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〈冒険者編〉
260. もふもふ天国
しおりを挟む今夜は疲れたので早めに眠ることを告げて、エドと二人で早々に寝室に引きこもった。
部屋の鍵を閉めて、消音の魔道具を発動したら、【獣化】スキルで仔狼の姿に変化したアキラを抱き上げて『スキルの小部屋』へ向かう。
『待ってた! ニャッ』
「わっ⁉︎ 熱烈な歓迎だね……?」
亜空間に到着するや否や、キジトラ猫に突進されてしまった。
片足にぎゅっとしがみつかれて、戸惑うナギをコテツが潤んだ眼差しで見上げてくる。
『ボクもあれ、たべたい! おののみやき!』
「お好み焼きね。窓から覗いていたんだ?」
「ニャ……」
ナギたちに同行したが、他の皆のことが気になったのだろう。
窓から覗いていた際に目にしたホットプレート料理に興味津々で、特にお好み焼きが気になったようだ。
「ふふっ。ちゃんと作ってあげるから、安心して。それより、子猫ちゃんたちは大丈夫?」
『おなかいっぱいで、ぐっすりねてるよ』
二、三時間ごとにミルクを与える必要がある月齢に見えるため、コテツの食後に起こしてやればちょうど良いだろう。
ごはん、ごはんと騒ぐニャンコのために、まずは食事を作ってあげなければ。
『センパイ、降ります!』
と、腕を優しく叩かれて、そういえば仔狼を抱っこしていたことを思い出す。
屈んで降ろしてやると、そこでようやくコテツは彼に気付いたようだ。
ぱっ、とナギから距離を取ると、独特のポーズを取る。背中の毛が見事に逆立ち、尻尾が大きく膨らんでいる。
(仔狼を、警戒している? それにあのポーズは……)
見たことがある。前世で、子猫の可愛い系動画特集などで、よく見かけた。
本猫的には真剣だが、側から見たら可愛くて身悶えする──
「やんのかポーズだー! かわいい……!」
背中を丸めて、頭を低く。軽やかなステップでトトト……! と威嚇する様に、ナギも頬を染めて身悶えしてしまった。
『…………センパイ……』
「あっ……その、ごめんね? つい、その可愛らしさに我を忘れちゃった……」
警戒していたコテツも、そのやり取りで毒気が抜かれたようで、おすわりして逆立った背中の毛を丁寧に舐めている。申し訳ない。
「あの、実はこの子は……」
『……さっきの、オオカミ? おんなじにおい、する』
「! そ、そうなの! 実はエドで、スキルでこの姿になっているんだけど……」
説明が難しい。困っていると、コテツは分かった、とこくりと頷いた。
そうして自分たちに害のない相手だと理解した途端、「ごあーん!」と鳴きだした。
「ご、ご飯⁉︎ 喋った!」
『オレもそのくらいなら喋れますよ?』
謎の対抗心を見せる仔狼はとりあえず放置しておいて、切なく空腹を訴えてくる猫のために、ナギは慌てて簡易キッチンに向かった。
「夕食はお好み焼きでいいのよね?」
「ニャッ」
こくこくと、嬉しそうに頷いている。
猫の隣でお座りした黒ポメラニアン似の仔狼も大きく頷いた。
今からホットプレートを用意するよりも、フライパンで焼いた方が早そうだ。
魔道コンロにフライパンを置いて、さっと油を引いておく。【無限収納EX】から、お好み焼き用の生地二人前を取り出して、丁寧に混ぜておいた。
あとは、焼くだけだ。
「豚玉でいいよね?」
豚肉ではなく、オーク肉だが。
仔狼は可愛らしく首を傾げて、そっとリクエストを追加してきた。
『センパイ、センパイ。オレは豚玉に天かすと焼きそばを追加でお願いします!』
「モダン焼きかぁ……。焼きそばの在庫はまだあったかな?」
確認すると、ちょうど二人前の在庫があったので、使うことにした。
中華麺というよりは、パスタに近い手作りの生麺だが、焼いて食べれば焼きそばです!
まずは麺をほぐしながら焼きそばを作り、甘めのソースを絡める。
取り出すのは面倒だったので、そのまま生地を流し入れた。オークのバラ肉を載せて焼いていく。
この、焼きそばがパリパリの食感になっとところが、ナギの好物だった。
(ちょっと焦げたところが美味しいんだよね)
頃合いを見て、生地をひっくり返して裏面にも良く火を通していく。
「うん、完成!」
魔道コンロを二口同時に使って調理したので、どちらかを待たせることなく、お好み焼きを提供することができた。
ソースをまぶして、青のりとマヨネーズを散らしていると、仔狼から鰹節をねだられた。
在庫は残り少ないが、二人分くらいなら大丈夫かな、と鰹節をひとつかみお好み焼きに散らしてあげた。
「はい、どうぞ。お好み焼きだよ」
『やったー! 美味そうー!』
『いいにおい、ニャッ』
大喜びでテーブルに着く、もふもふ二匹がとんでもなく可愛らしい。
二匹とも似たサイズなため、仔狼用のイスがピッタリだった。
身を乗り出して、今にもお皿に顔を突っ込みそうだったコテツだが、仔狼が「いただきます!」と前脚を合わせているのを見て、慌てて真似をしている。
『いただきます、ニャ』
「ふふっ。どうぞ、召し上がれ」
はぐはぐと夢中でお好み焼きを頬張る二匹。
忙しなく尻尾を振る仔狼と細長く優美な尻尾をピンと真上に立てた猫の姿は、控えめに言っても尊かった。
「ああ……手元にカメラがないのが残念すぎる……!」
ハーフドワーフ工房にお願いしたら、カメラの魔道具を作ってもらえないだろうか?
(……ダメだ。カメラの構造の説明ができないわ……)
あいにく、ナギの前世は筋金入りの文系だった。唯一、他よりも熱心だったのが、美味しいご飯を食べることくらいで。
(おかげで、色んな料理に詳しくはなったけど)
気になる料理はレシピを調べて、片端から作ったため、転生してからも、それらの知識は大変役に立っているが。
(ミーシャさんがギルドに報告するために使っていた『記録の魔道具』。ドロップアイテムらしいから、ダンジョンで狙うしかないか……)
仔狼とコテツのツーショットはもちろん、今はまだ夢の中の子猫ちゃんたち。あの子たちの成長を、何としても記録に残しておきたかった。
『んまーい! 豚玉のモダン焼き最高ですっ、センパイ!』
「久しぶりに食べると美味しいよね、お好み焼き。次は海鮮系のお好み焼きにしようかな」
『いいですね! 食べたいです! 明日の昼食は海鮮お好み焼きにしましょう!』
ぽつりと思い付きを口にしたら、すごい勢いで仔狼に食いつかれてしまった。
「えー? 私は別に良いけど、他の皆が飽きちゃうんじゃないかな?」
それに、黒クマ夫婦を筆頭に『黒銀』のメンバーは肉好きなイメージが強い。
今のところ、ナギも彼らに魚介系のメニューを出したことがないので、受け入れてくれるか不安もある。
『おさかな、おいしいのに?』
ニャ? と不思議そうにコテツが首を傾げる。どうやら、このキジトラ柄の猫の妖精は魚介類の味を良く知っているようだ。
「コテツくんは、お魚が好きなのかな?」
『ん! おさしみ、すき』
「……おさしみ?」
『焼いたのもすきだけど、おさしみがいちばん』
「んんんん……そっかぁ……。じゃあ、また今度、お刺身を出してあげるね」
『ありがと、なぎ!』
お好み焼きを綺麗に完食したコテツは、丁寧に顔を洗うと、身軽くイスから飛び降りた。
そうして、眠る子猫たちの元へ駆けて行った。
『センパイ、あのニャンコ……』
「うん。照り焼きチキンをご馳走した時に、「いただきます」って口にしていたのよね。私たちが何も言っていないのに」
その時から、何となく怪しいなとは思っていたのだ。
「プリンのことも知っているようだったし」
あいにく、この世界には今のところプリンに似たスイーツは見かけたことはない。
トドメは先ほどの「お刺身」発言だ。
つまり、あの猫の妖精は──……
「転生者、本人」
『……それか、転生者の知り合いがいる猫ですね』
いとけない表情で眠る子猫たちを優しく舐めてやっている、キジトラ猫を二人は黙って見つめた。
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