177 / 313
〈冒険者編〉
243. ブラッドブルのステーキ
しおりを挟む鑑定したところ、トランクケースは魔道具だった。
拡張と時間停止機能付きなため、見た目よりも多くスパイス類が収納されている。
スパイスはそれぞれ大きなガラス瓶に詰められており、三十種類以上がトランクケースに眠っていた。
ナギは高鳴る胸の鼓動を意識しながら、そっと中身を確認していく。
「ターメリックにシナモン、クミン、サフラン、オールスパイス。カルダモンにローリエにコリアンダーまである」
まぁ、とナギの背後から覗き込んだミーシャも驚いていた。
「ガラムマサラにアニス、オレガノ、キャラウェイもありますね。クローブにバニラビーンズ、ナツメグに……チリパウダー? 知らないスパイスです。どんな効用があるのか、とても気になります」
エルフである彼女は料理に使うスパイスよりも、薬効の方が気になるようだ。
エドも隙間からひょいと覗き込んでくる。
「胡椒の大瓶もあるな」
「うん。ブラックペッパーの他にも、グリーンペッパーにレッドペッパー、ホワイトペッパーにピンクペッパーまであるわ! 色々と料理に試せそう」
「それは楽しみだな」
詳しく調べるのは後にして、ナギは笑顔でお宝入りのトランクケースを【無限収納EX】に収納する。
スパイスが高価な物だとは理解しているが、これまで手にしたことがない『黒銀』のパーティメンバーは微妙そうな表情だ。
「それは高く売れそうなのか?」
代表してリーダーであるルトガーに尋ねられて、ナギは瞠目する。
「売るんですか⁉︎」
「……正気か?」
年若い少年と少女に非難の眼差しを向けられて、ルトガーはらしくもなく怯んでしまった。
「いや、その……売るのは、マズいのか?」
「だってこんなに希少でなかなか手に入らないスパイス類ですよ⁉︎ これからこのダンジョンが攻略されるようになったら、スパイス類も以前よりは出回るかもしれませんけど……」
言い淀むナギを見兼ねてか、師匠であるミーシャが後を引き取ってくれた。
「これだけ上質で状態も良い大量のスパイスなら、金貨数百枚の価値はあるでしょう」
「おお……!」
「ですが、これは売るよりもナギに預けた方が、きっと私たちも幸せになると思います。道中で食べた串焼きの味を忘れたのですか?」
「っ! あの時使ったスパイスなのか……」
淡々と告げられたスパイスの価値に、ルトガーが歓声をあげる。
が、ミーシャの提案に眉を寄せ、唇を引き結んだ。
ダンジョンまでの旅路でナギが作ってくれた「かれーぱうだー」なる魔法の粉を使った串焼き肉は絶品だった。
儲けは出したいが、希少で高価なスパイスを使ったナギの料理は確かに皆を幸せにしてくれるだろう。
「……悩むな」
「なら、ここは多数決ね。あのスパイスでナギに料理を作ってもらいたい人ー!」
ニヤリと笑いながら、ラヴィルが声を張り上げる。
同時に手を上げる師匠二人に釣られて、ナギも慌てて挙手をした。
(あ、これ私も参加して良かったのかな? でもでも、スパイスは絶対に売りたくないし!)
ぎゅっと目を瞑って裁決を待つナギの肩をエドが優しく叩いた。
「ナギ、圧倒的支持を得て俺たちの勝ちだ」
「ふぇ……?」
おそるおそる目を開けると、一人を除いた全員が颯爽と手を挙げていた。
なぜか、売らないのかと聞いてきたルトガーも挙手をしている。
唯一、手を挙げなかったキャスがルトガーを締め上げていた。
「ちょっと! なんで貴方が手を挙げているのよ?」
「いや、だって……ナギが作ったスパイス料理、食ってみたいなーって思って……」
「そんなの私だって思っているわよ! 欲望を我慢して、パーティの金庫番として利益を優先したのに、もうっ!」
「すまん」
「悪かった」
「でも、ナギのご飯は美味しいから」
他のメンバーに次々と謝られて、キャスは肩を落とした。
「もういいわ……私も自分に素直になります。私もナギのスパイス料理が食べたいから、売らないに一票!」
かくして全員一致で、スパイスはナギの手元に残ることになった。
◆◇◆
そんなわけで、宴です。
32階層突破、無事に本命を手に入れた記念のステーキパーティだ。
国産ブランドの黒毛和牛(A5ランク)肉を凌駕するほどに美味なブラッドブル肉。
しかもステーキにする部位はサーロインに決めてある。
幸い、フロア中のブラッドブルを狩り尽くしたので、希少部位の肉もたくさんあった。
大食漢八人が十回おかわりしても余裕な量の肉が、今はたんまりとナギの【無限収納EX】にあるのだ。
昨日に引き続き、お米を炊く作業はミーシャとラヴィルの二人に任せた。
大きな塊肉をカットする役は黒クマ夫婦にお願いする。
キャスにはガーリックをスライスする役割を、ルトガーにはテーブルの準備を頼んだ。
「エドは私と一緒に肉を焼く係ね。焼き加減はいつもと同じで良い?」
「ああ、ナギに任せる」
「そうね。貴女がいちばん美味しいと思う焼き加減でよろしく」
「はーい」
なら、自分の好みでミディアムレアかな。
これまで『黒銀』のメンバーはしっかりと火を通した肉ばかり食べていたらしい。
それが、今回の任務でナギが焼いた肉を食べて、ミディアムな焼き加減の肉が驚くほど柔らかく美味しいことに気付いたのだ。
「赤いままの肉を食べるなんて信じられないと思ったけど……」
「美味かったよなぁ、ディア肉のロースト……」
「鹿肉は生肉だと腹を壊すことがあるから、集落では禁止されていたが、ナギの焼いた肉は腹が痛くならなかった」
「ん、それに驚くほど柔らかくて、美味しかった……」
今では『黒銀』のメンバーはすっかりミディアムな焼き加減のステーキに夢中になっている。
ミーシャがやれやれ、とため息を吐いた。
「デクスターの集落の教えは正しいです。腕の良い料理人や【鑑定】スキル持ちでなければ、その肉の状態は分かりません。本来は、生に近い肉を無警戒で食べるのは危険なのです」
ナギも肉に包丁を入れながら、こくこくと頷く。
「そうですよー。ダンジョン産の魔獣肉は比較的傷みにくいし、寄生虫の心配は要りませんけど、腐らないわけじゃないんですから」
「俺も鹿肉と豚肉の生食は特に危険だと猟師に聞いたことがある」
狼獣人であるエドも真剣な表情で口を挟んだ。
森住まいの黒狼族の中には血気盛んな連中も多く、鹿の肝臓を生で食べる若者が何人かいたらしい。
「そいつらは腹痛と下痢で苦しんで、高熱で死にかけていた。どうにか中級ポーションが手に入って命は繋いだが、どれだけ美味そうでも、あんなに苦しい思いはしたくないから俺は食わない」
肝炎や出血性大腸炎かな、とナギも想像して顔を青くした。
レバ刺しは美味しいので、食べたくなる気持ちは良く分かるのだが。
「内臓系はなるべく火を通しましょうね……」
ナギがそっと声を掛けると、皆が一斉に頷いてくれた。
(まぁ、私が【鑑定】すれば大丈夫だと思うけど……。生肉の味にハマって、こっそり食べようとしたら危ないから、皆には出さないようにしようっと)
加熱用と念を押しても、こっそりレバーを生食する人々が前世でもいたことを思い出して、心を鬼にするナギだった。
ともあれ、今はステーキだ。
ブラッドブルのサーロインは相変わらず美しい色艶を誇っている。
きめ細やかな霜降りの状態を目にして、うっとりした。
「せっかくだから、さっき手に入れたブラックペッパーを使っちゃいましょう」
塩は以前にこっそり海水から作った、混じり物のない上質な塩を使うことにした。
あとは焼き加減を気を付けて、ガーリックの香りを付けた牛脂で焼くだけだ。
焼き上げたステーキにはスライスしたフライドガーリックを散らして、テーブルに並べていく。
ステーキソースも用意したが、まず最初の一枚は塩胡椒だけで肉を味わって欲しかった。
「さぁ、どうぞ。召し上がれ」
ダンジョンでドロップした上質の赤ワインを一本開けて、大人たちは乾杯する。未成年の二人は手作りのジンジャーエールで。
「乾杯!」
グラスの重なる音が、高らかに響いた。
◆◆◆
更新が遅れまして申し訳ございません!
お知らせ↓
・別連載中の『ダンジョン付き古民家シェアハウス』の書籍化が決まりました。
・新作『猫の姿で勇者召喚⁉︎ なぜか魔王に溺愛されています。』連載中です。
よろしくお願い致します!
◆◆◆
1,205
あなたにおすすめの小説
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
帰国した王子の受難
ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。
取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。
『悪役令嬢』は始めません!
月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。
突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。
と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。
アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。
ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。
そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。
アデリシアはレンの提案に飛び付いた。
そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。
そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが――
※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。