144 / 279
〈冒険者編〉
250. ギルドマスターの憂鬱 2
しおりを挟む真っ白な鳩が東の冒険者ギルドの建物を目指し、飛んできた。
その鳩の細い足首には筒のような物が括り付けられている。
ギルドの二階では陽光を入れるために、木製の窓を斜めに開けているが、その隙間から白い鳩は器用に室内に入り込んだ。
気付いた職員が鳩をそっと抱えると、すぐにサブマスターのフェローに執務室に向かった。
◆◇◆
「ギルドマスター、ミーシャさんからの定期報告便です」
ドアがノックされ、返事をするより先にサブマスターのフェローが顔を覗かせた。
いつもの彼らしくなく、少し急いているように見える。
それも仕方ないか、とギルドマスターであるベルクは厳つい顔に微苦笑を浮かべた。
発見されたばかりのハイペリオンダンジョンの調査任務に赴いたのは、八人。
力量はもちろん、人柄にも問題ない有望な冒険者パーティ『黒銀』の四人と、発見者であるエドとナギ。
その師匠であり保護者兼監視役の二人、ミーシャとラヴィルが調査隊のメンバーだ。
責任者は元金級冒険者である、エルフのミーシャ。通称『暴虐のエルフ』に頼んである。
責任者である彼女は、律儀に五日ごとにギルド宛に報告書を送ってくれていた。
それが、フェローの手の中で大人しくしている白い鳩だ。
普通の鳩に見えるが、生き物ではない。
発動に膨大な魔力を必要とする伝書の魔道具なのだ。
これは冒険者ギルドの所有物ではなく、元金級冒険者だったミーシャ個人の魔道具だ。
上級ダンジョンで手に入れた希少な魔道具で、遠くの場所まで短期間で手紙を運ぶことが可能。
魔力を込めると、白い鳩の姿を取り、その足首に括られた筒の中に手紙を仕込めるようになっている。
馬車を使っても十日はかかる距離を、この魔道具の鳩なら半日ほどで飛んで来れるのだ。
とても便利な代物で、それこそギルドで所有したい魔道具だが、残念ながら、ミーシャに手放す気はないらしい。
(だが、ギルドへの報告に使用してくれるのはありがたい)
彼女には何か別に礼をしなければなるまい。もっとも、あのひんやりとした微笑を浮かべて「貸しにしておきましょう」の一言で流されそうだが。
(その貸しが、一番厄介なんだよなぁ……)
長命のエルフであり、かつては凄腕の冒険者であった彼女に、ギルドの上層部メンバーの殆どが世話になっている。
ベルクもその一人だ。
おかげで、この年齢にして未だに『坊や』扱いされている。
駆け出しの冒険者時代に、それはもう世話になりまくったのだ。命の恩人でもある。
今はギルドマスターという地位にいるが、それこそ尻に卵の殻が付いたままのヒヨコ時代を知られてしまっているため、未だに頭が上がらない。
(まぁ、無茶を言う人じゃねーが……)
だからこそ、その彼女が無茶を口にする時はよほどのことだと理解していた。
その日が、願わくば自分の代では起きないよう、ベルクは祈ることしかできない。
「ギルドマスター?」
「ああ、悪いな、フェロー。ぼうっとしちまってた」
視線で急かされるまま、ため息を押し殺しながら白い鳩に手を伸ばした。
細い足首に括られている筒に触れると、ベルクの魔力を感知して蓋が開く。
慎重に中から紙の束を取り出した。
筒の中身が取り出されると同時に、白い鳩は空気に溶けるように消えていく。
手の中に残った紙の束は結構な厚さがあった。
通信の魔道具の筒には空間拡張機能が付与されているため、百枚ほどの紙の束なら収納可能なのだ。
「……ふむ。特に問題なく、ダンジョン探索は進んでいるようだな」
報告書の中身をざっと確認して、ベルクは軽く顎を引いた。うんうん頷きながら読み進め、とある箇所で目を止めた。
眉を寄せながら、何度か読み返し──つきつきと痛む眉間を太い指先で揉み込んだ。
「どうしましたか、ベルク?」
「あー……いや、ギルド的には良い報告なんだがな。俺的には頭が痛い事態になりそうだと」
「……見せていただいても?」
「おう」
くい、と片眼鏡を押し上げて、フェローが興味深そうに紙面に視線を落とした。
「ふむ。ドロップアイテムが面白いですね。さすが食材ダンジョン。希少なスパイスに調味料は特に興味深いです。エイダン商会あたりが飛びつくことでしょう」
「だろうな。フロアボスや特殊個体からドロップした酒類も上物だったらしいぜ? 戦闘狂ウサギと暴虐のエルフ二人のお墨付きだ」
「それはまた……期待がもてますね。手に入る物なら、一度試してみたいものです」
意外と酒好きな友人の感想に、同じくらいにウワバミなベルクも大きく頷いた。
「驚いたのは、ブラックゴートのミルクが手に入ることだな。ダンジョンドロップ品だから、輸送に耐え得る。これは話題になるだろうな」
「なんと。魔獣のヤギミルクとなれば、栄養価も高く美味。これは人気になるでしょうな」
ふふふ、と微笑みながら読み進めていたフェローがピシリと固まった。
自分と同じ箇所で引っ掛かったのだろう。
「……ハイペリオンダンジョンはマジックバッグのドロップ率が異様に高いダンジョンだと?」
「ミーシャ曰く、そうらしいぜ?」
「それは……冒険者が殺到しそうですねぇ……」
フェローが遠い目をしながら、ぽつりと呟く。
「他の諸々のドロップアイテムや採取物も気になるが、その一点だけでハイペリオンダンジョン周辺の開発にOKが出るだろうな」
ダンジョン都市の冒険者ギルド総本部の連中も大喜びで許可を出すのは確実だ。
それほどまでに、マジックバッグの需要は凄まじいのだ。
「ハイペリオンダンジョンに一番近い冒険者ギルドでは、この大事業は任せられねぇな……」
「地方の出張所では無理でしょうね。人も金銭も相当動きますから」
つまり、第一発見者が東の冒険者ギルド所属の会員であることから、我がギルドの面々が中心になっての開発となる可能性が高いのだ。
「そういうわけで、すまんな。フェロー」
「仕方ありませんね。采配を振ることとしましょうか」
頭を下げるベルクに、フェローが肩を竦めてみせた。
事務作業には自信があるので、と笑う彼にトラ獣人のギルドマスターは心底悲しそうに呻く。
「ああ、お前なら問題なくハイペリオンダンジョンを運営出来るだろうよ。おかげで、こっちの事務作業が不安で、今から憂鬱だ……」
「それは自己責任ですよ? 苦手な書類仕事、私がいなくともサボらずに頑張ってくださいね」
「くっ……!」
頭を抱えるギルドマスターは放置して、フェローはミーシャからの報告書の続きを熟読する。
フロアごとのフィールドについて。現れる魔獣、ドロップするアイテムについてや、採取できる植物のことも細かく報告されている。
さすが鑑定スキル持ち、と感心しながら読み進めた。
「それにしても、この報告書。読みやすく、よく纏められており素晴らしいですが……」
「ああ、それな。特にこの時間に読むのは辛くなるよな」
「ええ……。まるでグルメ評論本のようで、とてもお腹が空いてきます」
ミーシャの報告書には、ドロップした肉や調味料、スパイス類を使ったメニューについて細かく説明されているのだ。
その美味しさ、繊細な味わいを微に入り細に入り──無駄に流麗な文体で。
このまま纏めて本にすればベストセラー間違いなしのグルメ本になるだろう。
読んでいるうちに、いつの間にか生唾を飲み込み、腹を切なく鳴らしてしまいそうになる。
「さすが、ナギ。帰って来たらご馳走してくれることを期待しましょうか」
「そうだな。特に前回の報告書などあった、ブラッドブル肉のステーキが食いたい」
「私はオークカツが気になりますね」
軽口を叩きながらも、これからの多忙さを考えて、二人ともそっとため息を押し殺していた。
1,581
あなたにおすすめの小説
おばさんは、ひっそり暮らしたい
蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
継子いじめで糾弾されたけれど、義娘本人は離婚したら私についてくると言っています〜出戻り夫人の商売繁盛記〜
野生のイエネコ
恋愛
後妻として男爵家に嫁いだヴィオラは、継子いじめで糾弾され離婚を申し立てられた。
しかし当の義娘であるシャーロットは、親としてどうしようもない父よりも必要な教育を与えたヴィオラの味方。
義娘を連れて実家の商会に出戻ったヴィオラは、貴族での生活を通じて身につけた知恵で新しい服の開発をし、美形の義娘と息子は服飾モデルとして王都に流行の大旋風を引き起こす。
度々襲来してくる元夫の、借金の申込みやヨリを戻そうなどの言葉を躱しながら、事業に成功していくヴィオラ。
そんな中、伯爵家嫡男が、継子いじめの疑惑でヴィオラに近づいてきて?
※小説家になろうで「離婚したので幸せになります!〜出戻り夫人の商売繁盛記〜」として掲載しています。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。