異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

244. 強い魔獣ほど美味しいらしいです

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「やわらかい!」
「肉が口の中で消えたぞ⁉︎」
「これは、とろける……」
「美味しい」

 ブラッドブルのサーロインステーキを口にした『黒銀くろがね』メンバーからは大絶賛された。
 もちろん、お肉大好き同盟な師匠二人からもたくさん褒められました! ドヤっ。

「素晴らしいです。こんなに美味しいステーキは初めて食べました」

 綺麗な所作で口元に肉を運ぶミーシャがうっとりと呟く。
 ラヴィルはとても良い笑顔で切り分けた大きめなステーキ肉を頬張っている。

「ん、ほんと美味しいわ! 貴方たちにディアやボアのステーキをご馳走してもらったことはあるけど、段違いね。お肉が違うとこんなに変わるものなのねぇ……んふっ」
「やはり強い魔獣の肉は美味いな、師匠」
「ええ、それは確かね。硬くて臭くて、くそ不味い奴もいるけど、食べられる魔獣はダンジョンの下層に行くほど美味しいお肉をドロップするわ」
「おお……!」

 エドの琥珀色の瞳が期待に輝く。
 きっとナギの青空色の瞳も同じように煌めいていることだろう。

「やっぱり、魔獣は強くなればなるほど美味しいお肉持ちなんだ……。ダンジョン攻略が楽しみね、エド!」
「そうだな。ブラッドブルより美味い肉というのが、もう想像もつかないが」

 会話を交わしながらも、皆の食べるスピードは全く落ちない。
 カトラリーを器用に使い、かなり分厚く切り分けたステーキをぺろりと平らげていく。

「んー…。噛み締めるとお肉が口の中でとろけて消えていく……」

 綺麗な色艶を誇っていた霜降り肉はダンジョン産の上質な黒胡椒に彩られ、甘い肉汁がぴりりと引き締まっており、とても美味しかった。
 後を引く脂の甘みは食欲を掻き立てる。
 肉を口に放り込み、白飯と一緒に咀嚼すると、口内にじゅわりと肉汁しあわせが広がった。
 
「美味しい……。やっぱりブラッドブル肉は最高ね。時間が許す限り、お肉を手に入れたいなぁ……」
「だな。ステーキ以外にも食べたい料理が山ほどある。フロアボスの肉もきっと旨いだろうし」
「楽しみだね! そっちはどうやって食べようかな?」

 笑顔でエドと会話を交わしていたのだが、渋い表情をしたミーシャに止められた。

「残念ながら、今回はギルドからの調査任務中。まずはダンジョンの最下層の確認が先になります」
「ミーシャは真面目なんだから。ちょっとくらいの寄り道はバレないわよ?」
「ラヴィ、未来ある青少年を惑わさないで」
「……あの、調査を終えた後なら、寄り道しても良いんでしょうか?」

 そっと小さく手を上げて尋ねるエド。
 ナギもそれに便乗する。

「私たちは案内役だし、調査任務が終わったら、現地解散可にするのはどうでしょう? 報告はミーシャさんたちにお任せして」

 そうすれば、残った自分たちで好きな階層に潜り、心ゆくまで肉や果物を採取することができる。
 だが、ミーシャはきっぱりと首を振った。

「ダメです。ナギには案内役の他に、荷物持ちポーターの役目があるでしょう?」
「あ……そうでした……」

 そういえば、皆の荷物の他にもドロップアイテムを山ほど預かっている。
 ミーシャの【アイテムボックス】スキルやマジックバッグの収納量では、それらを預かることは無理だと、先に断られてしまった。
 それに、今回のチームの料理担当も担っていたことも思い出す。

 悄然と肩を落とすナギに、ミーシャは微苦笑を浮かべた。
 安心しなさい、と柔らかな声音で耳元に囁かれる。

「幸い、ここしばらくは真面目に攻略していたので少しは余裕が出来たはず。二、三日くらいなら、調査任務終了後にナギの採取にも付き合ってあげますから」
「ミーシャさん……!」

 ぱっと顔を輝かせるナギの様子に、見守っていたらしい『黒銀くろがね』のメンバーたちがほっと胸を撫で下ろしている。
 心配を掛けていたようだ。
 申し訳なさに、そっと微笑みかけると、とても良い笑顔が返ってきた。

「ナギ、ステーキのおかわりを頼む!」
「俺も欲しい」
「ごめんなさい。私もお願いしても良いかしら?」
「私はあと三枚は食えると思う」

 笑顔の理由が良く分かり、ナギは再び肩を落とした。


◆◇◆


「美味しかったなぁ……。ブラッドブルのサーロインステーキ」

 ほうっとため息を吐きながら、ナギは仔狼アキラの背中をそっと撫でる。
 夕食を終え、交代でお風呂を使い、今は寝室で『良い子で待っていた』彼にお待ちかねのステーキを振る舞っているところだった。
 食べやすいように、大きめの丼鉢にご飯とサーロインステーキを並べてソースを掛けての提供だ。

『うまっ! さすが、旨味の塊ですね、サーロイン!』

 ぴるぴると尻尾を振りながら、仔狼アキラは凄い勢いでサーロインステーキ丼を食べている。
 凄い勢いといえば、皆の食欲も凄まじかったな、と思い返す。

 分厚めにカットしたはずのステーキを、ほっそりとした体型の美女、キャスでさえ三枚はおかわりをして平らげた。
 ちなみに師匠二人は四枚おかわりした。
 男性陣と黒クマ夫婦はさらにおかわりを繰り返し、六枚は食べ切ったと思う。
 もちろん、白飯やスープも追加でおかわりを繰り返して。
 シメのデザートは、水蜜桃すいみつとうのシャーベットだったが、当然こちらも完食していた。
 
「ステーキでアレなら、牛カツにしたらどうなっちゃうんだろう……?」

 オークカツの時も盛り上がりは凄まじかったけれど、その上をいきそうで、少し怖い。
 空になった丼鉢を前脚で揺らしながら、仔狼アキラがさりげなく、おかわりを促してくる。

『ブラッドブル肉の牛カツ、めちゃくちゃ旨いですもんねぇ。少ししか用意しなかったら、戦争になると思いますよー』
「エドとおんなじ事言うー……」
『だって、美味しいですからね! たっぷり用意することをオススメします。もちろん、オレの分もたっぷりとお願いしますね、センパイ!』
「仕方ないかぁ……。でも、しばらくはお預けにしようかな。食べ過ぎは身体に悪いし」

 何せ、明日からは初めての階層に挑戦することになるのだ。
 新しく拡がった、33階層。
 どんな魔獣が、はたまた魔物がいるのか。全く分からない未知の階層なのだ。
 下層に行くほど、厄介な魔獣が潜んでいるので油断はできない。
 【自動地図化オートマッピング】スキルのおかげで、かなり楽はできているけれど。

『オレもダンジョンで戦いたいなー。自宅の近くにプライベートダンジョンができたら良いのに』
「物騒なコト、言わないでね? それに新しく見つけたダンジョンはギルドに報告義務があるじゃない。どうせ、すぐに一匹では入れなくなっちゃうわよ」
『えー…そこは、ほら? 一ヶ月くらい報告を寝かせて、自主的に調査してましたぁ! とか言っちゃえば……!』

 なかなか姑息な黒ポメラニアンである。
 ダンジョンを楽しみたい、という気持ちは分かるので、肩を竦めるだけにとどめておいた。
 
 水蜜桃のシャーベットを綺麗に舐め取って、満ち足りた表情を浮かべる仔狼アキラを抱っこして、ナギはいそいそとベッドに潜り込んだ。
 
「今日は疲れたから、癒しが必要。抱き枕よろしくね?」
『せくはらですぅー』
「人聞きの悪い! アロマセラピーの一種だから! ちょっとだけ犬吸いするだけだよ?」
『アロマじゃないし、あと犬じゃなくて、オオカミ……』
「すぅー……」

 ふわふわの黒い毛皮に顔を埋めて、ナギは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
 干したばかりの布団とよく似た香りに、ほっと息がこぼれ落ちる。
 少しだけガーリックの残り香がするのが何となく可笑しい。
 頬をくすぐる柔らかな毛皮の感触にナギはうっとりと瞳を細めた。

「うん、癒された。ふかふかで最高の手触りだよねー……すぅ……」
『寝ちゃった……』

 よほど疲れていたのか、犬吸いの最中にそのまま寝息を響かせるナギに、仔狼が呆れた視線を向ける。

『まぁ、33階層でブラッドブルを狩り尽くしたみたいだし、疲れるのも仕方ないか』

 美味しいブラッドブル肉料理のためなら、抱き枕&アロマ扱いも甘んじて受け入れてあげよう、と黒く艶やかな毛並みのオオカミはふすんと鼻を鳴らしたのだった。
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