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〈冒険者編〉
261. ダンジョン都市に帰りましょう
ハイペリオンダンジョンの調査任務を終えて、ダンジョン都市に帰還することになった。
指名依頼された任務の成果は上々だ。
大量のドロップアイテムはナギが纏めて収納し、冒険者ギルドまで持ち帰ることになっている。
拠点に広げていたテントや荷物を片付けながら、『黒銀』パーティのリーダー、ルトガーが感慨深そうに言う。
「まだまだ拡張中ってことは、かなり深いダンジョンになりそうだな」
「そうね。珍しくて美味な食材や調味料、スパイス類が大量に手に入る、夢みたいなダンジョンなんて、好事家が後見人に付いてくれそう」
『黒銀』の金庫番、キャスが笑顔で述べれば、黒クマ夫婦も大きく頷いた。
「間違いない。俺たちにもきっと声が掛かる」
「キャス、儲け時だ」
「そうねっ。調査チームだったことは箔付になるし、ここでガツンと稼ぎたいわね!」
「それに、このダンジョンは食材だけでなく、マジックバッグもドロップする素晴らしいダンジョンだからな」
ほくほく喜ぶ様から、今回の任務が彼らに取って良い物であったことが伝わってくる。
(この調子だと、食材ダンジョン周辺はちゃんと開発されそうだね。たくさん人が集まって、スパイス類が出回るようになると嬉しいんだけど……)
確実に儲けることが可能と冒険者ギルドの本部に認定されたら、こっちのものだ。
(三ヶ月に一度くらいのペースで、ここまで稼ぎにくるのもありよね? スパイス類は油断すると、すぐに使い切っちゃうし)
具体的に言うと、週一の頻度でカレーを食べていたら、あっという間に消費してしまう。
「休暇気分で、稼ぎに来るのは楽しそうだな」
ふ、と口角を上げてエドが笑う。
同じようなことを考えていたようだ。似た者同士で、ちょっと照れくさい。
「そうね。スパイスや調味料を確保したいし、利益率の良いドロップアイテムも入手したいから、私も同意見」
ハイペリオンダンジョン内限定のスキル【自動地図化】の便利さは今回で痛感した。
美味しい食材を確保しつつ、後はマジックバッグのドロップで稼げば、悠々と暮らすことは余裕で可能。
何なら、食材ダンジョンではマジックバッグだけを売り払って過ごしても、充分なほど稼げることだろう。
それほどに、収納系のアイテムはレアなのだ。
皆が荷物の整理をしている間、ナギはエドと二人で道中の食事を作っている。
猫科獣人の集落に預けたままの馬車を回収して、今度はのんびりと帰路に着く予定だ。
(もうダンジョン内でバラしちゃったし、野営時にコテージを使っても良いよね……?)
往路ではまだ内緒にしていたので、魔道テントを使っていたが、やはりコテージの快適さを味わうと、もうテント生活には戻りたくなかった。
女性陣はトイレや風呂を、男性陣にはコテージのキッチンのありがたみを前面に押し出せば、何となく許されそうな気はする。
「コテージの、ちゃんとしたキッチンの方が美味しいご飯を用意できる、って言えば説得できそう……?」
「できるだろうな、間違いなく」
こくり、とエドに頷かれた。
この二ヶ月近く、せっせと皆に三食を提供した甲斐があるというもの。
「餌付けしたからな」
「ちょっと、その響きは人聞きが悪くないかしら……?」
「事実だ」
ナギの手料理に慣れているはずの師匠二人も、そういえばハイペリオンダンジョンで入手した食材を使った食事にあっさりと陥落していた。
(……しているかも、餌付け)
だが、美味しい餌さえ提供していれば快適な復路を過ごせるのだ。
コテージがあれば、安心して休める。
清潔なトイレに、快適なお風呂。備え付けのキッチンも使い勝手が良い。
何より、丈夫な壁に守られた建物で眠れることが、上質な睡眠を確保するには必須なのだ。
「……うん。私、継続的に餌付けを頑張ることにする」
「手伝おう」
そのためにも、美味しいご飯を作らなければ。
肉が大好きな皆のために、本日のランチはオーク肉のリエットのタルティーヌだ。
移動しながら、さっと食べやすいようにバゲットにリエットを塗り付けていく。
ちなみに、リエットとは豚肉や鶏肉を脂で煮込んでペースト状にしたものだ。
食感はパテと似ているが、内臓系の方がねっとりとしており、少しクセが強いように思う。
リエットは長時間じっくりと煮込んで、肉の繊維をほぐしたところに溶けた脂を混ぜ込んでペーストにしたものだ。
微塵切りにした玉ねぎやニンニクを混ぜ込んで、白ワインで煮込んで作るため、コクがあってとても美味しい。
昨夜の内から仕込んでおいたので、たくさん作ることができた。
ガラスの瓶に詰めて、大事に食べていく予定だが、味見をしたエドが神妙な表情で「すぐに無くなると思う……」と不吉な感想を述べたのは、聞かなかったことにしたいナギだった。
「味付けは塩胡椒とマスタードでシンプルにしたから食べやすいと思うの」
このペースト状のリエットはエドが焼いてくれたバゲットに塗って、サンドイッチにしてある。
「お酒が飲みたくなるのが唯一の難点かな」
「それはまた、ルトガーが騒ぎそうだな……」
「まぁ、流石に外での野営中は我慢してくれるでしょう」
美味しいご飯はお酒が進むもの。
ルトガーだけでなく、我らが師匠たち──ミーシャとラヴィルも実はかなりの酒飲みだったが、さすが金級冒険者だけあり、任務中にハメを外すことはなかった。
「さすがミーシャさんたちよね。プロフェッショナル!」
「任務中は我慢してくれるだろうが、多分帰ったら、強請られると思う……」
「…………たくさん作り置いてあるから、多分足りるんじゃないかな……」
ちょっと自信がなくなってきた。
際限なくおかわりされることを恐れたナギは、急遽もう一品を追加で作ることにした。
「コッコ鳥のローストモモ肉、一人一羽分! これと具沢山のスープを付ければ、流石にお腹いっぱいになるよね?」
「そうだな。あとは配った分しか作っていないと最初に宣言しておけば良い」
「そうする!」
オーク肉のリエットは、猫の妖精のコテツも好きそうだ。
仔狼も大喜びで食べそうなので、彼らの分も追加しておこう。
昨夜は彼の転生者疑惑に悩まされたが、結局二人は何も追求しないことにした。
目が開いたばかりの小さな子猫のために、安全な居場所と美味しい食事を求めていた彼が悪い子には思えなかったからだ。
必要だったら、きっと彼の方から教えてくれるだろうし──言いたくない場合は、わざわざ暴くことでもない。
なので、とりあえずは子猫たちが立派に育つまでは仮の大家さん役を頑張ろうと、エドと仔狼と話し合ったのだ。
(気にならないと言ったら、嘘になるけれど。仲良くなってから考えれば良いよね)
後でこっそり、オーク肉のリエットを届けてあげよう。きっと、渾身の「ウミャイ!」が聞けるはずだ。
◆◇◆
荷物は全て、ナギが【無限収納EX】に送っておいた。
皆は愛用の武器と防具、最低限の荷物だけを身に着けて、一ヶ月半の間過ごしたハイペリオンダンジョンを後にする。
最下層の転移扉に触れて、ダンジョンの外に転移した。
大森林の濃厚な緑の香りに噎せ返りそうになりながら、息を吐く。
ミーシャが白兎獣人の友人に顔を向けた。
「では、森を抜けますよ。ラヴィ、先導をお願いできますか?」
「任せてちょうだい。【身体強化】スキルを使うわよ。ついて来られる?」
「当然だな」
力強く頷く『黒銀』の皆。エドも気負いなく顎を引いている。
皆の視線を感じながら、ナギも大きく頷いてみせた。
「もちろん平気です。ちゃんと付いていきますから!」
これでも、魔力量には自信があるのだ。
体力には不安はあったが、その分の底上げを豊富な魔力でゴリ押しすれば良い。
「ふふっ。言ったわね? じゃあ、遠慮なく」
その瞬間、ミーシャは白い残像と化した。
呆気に取られる暇もなく、ナギは慌てて皆の後を追い掛ける。
ほんのちょっとだけ、豪語した数分前の自分を恨めしく思ったのは内緒だ。
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