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〈冒険者編〉
243. ブラッドブルのステーキ
しおりを挟む鑑定したところ、トランクケースは魔道具だった。
拡張と時間停止機能付きなため、見た目よりも多くスパイス類が収納されている。
スパイスはそれぞれ大きなガラス瓶に詰められており、三十種類以上がトランクケースに眠っていた。
ナギは高鳴る胸の鼓動を意識しながら、そっと中身を確認していく。
「ターメリックにシナモン、クミン、サフラン、オールスパイス。カルダモンにローリエにコリアンダーまである」
まぁ、とナギの背後から覗き込んだミーシャも驚いていた。
「ガラムマサラにアニス、オレガノ、キャラウェイもありますね。クローブにバニラビーンズ、ナツメグに……チリパウダー? 知らないスパイスです。どんな効用があるのか、とても気になります」
エルフである彼女は料理に使うスパイスよりも、薬効の方が気になるようだ。
エドも隙間からひょいと覗き込んでくる。
「胡椒の大瓶もあるな」
「うん。ブラックペッパーの他にも、グリーンペッパーにレッドペッパー、ホワイトペッパーにピンクペッパーまであるわ! 色々と料理に試せそう」
「それは楽しみだな」
詳しく調べるのは後にして、ナギは笑顔でお宝入りのトランクケースを【無限収納EX】に収納する。
スパイスが高価な物だとは理解しているが、これまで手にしたことがない『黒銀』のパーティメンバーは微妙そうな表情だ。
「それは高く売れそうなのか?」
代表してリーダーであるルトガーに尋ねられて、ナギは瞠目する。
「売るんですか⁉︎」
「……正気か?」
年若い少年と少女に非難の眼差しを向けられて、ルトガーはらしくもなく怯んでしまった。
「いや、その……売るのは、マズいのか?」
「だってこんなに希少でなかなか手に入らないスパイス類ですよ⁉︎ これからこのダンジョンが攻略されるようになったら、スパイス類も以前よりは出回るかもしれませんけど……」
言い淀むナギを見兼ねてか、師匠であるミーシャが後を引き取ってくれた。
「これだけ上質で状態も良い大量のスパイスなら、金貨数百枚の価値はあるでしょう」
「おお……!」
「ですが、これは売るよりもナギに預けた方が、きっと私たちも幸せになると思います。道中で食べた串焼きの味を忘れたのですか?」
「っ! あの時使ったスパイスなのか……」
淡々と告げられたスパイスの価値に、ルトガーが歓声をあげる。
が、ミーシャの提案に眉を寄せ、唇を引き結んだ。
ダンジョンまでの旅路でナギが作ってくれた「かれーぱうだー」なる魔法の粉を使った串焼き肉は絶品だった。
儲けは出したいが、希少で高価なスパイスを使ったナギの料理は確かに皆を幸せにしてくれるだろう。
「……悩むな」
「なら、ここは多数決ね。あのスパイスでナギに料理を作ってもらいたい人ー!」
ニヤリと笑いながら、ラヴィルが声を張り上げる。
同時に手を上げる師匠二人に釣られて、ナギも慌てて挙手をした。
(あ、これ私も参加して良かったのかな? でもでも、スパイスは絶対に売りたくないし!)
ぎゅっと目を瞑って裁決を待つナギの肩をエドが優しく叩いた。
「ナギ、圧倒的支持を得て俺たちの勝ちだ」
「ふぇ……?」
おそるおそる目を開けると、一人を除いた全員が颯爽と手を挙げていた。
なぜか、売らないのかと聞いてきたルトガーも挙手をしている。
唯一、手を挙げなかったキャスがルトガーを締め上げていた。
「ちょっと! なんで貴方が手を挙げているのよ?」
「いや、だって……ナギが作ったスパイス料理、食ってみたいなーって思って……」
「そんなの私だって思っているわよ! 欲望を我慢して、パーティの金庫番として利益を優先したのに、もうっ!」
「すまん」
「悪かった」
「でも、ナギのご飯は美味しいから」
他のメンバーに次々と謝られて、キャスは肩を落とした。
「もういいわ……私も自分に素直になります。私もナギのスパイス料理が食べたいから、売らないに一票!」
かくして全員一致で、スパイスはナギの手元に残ることになった。
◆◇◆
そんなわけで、宴です。
32階層突破、無事に本命を手に入れた記念のステーキパーティだ。
国産ブランドの黒毛和牛(A5ランク)肉を凌駕するほどに美味なブラッドブル肉。
しかもステーキにする部位はサーロインに決めてある。
幸い、フロア中のブラッドブルを狩り尽くしたので、希少部位の肉もたくさんあった。
大食漢八人が十回おかわりしても余裕な量の肉が、今はたんまりとナギの【無限収納EX】にあるのだ。
昨日に引き続き、お米を炊く作業はミーシャとラヴィルの二人に任せた。
大きな塊肉をカットする役は黒クマ夫婦にお願いする。
キャスにはガーリックをスライスする役割を、ルトガーにはテーブルの準備を頼んだ。
「エドは私と一緒に肉を焼く係ね。焼き加減はいつもと同じで良い?」
「ああ、ナギに任せる」
「そうね。貴女がいちばん美味しいと思う焼き加減でよろしく」
「はーい」
なら、自分の好みでミディアムレアかな。
これまで『黒銀』のメンバーはしっかりと火を通した肉ばかり食べていたらしい。
それが、今回の任務でナギが焼いた肉を食べて、ミディアムな焼き加減の肉が驚くほど柔らかく美味しいことに気付いたのだ。
「赤いままの肉を食べるなんて信じられないと思ったけど……」
「美味かったよなぁ、ディア肉のロースト……」
「鹿肉は生肉だと腹を壊すことがあるから、集落では禁止されていたが、ナギの焼いた肉は腹が痛くならなかった」
「ん、それに驚くほど柔らかくて、美味しかった……」
今では『黒銀』のメンバーはすっかりミディアムな焼き加減のステーキに夢中になっている。
ミーシャがやれやれ、とため息を吐いた。
「デクスターの集落の教えは正しいです。腕の良い料理人や【鑑定】スキル持ちでなければ、その肉の状態は分かりません。本来は、生に近い肉を無警戒で食べるのは危険なのです」
ナギも肉に包丁を入れながら、こくこくと頷く。
「そうですよー。ダンジョン産の魔獣肉は比較的傷みにくいし、寄生虫の心配は要りませんけど、腐らないわけじゃないんですから」
「俺も鹿肉と豚肉の生食は特に危険だと猟師に聞いたことがある」
狼獣人であるエドも真剣な表情で口を挟んだ。
森住まいの黒狼族の中には血気盛んな連中も多く、鹿の肝臓を生で食べる若者が何人かいたらしい。
「そいつらは腹痛と下痢で苦しんで、高熱で死にかけていた。どうにか中級ポーションが手に入って命は繋いだが、どれだけ美味そうでも、あんなに苦しい思いはしたくないから俺は食わない」
肝炎や出血性大腸炎かな、とナギも想像して顔を青くした。
レバ刺しは美味しいので、食べたくなる気持ちは良く分かるのだが。
「内臓系はなるべく火を通しましょうね……」
ナギがそっと声を掛けると、皆が一斉に頷いてくれた。
(まぁ、私が【鑑定】すれば大丈夫だと思うけど……。生肉の味にハマって、こっそり食べようとしたら危ないから、皆には出さないようにしようっと)
加熱用と念を押しても、こっそりレバーを生食する人々が前世でもいたことを思い出して、心を鬼にするナギだった。
ともあれ、今はステーキだ。
ブラッドブルのサーロインは相変わらず美しい色艶を誇っている。
きめ細やかな霜降りの状態を目にして、うっとりした。
「せっかくだから、さっき手に入れたブラックペッパーを使っちゃいましょう」
塩は以前にこっそり海水から作った、混じり物のない上質な塩を使うことにした。
あとは焼き加減を気を付けて、ガーリックの香りを付けた牛脂で焼くだけだ。
焼き上げたステーキにはスライスしたフライドガーリックを散らして、テーブルに並べていく。
ステーキソースも用意したが、まず最初の一枚は塩胡椒だけで肉を味わって欲しかった。
「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
ダンジョンでドロップした上質の赤ワインを一本開けて、大人たちは乾杯する。未成年の二人は手作りのジンジャーエールで。
「乾杯!」
グラスの重なる音が、高らかに響いた。
◆◆◆
更新が遅れまして申し訳ございません!
お知らせ↓
・別連載中の『ダンジョン付き古民家シェアハウス』の書籍化が決まりました。
・新作『猫の姿で勇者召喚⁉︎ なぜか魔王に溺愛されています。』連載中です。
よろしくお願い致します!
◆◆◆
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