異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
179 / 313
〈冒険者編〉

245. オークカツサンドのモーニング

しおりを挟む

 ブラッドブルのサーロインステーキをたっぷりと堪能した、翌朝。
 今日からはナギとエドも足を踏み入れたことのない、食材ダンジョンの未知のフィールドに挑戦する。

「しっかり食べて、力をつけないとね」

 そんなわけで、朝からガッツリメニューを皆に提供することにした。
 作り置きしておいたオークカツをエドが焼いた食パンに挟んで、カツサンドを大量に用意する。
 油断すると野菜を食べない面々のために、キャベツの千切りもたっぷりと挟んである。
 バターの代わりに辛子マヨを塗りこんで、オークカツには甘めのソースを絡めておいたので美味しくできたはず。
 さっそくカツサンドを頬張ったルトガーとキャスがしみじみと味わっている横で、黒クマ夫婦は無心で次々と平らげていく。

「旨い。オークカツはパンにも合うんだな」
「サクサクしたお肉と柔らかいパンの組み合わせ、最高だわ」
「んむ、んぐ」
「……んっ」

 慌てたのは師匠二人だ。

「ちょっと! 私たちの分も残してあるんでしょうね?」
「ラヴィ。文句を言う前に、すみやかに確保しましょう」

 テーブル中央に山盛りにしておいたカツサンドがあっという間に消えていく。

「喧嘩しないでくださいね? 足りなかったら、まだ作りますから」
「師匠、落ち着け。急いで食うと喉を詰まらせるぞ」
「だってー!」

 どれだけ空腹なのか、とちょっと呆れつつ、腹を保たせるために味噌汁入りのマグカップを皆に配っていく。
 スープの作り置きは飲み尽くしてしまっていたので、さっと作れる味噌汁を用意した。
 具材はジャガイモと玉ねぎにボア肉のベーコンを入れてある。
 皆が味噌汁を啜っている間に、エドと二人で追加のカツサンドを作っていく。

「カツサンドと味噌汁、意外と合うな」
「ほんと? 良かったぁ!」

 手際良くサンドイッチを作りつつ、味噌汁を飲んだエドの一言にナギは胸を撫で下ろした。
 すぐに作れる味噌汁は便利だけど、洋食がメインだと口に合うか不安になるので、その一言が嬉しい。
 顔を綻ばせるナギに気付いたラヴィルがマグカップを傾けて、にこりと笑う。

「ミソスープ大好きよ、私も。朝から元気が出るもの」

 優雅な所作でカツサンドを一口、マグカップの味噌汁もじっくりと味わったミーシャが柔らかく微笑んでくれた。

「お腹も温まりますし、私も好きですよ」
「えへへ。良かったです」

 お味噌汁は女性陣には概ね好評だ。
 男性陣にも濃い味付けのスープは食が進むようで、文句を言われたことはない。
 できれば、野菜オンリーではなく肉ありのスープにして欲しい、と小声で訴えられはしたけれど。

(お肉たっぷりのボア汁が男性冒険者には好評なんだよね。あったまるし、具沢山だし)

 お腹に溜まりやすいので、空腹を訴える連中を黙らせるのにボア汁はとても便利だ。美味しいし。

 追加で皿に盛り付けたカツサンドもあっという間に売り切れた。
 しっかり自分たちの分は確保していたナギとエドもようやく朝食に取り掛かる。
 揚げ立てをすぐに【無限収納EX】に入れておいたので、オークカツは文句なしに美味しい。
 油もオークから取れたラードを使用したため、旨味がぎゅっと凝縮されている。
 大きく口を開いてサンドイッチを噛み締めると、サクリと良い音がして耳に心地良い。
 千切りにしたキャベツとソースをたっぷりと染み込ませたカツの相性は最強だ。
 エドが焼いた食パンはふかふかでカツの脂を吸っており、これもまた美味しい。

「んふー。カツサンド美味しいね、エド」
「そうだな。オークカツはまだ残っていたが、昼食はにするのか?」
「うん、やっぱり最後シメはカツ丼だよね!」

 朝と昼と、メニューが被ってしまうが、皆オークカツがとても気に入ったようなので文句は出てこないはず。
 これだけカツが続けば、しばらくはブラッドブル肉の牛カツは忘れてくれるのでは? という下心も少しだけあった。

(たくさん狩ったけど、この調子でリクエストされたら、ブラッドブル肉の在庫があっという間に無くなっちゃう……!)

 サーロインステーキであの食い付きぶりだったのだ。
 牛カツを提供したら、前回のオークカツの二の舞だろう。

(……いや、オークカツより食べやすい分、もっと消費しそう)

 ここは少しずつ、色々なメニューで気を逸らしながらお肉の在庫を調整すべきだ。
 三度目のカツサンドのおかわりをねだられる前に、ナギは冷蔵庫からデザートを取り出した。

「まぁ。とっても綺麗な色ね」
「美味しそう」
「レモンゼリーです! 口の中がサッパリしますよー」

 わっと歓声が上がり、グラスに盛り付けたレモンゼリーに手が伸びる。
 レモン農園のある集落で手に入れた上質のレモンと、ダンジョン産の蜂蜜を使ったゼリーは我ながら会心の出来栄えだった。


 デザートのレモンゼリーを綺麗に完食すると、身支度を整えて出発だ。
 コテージを【無限収納EX】に収納して、目指すは三十四階層。……その前に。

「ちょっと狩ってくる」

 セーフティエリアのすぐ手前の位置で、こちらを睨み付けてくるブラッドブルに気付いたエドが身軽く駆けて行く。
 真っ黒な巨体に、瞳の色だけ煌々とあかい。ツノ持ちの、かなりの大物だ。毛並みの色艶も良く、体格も素晴らしい。
 エドの実力を知っている皆は、一人で立ち向かう少年を止める者は誰もいない。

「エド、大丈夫かな?」

 ナギも彼の強さを知ってはいるが、間近で見る巨体の迫力に押されて、不意に心配になってしまった。
 ぽつりと呟くと、ラヴィルがくつりと笑う。

「平気よ。ブラッドブルが厄介なのは、あの巨体での突進攻撃。すぐ近くに立ち尽くすお間抜けさんは、あの子に取って前菜にもなりはしないわ」

 少年の師匠である白兎獣人のラヴィルの言葉は正しく、彼はあっさりとブラッドブルの頸を手にした剣で落とした。
 そうして笑顔でドロップした肉の塊と魔石をナギに持って来てくれる。

「ふふっ。可愛いワンコがご主人のところに獲物を持ってのご帰還よ。いっぱい褒めてあげなきゃ」
「……ラヴィさん、面白がってますね?」
「うふふふふ」

 瞳を細めて楽しそうに笑う白うさぎさんは、頼れるミーシャさんに耳を軽く引っ張られて叱られている。
 うん、優しい師匠大好きです!

「ナギ!」

 エドが嬉しそうに駆け寄ってくる。ちょっと得意そうな表情が可愛らしい。
 尻尾を振りながら寄ってくる様子は、悔しいけれど、ラヴィルの指摘通りに可愛いワンコそのものだ。
 正体はトラック並の大きさの魔獣をあっさり駆逐するオオカミだが。

「おかえり、エド。おつかれさま」
「ん、牛肉だ。ついでに魔石も」
「ありがとう」

 ありがたく受け取り、収納する。
 ランクBの魔獣、ブラッドブルは肉も希少だが、拳サイズの魔石はさらに高額買取り商品。
 その魔石を肉のおまけ扱いする様子に、『黒銀くろがね』のパーティメンバーたちは揃って苦笑を浮かべていた。

「まぁ、お前さんたちなら、肉の方がメインだろうしなぁ……」
「そのサイズの土の魔石なら、金貨3枚の価値はあるのに、もう」
「だが、あの美味いステーキ肉なら仕方ない」
「ん、あんなに美味しい肉なら、魔石より嬉しいのは仕方ないと思う」
「もう、貴方たちまで……!」

 ぷんぷん怒る『黒銀くろがね』金庫番のキャスを、エドガーがまぁまぁと宥めている。

(うん、皆余裕だね。さすが金級ゴールドランク間近の上級冒険者。師匠たちは余裕あり過ぎだけど)

 未知のフィールドに緊張していた自分がちょっとだけ恥ずかしくなる。
 気付いたエドが、ナギの手をそっと握ってくれた。

「行こう、ナギ。大丈夫だ。俺が守る」

 琥珀色の瞳が自信を纏って、いつもより凛々しく煌めいているようだ。
 ナギは小さく笑う。

「うん。私もエドを守る。もちろん自分を第一に、余裕があったら皆も」
「命大事に、だからな」

 目を合わせて、笑い合う。

「では、行きましょうか。未知のエリア、三十四階層へ」
 
 涼やかな声音で宣言すると、ミーシャは下層へ続く扉に手を伸ばした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

悪役令嬢の独壇場

あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。 彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。 自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。 正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。 ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。 そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。 あら?これは、何かがおかしいですね。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。