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〈冒険者編〉
246. 三十四階層
しおりを挟む扉を開けた先には平原が広がっていた。
遠くに、ぽつりぽつりと黒く大きな岩のような物が散らばって見える。
ぱっと見た感じには、魔獣の類はいないように見えるが。
「……いるな」
エドがぽつりと囁く。うん、と頷きながら、ナギは【自動地図化】スキルを使ってみた。
「わぁ……。あの黒っぽい岩、どうやら魔獣みたいです」
ざっと見渡した限りでも、五十頭ほどはいそうだ。
ルトガーが眉を寄せる。
「何の魔獣か、分かるか?」
「待ってくださいね」
赤く点滅する魔獣マークをタップすると、詳細が浮かび上がる。
「ブラックゴート。大きな黒い山羊の魔獣みたいです」
「珍しいですね。ダンジョン都市でも滅多に見かけない魔獣です」
ミーシャが興味深そうに、黒い影を見据えている。
(山羊肉って、食べられるんだっけ?)
皆がブラックゴートのいる平原を睨み付けている中で、ナギだけはのんびりとそんなことを考えていた。
(マトンやラムは、羊だよね? 山羊はあんまり聞かないなぁ……。山羊ミルクや山羊チーズは聞いたことがあるけど)
前世でふわっと耳にしたことはあるけれど、どちらも口にしたことはない。
独特のクセがあると、どこかで聞いた覚えはあるのだが。
(どちらにしろ、食材としてはあんまり期待できないかな……)
内心、かなり落胆を覚えていた。
ブラッドブルの狩り場の下の階層だったので、少し期待し過ぎていたのかもしれない。
「それにしても、エドとナギの【自動地図化】スキルは便利すぎるな。場所と数だけでなく、何の魔獣かも分かるとは」
感心するルトガーに、ナギは笑顔で頷きつつ、少しばかりの不満も口にする。
「確かに、とっても便利なスキルなんですけど。どうせなら、採取できる果実や薬草の場所も教えて欲しいです」
「それは贅沢と言うものよ」
苦笑するキャスを不思議そうに見やり、ミーシャがこてんと首を傾げる。
「詳しくは無理ですが、おおよその場所なら分かりますよ?」
「えっ」
「ちょっ…! ミーシャさん、くわしく!」
ぎょっと目を見開くキャスをよそに、ナギは頼れる師匠に飛び付いた。
揺らぐことなく、しっかりと弟子の少女を抱き止めたエルフは呆れたように笑う。
「詳しくも何も、ナギは恩恵を受けたでしょう?」
「恩恵……あっ、そうか。精霊魔法!」
採取の時間を短縮するために、ミーシャを介して精霊に手助けしてもらったことを思い出す。
蜂蜜入りのミルクや焼き菓子を用意して、彼らに果実の収穫をお願いした。
「ふふ。魔法と言うよりも、精霊への『お願い』ですけどね」
「分かりました! お菓子を用意します!」
張り切って、ナギは焼き菓子を【無限収納EX】から取り出した。
木の実クッキーとバターたっぷりのマドレーヌ。飲み物は少し趣向を凝らして、タンサンの実を入れた、ぶどうジュースを用意する。
ナギの奇行に慣れたエドは既にマジックバッグから取り出したミニテーブルを地面に設置してくれていた。
「ありがと、エド」
お礼を言うと、ナギはいそいそとミニテーブルにお菓子とジュースを並べていく。
焼き菓子は食べやすいように、どれも小さなサイズで焼いてある。
ぶどうジュースだけは普通サイズのグラスに入れてあったが。
「転移してすぐの場所がセーフティエリアとはいえ……」
「さすがナギ」
「予想が付かない」
頭を抱えるルドガーの横で、なぜか黒クマ夫婦が楽しそうに頷いている。
それは褒めているのだろうか。
少しの引っ掛かりを覚えたが、今はそれよりも精霊さんである。
愛弟子の訴えに、ミーシャはひとつため息を吐いたが、すぐに精霊を召喚してくれた。
ナギの「お願い」を聞き入れてくれたようで、ミニテーブルに並べて置いた焼き菓子はあっという間に食べ尽くされていた。
「あっ……ジュースが」
「グラスが揺れているな。さすがに、あのパチパチした口当たりがダメだったか?」
エドが心配そうにグラスを押さえる。
と、グラスの周辺がピカピカと光り始めた。蛍のように明滅しながら、その光はゆらゆらと楽しそうに揺れている。
「グラスの中身が減っているってことは、飲んでくれている……んですかね?」
「どうやら、気に入ったようね」
首を傾げるナギに、ミーシャが微妙そうな表情でぽつりと呟いた。
「気に入ってくれたんだ……良かった……」
甘いお菓子の他にも、珍しい食べ物を好むと聞いていたが、どうやら炭酸ジュースも気に入ってくれたようだ。
姿は見えないが、柔らかな光がふわりと飛んできて、ナギの肩に止まった。
心得たように頷くと、ナギは【自動地図化】スキルで書き上げたノートの地図を指差した。
「これが、この階層の地図ね。美味しい果物や珍しい薬草のある場所を教えて欲しいんだけど……」
そう言うと、いくつもの光がノートの周りを飛び回った。
そうして、次の瞬間一斉に飛び立って、消えてしまう。
「……行っちゃった?」
「とても張り切って探しに行ったようね」
「よっぽど、ナギのお菓子が美味しかったのねー。私も食べたいなぁ?」
「ラヴィ。それは協力した私へのご褒美ですよ?」
頭上で言い争いが始まりそうになったので、ナギは慌てて仲裁する。
「休憩時間に、さっきのお菓子を出しますから!」
「むぅ」
「えー…ラヴィ、いま食べたいなぁ?」
「もう、これだけですからねっ⁉︎」
しゅんと悲しそうに肩を落とすエルフさんや、上目遣いで訴えてくる白うさぎさんに、ナギはとても弱い。
そっと小分けにしたクッキーを二人に握らせてやる。
ぱっと顔を輝かせて、さっそく美味しそうに食べる美女二人の姿は眼福だ。
羨ましそうな黒クマ夫婦の視線には気付かない振りをする。
休憩時間にたくさん出すので、ここは我慢してください。
と、誰かに肩を優しく叩かれた。
「ナギ、ここに星マークがある」
「え? あっ、ほんとだ! エド、ありがとう!」
エドが地図の一点を指さして教えてくれた。
星マークは宝箱や有益な物を示していることが多い。わくわくしながら、ナギはその星マークをタップした。
「やった! 宝箱、罠なし。ここから北東にある、あの廃墟の中です!」
「おお、宝箱か!」
「ブラックゴートを倒しながら、目指しましょう!」
ルトガーとキャスは宝箱と聞いて、張り切っている。
それぞれ、やる気に満ちた表情でセーフティエリアから未知の領域に踏み出した。
◆◇◆
「デクスター、行ったわよ!」
「任せろ」
黒山羊は全身が黒い羊毛に包まれた巨体を誇っていた。
大型トラックサイズで、かなりの迫力がある。立派なツノ持ちで、額をぶつけてこようとする。
大きな木の幹ほどの太さのある脚から繰り出される蹴りも危険だ。
だが、ミーシャ曰く、もっとも厄介なのは魔法を放つこと、らしい。
突進してきたブラックゴートをデクスターが大楯で受け止める。
素早く駆け寄ったルトガーが槍の鉾で喉を突いた。
血飛沫が舞い、黒い巨体が倒れ伏す。
「もう一頭!」
ラヴィルが叫び、エドと二人で迎え討つ。エドが陽動し、隙を見てラヴィルが急所を狙う作戦らしい。
エドの放った氷魔法がブラックゴートの左目を掠める。怒り狂ったブラックゴートの周囲に黒い火花が散った。
「来るわよ!」
咄嗟に跳ね退いた二人に、黒い火花は届かなかったようだ。
ナギはミーシャと呼吸を合わせ、火魔法と風魔法でブラックゴートを攻撃する。
聞き苦しい断末魔の叫びの後、ブラックゴートの屍は消え、ドロップアイテムが残された。
「あの魔法は厄介ですね。触れると痺れて動けなくなるんですよね?」
「ええ。五分ほど麻痺が続く。幸い、キュアポーションで状態異常はどうにかなるけど」
「治癒魔法も効きます?」
「ええ、大丈夫よ」
ほっとナギは胸を撫で下ろす。
ブラックゴートの麻痺魔法は近距離にしか届かないため、遠方から攻撃魔法で倒すのが一番楽かもしれない。
続けて二頭倒したブラックゴートからドロップしたのは、てのひらサイズの黒光りする魔石と羊毛。そして───
「大樽……?」
なぜか、木製の大きな樽がドロップしていた。
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