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〈冒険者編〉
245. オークカツサンドのモーニング
しおりを挟むブラッドブルのサーロインステーキをたっぷりと堪能した、翌朝。
今日からはナギとエドも足を踏み入れたことのない、食材ダンジョンの未知のフィールドに挑戦する。
「しっかり食べて、力をつけないとね」
そんなわけで、朝からガッツリメニューを皆に提供することにした。
作り置きしておいたオークカツをエドが焼いた食パンに挟んで、カツサンドを大量に用意する。
油断すると野菜を食べない面々のために、キャベツの千切りもたっぷりと挟んである。
バターの代わりに辛子マヨを塗りこんで、オークカツには甘めのソースを絡めておいたので美味しくできたはず。
さっそくカツサンドを頬張ったルトガーとキャスがしみじみと味わっている横で、黒クマ夫婦は無心で次々と平らげていく。
「旨い。オークカツはパンにも合うんだな」
「サクサクしたお肉と柔らかいパンの組み合わせ、最高だわ」
「んむ、んぐ」
「……んっ」
慌てたのは師匠二人だ。
「ちょっと! 私たちの分も残してあるんでしょうね?」
「ラヴィ。文句を言う前に、すみやかに確保しましょう」
テーブル中央に山盛りにしておいたカツサンドがあっという間に消えていく。
「喧嘩しないでくださいね? 足りなかったら、まだ作りますから」
「師匠、落ち着け。急いで食うと喉を詰まらせるぞ」
「だってー!」
どれだけ空腹なのか、とちょっと呆れつつ、腹を保たせるために味噌汁入りのマグカップを皆に配っていく。
スープの作り置きは飲み尽くしてしまっていたので、さっと作れる味噌汁を用意した。
具材はジャガイモと玉ねぎにボア肉のベーコンを入れてある。
皆が味噌汁を啜っている間に、エドと二人で追加のカツサンドを作っていく。
「カツサンドと味噌汁、意外と合うな」
「ほんと? 良かったぁ!」
手際良くサンドイッチを作りつつ、味噌汁を飲んだエドの一言にナギは胸を撫で下ろした。
すぐに作れる味噌汁は便利だけど、洋食がメインだと口に合うか不安になるので、その一言が嬉しい。
顔を綻ばせるナギに気付いたラヴィルがマグカップを傾けて、にこりと笑う。
「ミソスープ大好きよ、私も。朝から元気が出るもの」
優雅な所作でカツサンドを一口、マグカップの味噌汁もじっくりと味わったミーシャが柔らかく微笑んでくれた。
「お腹も温まりますし、私も好きですよ」
「えへへ。良かったです」
お味噌汁は女性陣には概ね好評だ。
男性陣にも濃い味付けのスープは食が進むようで、文句を言われたことはない。
できれば、野菜オンリーではなく肉ありのスープにして欲しい、と小声で訴えられはしたけれど。
(お肉たっぷりの猪汁が男性冒険者には好評なんだよね。あったまるし、具沢山だし)
お腹に溜まりやすいので、空腹を訴える連中を黙らせるのに猪汁はとても便利だ。美味しいし。
追加で皿に盛り付けたカツサンドもあっという間に売り切れた。
しっかり自分たちの分は確保していたナギとエドもようやく朝食に取り掛かる。
揚げ立てをすぐに【無限収納EX】に入れておいたので、オークカツは文句なしに美味しい。
油もオークから取れたラードを使用したため、旨味がぎゅっと凝縮されている。
大きく口を開いてサンドイッチを噛み締めると、サクリと良い音がして耳に心地良い。
千切りにしたキャベツとソースをたっぷりと染み込ませたカツの相性は最強だ。
エドが焼いた食パンはふかふかでカツの脂を吸っており、これもまた美味しい。
「んふー。カツサンド美味しいね、エド」
「そうだな。オークカツはまだ残っていたが、昼食はアレにするのか?」
「うん、やっぱり最後はカツ丼だよね!」
朝と昼と、メニューが被ってしまうが、皆オークカツがとても気に入ったようなので文句は出てこないはず。
これだけカツが続けば、しばらくはブラッドブル肉の牛カツは忘れてくれるのでは? という下心も少しだけあった。
(たくさん狩ったけど、この調子でリクエストされたら、ブラッドブル肉の在庫があっという間に無くなっちゃう……!)
サーロインステーキであの食い付きぶりだったのだ。
牛カツを提供したら、前回のオークカツの二の舞だろう。
(……いや、オークカツより食べやすい分、もっと消費しそう)
ここは少しずつ、色々なメニューで気を逸らしながらお肉の在庫を調整すべきだ。
三度目のカツサンドのおかわりをねだられる前に、ナギは冷蔵庫からデザートを取り出した。
「まぁ。とっても綺麗な色ね」
「美味しそう」
「レモンゼリーです! 口の中がサッパリしますよー」
わっと歓声が上がり、グラスに盛り付けたレモンゼリーに手が伸びる。
レモン農園のある集落で手に入れた上質のレモンと、ダンジョン産の蜂蜜を使ったゼリーは我ながら会心の出来栄えだった。
デザートのレモンゼリーを綺麗に完食すると、身支度を整えて出発だ。
コテージを【無限収納EX】に収納して、目指すは三十四階層。……その前に。
「ちょっと狩ってくる」
セーフティエリアのすぐ手前の位置で、こちらを睨み付けてくるブラッドブルに気付いたエドが身軽く駆けて行く。
真っ黒な巨体に、瞳の色だけ煌々と紅い。ツノ持ちの、かなりの大物だ。毛並みの色艶も良く、体格も素晴らしい。
エドの実力を知っている皆は、一人で立ち向かう少年を止める者は誰もいない。
「エド、大丈夫かな?」
ナギも彼の強さを知ってはいるが、間近で見る巨体の迫力に押されて、不意に心配になってしまった。
ぽつりと呟くと、ラヴィルがくつりと笑う。
「平気よ。ブラッドブルが厄介なのは、あの巨体での突進攻撃。すぐ近くに立ち尽くすお間抜けさんは、あの子に取って前菜にもなりはしないわ」
少年の師匠である白兎獣人のラヴィルの言葉は正しく、彼はあっさりとブラッドブルの頸を手にした剣で落とした。
そうして笑顔でドロップした肉の塊と魔石をナギに持って来てくれる。
「ふふっ。可愛いワンコがご主人のところに獲物を持ってのご帰還よ。いっぱい褒めてあげなきゃ」
「……ラヴィさん、面白がってますね?」
「うふふふふ」
瞳を細めて楽しそうに笑う白うさぎさんは、頼れるミーシャさんに耳を軽く引っ張られて叱られている。
うん、優しい師匠大好きです!
「ナギ!」
エドが嬉しそうに駆け寄ってくる。ちょっと得意そうな表情が可愛らしい。
尻尾を振りながら寄ってくる様子は、悔しいけれど、ラヴィルの指摘通りに可愛いワンコそのものだ。
正体はトラック並の大きさの魔獣をあっさり駆逐するオオカミだが。
「おかえり、エド。おつかれさま」
「ん、牛肉だ。ついでに魔石も」
「ありがとう」
ありがたく受け取り、収納する。
ランクBの魔獣、ブラッドブルは肉も希少だが、拳サイズの魔石はさらに高額買取り商品。
その魔石を肉のおまけ扱いする様子に、『黒銀』のパーティメンバーたちは揃って苦笑を浮かべていた。
「まぁ、お前さんたちなら、肉の方がメインだろうしなぁ……」
「そのサイズの土の魔石なら、金貨3枚の価値はあるのに、もう」
「だが、あの美味いステーキ肉なら仕方ない」
「ん、あんなに美味しい肉なら、魔石より嬉しいのは仕方ないと思う」
「もう、貴方たちまで……!」
ぷんぷん怒る『黒銀』金庫番のキャスを、エドガーがまぁまぁと宥めている。
(うん、皆余裕だね。さすが金級間近の上級冒険者。師匠たちは余裕あり過ぎだけど)
未知のフィールドに緊張していた自分がちょっとだけ恥ずかしくなる。
気付いたエドが、ナギの手をそっと握ってくれた。
「行こう、ナギ。大丈夫だ。俺が守る」
琥珀色の瞳が自信を纏って、いつもより凛々しく煌めいているようだ。
ナギは小さく笑う。
「うん。私もエドを守る。もちろん自分を第一に、余裕があったら皆も」
「命大事に、だからな」
目を合わせて、笑い合う。
「では、行きましょうか。未知のエリア、三十四階層へ」
涼やかな声音で宣言すると、ミーシャは下層へ続く扉に手を伸ばした。
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