異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

250. ギルドマスターの憂鬱 2

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 真っ白な鳩が東の冒険者ギルドの建物を目指し、飛んできた。
 その鳩の細い足首には筒のような物が括り付けられている。
 ギルドの二階では陽光を入れるために、木製の窓を斜めに開けているが、その隙間から白い鳩は器用に室内に入り込んだ。
 気付いた職員が鳩をそっと抱えると、すぐにサブマスターのフェローに執務室に向かった。


◆◇◆


「ギルドマスター、ミーシャさんからの定期報告便です」

 ドアがノックされ、返事をするより先にサブマスターのフェローが顔を覗かせた。
 いつもの彼らしくなく、少し急いているように見える。
 それも仕方ないか、とギルドマスターであるベルクは厳つい顔に微苦笑を浮かべた。


 発見されたばかりのハイペリオンダンジョンの調査任務に赴いたのは、八人。
 力量はもちろん、人柄にも問題ない有望な冒険者パーティ『黒銀くろがね』の四人と、発見者であるエドとナギ。
 その師匠であり保護者兼監視役の二人、ミーシャとラヴィルが調査隊のメンバーだ。
 責任者は元金級ゴールドランク冒険者である、エルフのミーシャ。通称『暴虐のエルフ』に頼んである。
 責任者である彼女は、律儀に五日ごとにギルド宛に報告書を送ってくれていた。
 それが、フェローの手の中で大人しくしている白い鳩だ。
 普通の鳩に見えるが、生き物ではない。
 発動に膨大な魔力を必要とする伝書の魔道具なのだ。
 これは冒険者ギルドの所有物ではなく、元金級ゴールドランク冒険者だったミーシャ個人の魔道具だ。
 上級ダンジョンで手に入れた希少な魔道具で、遠くの場所まで短期間で手紙を運ぶことが可能。
 魔力を込めると、白い鳩の姿を取り、その足首に括られた筒の中に手紙を仕込めるようになっている。
 馬車を使っても十日はかかる距離を、この魔道具の鳩なら半日ほどで飛んで来れるのだ。
 とても便利な代物で、それこそギルドで所有したい魔道具だが、残念ながら、ミーシャに手放す気はないらしい。
 
(だが、ギルドへの報告に使用してくれるのはありがたい)

 彼女には何か別に礼をしなければなるまい。もっとも、ひんやりとした微笑を浮かべて「貸しにしておきましょう」の一言で流されそうだが。

(その貸しが、一番厄介なんだよなぁ……)

 長命のエルフであり、かつては凄腕の冒険者であった彼女に、ギルドの上層部メンバーの殆どが世話になっている。
 ベルクもその一人だ。
 おかげで、この年齢にして未だに『坊や』扱いされている。
 駆け出しの冒険者時代に、それはもう世話になりまくったのだ。命の恩人でもある。
 今はギルドマスターという地位にいるが、それこそ尻に卵の殻が付いたままのヒヨコ時代を知られてしまっているため、未だに頭が上がらない。

(まぁ、無茶を言う人じゃねーが……)

 だからこそ、その彼女が無茶を口にする時はよほどのことだと理解していた。
 その日が、願わくば自分の代では起きないよう、ベルクは祈ることしかできない。

「ギルドマスター?」
「ああ、悪いな、フェロー。ぼうっとしちまってた」

 視線で急かされるまま、ため息を押し殺しながら白い鳩に手を伸ばした。
 細い足首に括られている筒に触れると、ベルクの魔力を感知して蓋が開く。
 慎重に中から紙の束を取り出した。
 筒の中身が取り出されると同時に、白い鳩は空気に溶けるように消えていく。

 手の中に残った紙の束は結構な厚さがあった。
 通信の魔道具の筒には空間拡張機能が付与されているため、百枚ほどの紙の束なら収納可能なのだ。

「……ふむ。特に問題なく、ダンジョン探索は進んでいるようだな」

 報告書の中身をざっと確認して、ベルクは軽く顎を引いた。うんうん頷きながら読み進め、とある箇所で目を止めた。
 眉を寄せながら、何度か読み返し──つきつきと痛む眉間を太い指先で揉み込んだ。

「どうしましたか、ベルク?」
「あー……いや、ギルド的には良い報告なんだがな。俺的には頭が痛い事態になりそうだと」
「……見せていただいても?」
「おう」

 くい、と片眼鏡を押し上げて、フェローが興味深そうに紙面に視線を落とした。

「ふむ。ドロップアイテムが面白いですね。さすが食材ダンジョン。希少なスパイスに調味料は特に興味深いです。エイダン商会あたりが飛びつくことでしょう」
「だろうな。フロアボスや特殊個体からドロップした酒類も上物だったらしいぜ? 戦闘狂ウサギと暴虐のエルフ二人のお墨付きだ」
「それはまた……期待がもてますね。手に入る物なら、一度試してみたいものです」

 意外と酒好きな友人の感想に、同じくらいにウワバミなベルクも大きく頷いた。

「驚いたのは、ブラックゴートのミルクが手に入ることだな。ダンジョンドロップ品だから、輸送に耐え得る。これは話題になるだろうな」
「なんと。魔獣のヤギミルクとなれば、栄養価も高く美味。これは人気になるでしょうな」

 ふふふ、と微笑みながら読み進めていたフェローがピシリと固まった。
 自分と同じ箇所で引っ掛かったのだろう。

「……ハイペリオンダンジョンはマジックバッグのドロップ率が異様に高いダンジョンだと?」
「ミーシャ曰く、そうらしいぜ?」
「それは……冒険者が殺到しそうですねぇ……」

 フェローが遠い目をしながら、ぽつりと呟く。

「他の諸々のドロップアイテムや採取物も気になるが、その一点だけでハイペリオンダンジョン周辺の開発にOKが出るだろうな」

 ダンジョン都市の冒険者ギルド総本部の連中も大喜びで許可を出すのは確実だ。
 それほどまでに、マジックバッグの需要は凄まじいのだ。

「ハイペリオンダンジョンに一番近い冒険者ギルドでは、この大事業は任せられねぇな……」
「地方の出張所では無理でしょうね。人も金銭かねも相当動きますから」

 つまり、第一発見者が東の冒険者ギルド所属の会員であることから、我がギルドの面々が中心になっての開発となる可能性が高いのだ。

「そういうわけで、すまんな。フェロー」
「仕方ありませんね。采配を振ることとしましょうか」

 頭を下げるベルクに、フェローが肩を竦めてみせた。
 事務作業には自信があるので、と笑う彼にトラ獣人のギルドマスターは心底悲しそうに呻く。

「ああ、お前なら問題なくハイペリオンダンジョンを運営出来るだろうよ。おかげで、こっちの事務作業が不安で、今から憂鬱だ……」
「それは自己責任ですよ? 苦手な書類仕事、私がいなくともサボらずに頑張ってくださいね」
「くっ……!」

 頭を抱えるギルドマスターは放置して、フェローはミーシャからの報告書の続きを熟読する。
 フロアごとのフィールドについて。現れる魔獣、ドロップするアイテムについてや、採取できる植物のことも細かく報告されている。
 さすが鑑定スキル持ち、と感心しながら読み進めた。

「それにしても、この報告書。読みやすく、よく纏められており素晴らしいですが……」
「ああ、それな。特にこの時間に読むのは辛くなるよな」
「ええ……。まるでグルメ評論本のようで、とてもお腹が空いてきます」

 ミーシャの報告書には、ドロップした肉や調味料、スパイス類を使ったメニューについて細かく説明されているのだ。
 その美味しさ、繊細な味わいを微に入り細に入り──無駄に流麗な文体で。
 このまま纏めて本にすればベストセラー間違いなしのグルメ本になるだろう。
 読んでいるうちに、いつの間にか生唾を飲み込み、腹を切なく鳴らしてしまいそうになる。

「さすが、ナギ。帰って来たらご馳走してくれることを期待しましょうか」
「そうだな。特に前回の報告書などあった、ブラッドブル肉のステーキが食いたい」
「私はオークカツが気になりますね」

 軽口を叩きながらも、これからの多忙さを考えて、二人ともそっとため息を押し殺していた。
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