熟リンゴも含まれていた。
「ジュースにしても良さそう。これだけあったら、ジャムだけじゃなく、タルトタタンも作れるわね」
ほくほくしながら、エドたちがいる場所へ三人で向かった。
【自動地図化】スキルのおかげで、皆のいる場所はすぐに分かる。
「鹿肉、大量に手に入ったぞ!」
「フロアボスも倒した」
ルトガーとデクスターがドロップした肉の塊を掲げている。かなり大きい。
これは食い出がありそうね、と肉食白うさぎさんが嬉しそう。
「ナギ、黒胡椒がドロップしたぞ」
エドが笑顔で黒胡椒入りの瓶を持ってきてくれた。ぎっしり詰まった高級品に、ナギも口許が綻んだ。
「良い赤身肉と黒胡椒ときたら、ローストディアね!」
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