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〈冒険者編〉
252. 新しい出会い 1
しおりを挟む最下層到達記念に、ブラッドブル肉の牛カツを作った。
ブラッドブルはオークよりも脂身が少なく、赤身よりの肉質なため、きっとオークカツより食べるだろう、と。
ちゃんと事前に予想を立てて、エドと二人でせっせと大量に揚げた牛カツだったが。
「見事に完食したね……」
「予想はしていたが、凄まじかったな」
食べ盛りの狼獣人のエドを差し置いて、とんでもない食欲を披露された食卓だった。
肉は分厚めにカットして、四十枚近くのカツを揚げておいたのだが、あっという間に食べ尽くされてしまった。
満足げに腹を撫でている皆は、さすがに食べすぎたのだろう。
リビングのソファや奥のベッドで幸せそうな表情で寝転がっている。
呆れたようにダメな大人たちを一瞥すると、エドは食器の片付けを手伝ってくれた。
「まぁ、牛カツは美味いからな。仕方ない。しかもブラッドブルの肉だったし」
「そうだね。そういえば、今回の任務で大量に調理したからか、料理スキルも上がったみたい。おかげでベストな揚げ具合も何となく把握できるようになったわ」
十歳の誕生日に前世を思い出して以来、美味しいご飯を味わうためにひたすら料理に励んできていたが、料理スキルがここまで上がるとは思わなかった。
「わたし、料理人じゃないんだけどな……」
ちょっと遠い目になってしまうのは仕方ない。
一応、職業は冒険者なのだ。そっちのスキルは残念ながら、あまり育っていない。
「何となくの塩梅が分かるようになったのは、ありがたいんだけど」
たとえば『塩少々』の絶妙な分量が分かるようになった。
ミディアムレアな肉の焼き加減もバッチリだ。何なら揚げ油も見ただけで適正温度が把握できる。さくさくに揚げるのもお手のものだ。
「あと、調理スピードも上がったかな。確実に」
「それは俺も気付いていた。野菜を切るスピードが凄まじかったからな」
「そう?」
凄まじいという形容詞が付くような行為なのだろうか、それは。
ピーラーやスライサーを使うより自力の千切りが早くなったな、とは思っていたが、そこまでだったとは。
「ここまでスキルが成長したのなら、冒険者稼業を引退したら、料理人になるのも良いかもね」
ほんの冗談のつもりだったのだが。
エドは当然のことだと言わんばかりに軽く顎を引くと、小さく笑った。
「なら、俺も手伝おう。店には美味いパンが必要だ」
エドが焼く、ふわふわに柔らかくて美味しいパン。
それは人気店になるに違いない。
「ふふっ。その時はエドにお願いするね」
「任せろ」
くすくすと笑い合いながら、食後のお茶を用意していると、リビングで転がっていたはずの黒クマ夫婦が近くに寄ってきた。
「店を開く時は絶対に教えてくれ」
「ん、お祝いを持って駆け付ける。ナギの作る食事はとても美味しい。今夜のカツも最高だった」
冗談を本気にしているようで、真剣な表情だ。
ちょっと反応に困ったが、ストレートに褒められて悪い気はしない。
「ええ、ぜひ食べに来てくださいね」
「絶対に行く。毎日通う」
「ん。楽しみ」
熱烈なファンが付いてしまった。
こくこく頷く様が何だか可愛くて、ついお茶と一緒にクッキーを差し出してしまうナギだった。
「ズルイわ。デクスターとゾフィにはやけに甘くない?」
ぷぅ、と頬を膨らませて拗ねたリアクションを取るのはラヴィルだ。
その背後から、そっと顔を覗かせるミーシャ。わざとらしく、憂いを帯びた表情で。
「……ナギ。私は誘ってもらえないのでしょうか」
「はいはい。ちゃんと、その時は招待しますから! と言うか、冒険者を引退後の話ですよ? あと二十年は現役で頑張りますから!」
前世の記憶がある分、大人びた性格をしているが、ナギの年齢はまだ成人前の十三歳なのだ。
「二十年なら、すぐですね。楽しみです」
「エルフの貴女ならともかく、私には遠い話だわ。たまに食べさせてくれると嬉しいのだけど」
「もちろん。また、家にも遊びに来てくださいね!」
師匠二人は何度か、森の側の自宅に招いてある。幸い、部屋もたくさん余っているのでお泊まりも可能なのです。
ゾフィが「いいなぁ……」とぼそりと呟いた。彼女の夫のデクスターも羨ましそうな目で見てくるが、さすがにご夫婦を自宅に招くのは躊躇してしまう。
「そう言えば、今日のソースはまた格別でしたね。いつもの味と深みが違ったような」
「さすが、ミーシャさん。分かりました? 実はカツ用のソースを新しく作ってみたんです」
せっかくデーツを手に入れたので、新作ソースの材料にしたのだ。
前世で口にしたソースにデーツが使われており、まろやかで深みのある味だったことを思い出して、試行錯誤の末に完成させた。
赤ワインとケチャップ、醤油に蜂蜜、味噌を少しとデーツ、スパイスも何種類か配合してみたのだが、想像以上に美味しくなったと思う。
「ほんのりとした甘味と酸味が、カツの味を引き立てていましたね。とても美味しかったです」
「ありがとうございます!」
デーツは久々の当たり果実だ。
トンカツ用のソースはもちろん、デミグラスソースに使うのもありだろう。
種を取り除いたデーツをクラッカー代わりにしてクリームチーズや生ハム、スモークサーモンを添えて食べても最高に美味しいのだ。
冷えたワインやシャンパンと良く合う。
(グラノーラやソース、焼き菓子やジャムにも使いたいし。明日はまたデーツを採りに行こうかな)
今日はブラッドブル狩りの他に、シオの実とヒシオの実の採取も頑張ったのだ。
ブラッドブルはスパイス類をドロップするので、二度美味しい。
大量の戦利品にほくほくしながら帰還した二人だった。
デーツの他にも確保しておきたい食材はたくさんある。
特に、みりんや胡麻油、日本酒などは、ここ食材ダンジョンでしか手に入らないので、重点的に集めたい。
エドに相談すると、二つ返事で了承されたので、明日も引き続きの食材集めが決まった。
◆◇◆
他の皆も昨日と同じく、張り切ってそれぞれ目当ての階層へ転移した。
マジックバッグにナギ特製のお弁当を大事に仕舞い込んで、うきうきと。
ミーシャは今日は報告書の作成を傍らに目当ての薬草を採取する予定らしく、ラヴィルと二人で出掛けて行った。
「じゃあ、私たちも行こう」
「ああ。まずは、三十五階層のサンドキャメル狩りだな」
「フロアボスがまたマジックバッグをドロップしてくれたら良いね」
今回の自由時間中にドロップしたアイテムは各自の物となるため、少しは稼いでおきたい。
「魔道具はレアドロップだからな。金の延べ棒の可能性が高いんじゃないか?」
「そっちはそっちで稼げるから良いね」
美味しい食材や貴重なスパイス類なら、自分たちで確保するだけだ。それはそれで嬉しいので問題なし。
できれば新しい発見があると良いなと思いながら、ナギはエドと手を繋いで転移の扉に触れる。
まさか、大森林内のダンジョンで新たな出会いがあるとは思わずに、二人は張り切って目当ての階層に向かったのだった。
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