異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

251. 最下層です

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 調査のためにハイペリオンダンジョンに潜って、1ヶ月半。
 この日、とうとう調査隊の面々は最下層に到達した。

「五十五階層ね。でも、ここが最深部じゃないみたい」

 フロアボスであるワイバーンを倒して、巨大な肉の塊と赤ワインの大樽を手に入れて大喜びで収納した後で、次の階層へ続く道が閉ざされていることに気付いた。
 これは、覚えがある状態だった。
 ハイペリオンダンジョンを発見して、好奇心の赴くままにエドと二人で探索し──三十二階層で足止めを喰らった時と同じ。

「まさか、まだ改変リニューアル中だったなんて……」

 要するにナギの魔力を得て発生した、この食材ダンジョンはいまだ成長中ということで。
 何となく予測していたミーシャは涼しい表情でギルドへの報告書を書いている。
 エドは少し呆れた様子で、周囲を見渡して一言。

「……何処まで大きくなるんだ?」
「分かんない……」

 下層へ潜るほどに魔獣は強くなり、厄介な魔物も出没するようになった。
 オーガは人型の魔物の中でも特に強敵で、硬い皮膚と強靭な肉体には少しばかり苦労させられた。
 もっとも、戦闘狂ウサギことラヴィルとエドの師弟コンビや『黒銀くろがね』パーティの面々は危なげなく倒していたが。
 もちろん、ナギの保護者兼護衛担当のミーシャも聖霊魔法を駆使して、オーガに圧勝していた。
 青い肌とツノ、鋭い牙で威嚇してくるオーガに、ナギは情けないことに少し怯んでしまい、攻撃魔法をうまく制御できなかった。

(魔物を倒すのにも慣れたと思ったけど、ダメだなぁ……)

 ゴブリンやオーク、コボルトなどの魔物は躊躇なく倒せるようになったのだが、オーガのように人と近い外見の魔物にはまだ戸惑ってしまう瞬間があるようだ。
 
(冒険者なんだから、対人戦にも慣れなきゃいけないよね……)

 銀級シルバーランクに昇格するには、護衛任務の数をこなす必要がある。
 エイダン商会の護衛任務の際に盗賊グループを壊滅に追いやれたのは、ナギの理性が怒りに支配された状態だったからだ。
 ちょっとばかり、やり過ぎてしまったが、殺してはいないので問題はないはず。

(三分の一殺しだったもんね!)

 半殺しは過剰防衛になるから、と散々仔狼アキラに脅されたので、そこは気を付けた。わたし、えらい。

 ともあれ、私情に流されずに敵対相手を制圧するためにも、人型の魔物や対人の戦闘にもっと慣れるべきだと反省した。

(これまでは遠方から魔法で攻撃するか、エドが真っ先に倒してくれていたから)

 優しいエドの厚意に甘えていたのだ。これではいけない。
 未だ『拡張工事中』のハイペリオンダンジョンの下層には、オーガよりも強く厄介な魔物が潜んでいる可能性が高いのだ。

「美味しいお肉や貴重なスパイス、珍しい食材を手に入れるためにも、もっと強くならないとね!」
「ん? ああ、そうだな……?」

 突然のナギの宣言に、エドは驚いた様子で軽く目を瞠りつつ頷いてくれた。
 くすり、とミーシャが笑う。

「弟子がやる気を見せているのなら、師匠である私もそれに応えないといけませんね」
「えっ……?」
「帰ったら、修行の再開ですよ、ナギ」
「ふぇぇ…っ」

 藪蛇だった。
 肩を落としつつ、よろしくお願いシマスとミーシャに頭を下げる。
 うふふ、と優しく微笑みながら頭を撫でられてしまった。
 う、嬉しくはない、こともないけれど。

 ともあれ、最下層まで到達したので、ギルドから依頼された任務はここまでだ。
 ダンジョン都市に戻るまでがお仕事だが、任務自体は無事に完了したことになる。

「ミーシャさん? あの、前に言っていたように、数日は休みを兼ねて食材を採取しても良いって話は……」

 上目遣いでナギがそっと尋ねると、調査隊責任者のエルフの麗人はそうね、と優雅な所作で首を傾げた。

「ギルドへの報告書をまとめる作業と休日を合わせて、三日。自由時間にしましょう」

 ナギとエドだけでなく、『黒銀くろがね』のメンバーとラヴィルまで歓声を上げた。


◆◇◆


 そんなわけで、せっかく手に入れた三日間の自由時間を満喫すべく、ナギはエドと二人で狩猟と採取に出掛けることにした。
 五十五階層のセーフティエリアにコテージを設置し、そこを拠点にして行動する。
 ミーシャはコテージ内で報告書の作成をしたり、ダンジョンで入手した薬草を煎じてみたりと、それなりに楽しそうに過ごしている。
 ラヴィルは気に入った味の魔獣を仕留めるために、身軽くソロで狩りに出掛けていった。
 『黒銀くろがね』はメンバーで揃って気になる階層へ出稼ぎ中。魔道具や金銀財宝のドロップ狙いで、張り切っている。
 朝早く拠点のコテージから出掛けて、遅い時間に帰る日々を満喫できるのは、マジックバッグを手に入れたおかげだ。

 ジャイアントサンドキャメルからドロップしたマジックバッグの他にも、収納系のアイテムを五つドロップしたのだ。
 馬車の荷台ほどの収納量の巾着袋、指輪型の収納の魔道具はコテージ三軒分もあって、それには皆が驚いていた。
 腕輪バングル型、ウエストポーチやリュックタイプのマジックバッグの容量は微妙で、四畳半の部屋くらいの質量しか収納が出来そうになかったが。

(それでも、皆大喜びしていたのよね……)

 マジックバッグの類をギルドに販売するかどうかは、後で相談することにして。
 とりあえず、この『出稼ぎ期間』中にかぎり、それぞれ責任者のミーシャから借り出して使うことになった。
 一応は『収納容量や使い心地を確認するため』と理由をこじつけて。
 おかげで、荷物を気にせずに狩り放題というわけだ。

 ラヴィルはジャイアントサンドキャメルからドロップしたショルダータイプのマジックバッグを上機嫌で引っ提げて。
 『黒銀くろがね』の面々は巾着袋、バングル、ポーチとリュックの四種類のマジックバッグをそれぞれ装着していった。
 指輪型の魔道具は収納量が大きいため、ミーシャ預かりとしている。

「じゃあ、ミーシャさん。私たちも行ってきますね!」
「ええ。貴方たちなら大丈夫だとは思いますが、気を付けて」
「お土産たくさん持って帰りますねー!」

 笑顔でミーシャに告げると、ナギはエドと二人で足取りも軽く転移扉に触れた。
 まず目指すのは、三十二階層。

「ブラッドブル肉を狩りまくるわよ、エド!」
「任せろ。一年分の肉を確保してやろう」


◆◇◆


 夕暮れ時、ほくほくしながらコテージに戻ると、盛大に出迎えられた。
 どうやら皆、腹を空かせてナギの帰還を待っていたようだ。

「お弁当は渡してありましたよね?」
「ん、食った」
「美味しかった」

 こくり、こくりと頷く黒クマ夫婦。
 見上げるほどの巨体なのに、どこか可愛らしい仕草にほっこり和んでしまいそうになるが。

「秒で消えたな……」
「美味し過ぎて、全然足りなかったわ」

 ルトガーやキャスまで、いつの間にか食いしん坊キャラな発言だ。

「私もサンドイッチを食べただけじゃ物足りなくって、非常食として渡されたお菓子も食べちゃったわ」
「ラヴィさんまで……」

 非常食というか、携帯食なのだが。
 砂漠フィールドで手に入れたデーツを使い、グラノーラを作ったのだ。
 オーツ麦や小麦粉を蜂蜜やメープルシロップで味を付けたグラノーラ生地にナッツやドライデーツを混ぜてキャラメルで焼き固めてバーにした携帯食である。
 栄養価も高く、何より美味しく焼き上げることができた自慢の一品だ。
 魔法を使うとお腹が空くので、いざという時用の補給食として食べて貰おうと渡しておいたのだが、皆には美味しいお菓子にしか思えなかったようで。

「あれはとても美味しい焼き菓子でした。デーツというドライフルーツは特に良い物ですね」

 ミーシャもすっかりデーツが気に入ってくれたようで、それは良かったのだけど。

「また焼かないと……」
「その前に夕食だな。ナギ、俺も腹がへった」

 期待に満ちた眼差しに、ナギはとても弱い。
 本日、大量に狩ってきたブラッドブル肉の塊を取り出すと、皆に手伝わせながら、夕食を作るナギだった。
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