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〈冒険者編〉
276. 猫の手貸します 1
しおりを挟む食材ダンジョン内に二ヶ月近く滞在し、自宅に戻ってからはエイダン商会との仕事に忙殺されていたので、久しぶりの休暇だった。
庭の畑や果樹、裏庭のハーブの世話は植物魔法の得意な猫の妖精のコテツに任せているので、ナギは子猫と遊んだり読書を楽しむ、のんびりとした日々を楽しんでいた。
野営時には難しい、じっくりと時間を掛けた煮込み料理を仕込んでみたり、うろ覚えだったレシピの焼き菓子作りに挑戦したりと、趣味の時間を過ごしている。
エドも筋トレ、鍛錬の日々を存分に満喫していた。
一人でダンジョンには潜っていないが、我が家の目の前にはそれなりの深さの森がある。
頻繁に間引いているので、厄介な魔獣はいないが、ホーンラビットやワイルドディア、ワイルドボア程度の魔獣はすぐに増えるのだ。
日中はエドが狩りに出掛け、夜になるとストレス発散も兼ねて仔狼が森に遠征するのだ。
二人の働きによって、毎日大量のお肉が手に入る。
ダンジョン内の魔素をたっぷりと含む美味しい魔獣肉を食べ慣れた身には、少しだけ物足りないお肉なので、これらは顔見知りの肉屋に安く提供していた。
ダンジョンで手に入れたオーク肉をベーコンやソーセージなどに加工をしてもらっているので、そのお礼の意味もある。
さすがに毎日売りに行くのもどうかと思い、ホーンラビット肉は見習い冒険者時代にお世話になっていた宿『妖精の止まり木』への差し入れとしても活用していた。
三年間こつこつと働いたので、しばらく遊んで暮らしても困窮することはない。
何なら、ナギが辺境伯邸から持ち出した隠し財産があるので、十年は余裕を持って暮らせるお金は持っている。
週に一度、エイダン商会にレシピを二、三提供すれば、一ヶ月分の生活費が稼げることを知ってしまったので、ナギはすっかり怠惰な生活に耽っていた。
今も自宅のリビングのソファに寝転がって悶えている。
「猫ちゃんがかわいすぎて辛い」
お気に入りのラタン家具が爪研ぎの被害にあってボロボロになっているが、そんなものは誤差である。
子猫が元気に楽しく遊べているなら、それだけでナギは幸せを味わえるのだ。
子猫二匹は二人と一匹の献身的なお世話のおかげで、すっかり元気になっている。
丸っこかった耳も凛々しい三角に、尻尾の毛もふわふわに成長した。
ハイペリオンダンジョンで見かけた際にはガリガリに痩せ細っていた体も、今では子猫らしい、ふっくらとした姿となっている。
ナギが振る毛糸にじゃれる子猫のお腹はぷくぷくだ。
栄養たっぷりのゴートミルクのおかけで、毛並みも素晴らしい。ずっと撫でていられる。
最近のナギの趣味は、猫用のお菓子作りだ。どうやら自分たちよりも長生きの猫の妖精のコテツはともかく、子猫たちはまだ人の食事は食べられない。
解毒スキルが生えれば、問題なく食べられるそうで、それまでは普通の猫と同じ食事が必要。
普通の猫は牛乳でもお腹を壊すので、ゴートミルクと卵を使った優しい味わいのお菓子を作っている。
調味料もなるべく使わず、素材の味重視で栄養のあるお菓子。作り甲斐がある。
張り切って作ったお菓子で、子猫たちに大人気なのは、たまごボーロだ。
砂糖の代わりに蜂蜜を少し使っており、これは大人ニャンコなコテツにも好評だった。
「ふふふ。今日は新作おやつだよー。お野菜クッキーです!」
「にゃ?」
「みう!」
じゃーん、と取り出したクッキーに二匹の子猫が興味深そうな表情で近寄ってきた。
まずは好奇心が旺盛なオス猫、茶トラ柄のトラが匂いを嗅ぐ。すんすん。
ほうれん草に似た青葉の野菜クッキーは好みでなかったようで、かぱっと口を開けて尻込みされた。
「ダメだったかー……。じゃあ、こっちは? かぼちゃ味のクッキー!」
こちらはハチワレ女の子のミウが興味を持ち、顔を寄せてきた。
匂いを嗅いで確かめると、まずは舌で確認。お眼鏡に適ったようでどうにか食べてくれた。さくさく、ぺろぺろ。
「かわいい」
相棒が食べているクッキーを欲しがるトラに、サツマイモのクッキーをあげてみた。
すると、こちらは匂いを嗅ぐや否や、ぱくりと食べてくれた。
「食べてくれた! 良かったー」
ゴートミルクとお肉は食べさせていたが、野菜はなかなか食べてくれなかったので、とても嬉しい。
野菜スープもダメ、蒸した野菜なんて砂をかけるポーズを披露されてしまった。
なので、お菓子にすれば野菜も食べてくれることが分かって、ほっとする。
二匹が夢中で野菜クッキーを食べる様子をほっこり眺めていると、コテツがリビングにやって来た。
暇そうにしていた彼に、キッチンのお手伝いを頼んでいたのだ。
『ナギ、鍋が鳴いてる』
「ほんと? ありがとう!」
魔道コンロを四口使い、煮込み料理とスープを作っていたのだ。
ことこと弱火で煮込んでいたのだが、吹きこぼれそうになったらしい。
慌ててキッチンへ駆けて行き、寸胴鍋の中身を確認する。
幸い、焦げついたものはなく、どれも良い感じに煮込まれていた。
『いい匂いニャ』
身軽く、肩に飛び乗ってきたコテツが鍋を覗き込んで鼻を鳴らす。ふすふす。小刻みに揺れるお鼻が可愛らしい。
「ふふ。これはねー、エドの大好物なの。フォレストボアの角煮だよ」
『かくに。おいしそう』
「美味しいよー。トロットロに煮込んだからね、お口の中で蕩けちゃう」
『ふわぁぁぁ』
角煮はあと十五分ほど煮込んでおこう。
もうひとつの鍋の中身は、コンソメスープだ。たっぷりの鶏ガラや野菜を煮込み、丁寧に漉して作った、大事なスープ。
「これはコンソメスープ。色んなスープや鍋料理の素になるのよ」
『こんそめ知ってる。おいしい、ニョ』
「そうそう、美味しくて便利なのよねー。本当は持ち運びやすいキューブ型とか粉末状にしたいんだけど……」
生活魔法を駆使して頑張れば、どうにかなりそうだったが、よく考えればナギは持ち運びには困らない。
なにせ、彼女は【無限収納EX】スキル持ち。そのままコンソメスープを活用すれば良いことを思い出し、開発は諦めた。
「で、こっちはブラックブル肉の煮込み料理よ。硬いすね肉を使っているから、じっくり時間を掛けて柔らかくしているの」
『ぶらっくぶる、おいしい牛!』
「ふ、ふふ。コテツくんも知ってるのね。おいしい牛肉だよねー。すじ肉も手間をかけたら美味しく食べられるのよ」
赤ワインで煮込んでいるので、旨味が凝縮されている。隠し味は、ヒシオの実だ。たっぷりの玉ねぎをそのまま切らずに投入しており、ほどよい甘みがたまらない。
三時間以上煮込んでいるので、玉ねぎはスープに溶け込んでいる。
「で、最後のコレがオークキング肉のチャーシュー! ご飯が秒で消えます!」
「にゃ…」
秒です。お米泥棒です。
贅沢にオークキングの肩ロース肉をタコ糸でぎゅっと縛り上げて、焼き色を付けてじっくりじっくり煮込んで大事に育てたチャーシューなのだ。
それを寸胴鍋いっぱいに作ったので、しばらくは色々な食べ方を楽しめる。
「ご飯にのっけて、チャーシュー丼をまず味わってー、次はラーメンもどきにインしたいかな」
もどきなのは、麺が作れていないからだ。いまだパスタの麺をラーメン代わりに食べています。チャーシュー麺を楽しみたいので、そこは我慢だ。
「あとは炒飯にも使いたいし、サンドイッチも意外とイケそう……」
エドなど、余ったチャーシューにマヨネーズを添えて食べていた。ちょっとだけ分けてもらったが、意外と美味しかった。
『サンドイッチ……』
ほうっ、と熱いため息を吐くキジトラ猫。何やら思い出しているのは、先日催したサンドイッチパーティのことだろうか。
トン、と身軽く床に降り立つと、コテツはあらたまった様子でお座りした。
そうして、まっすぐナギを見据えながら、こう訴えたのだ。
『ぼくも、ダンジョンで稼ぎたい、ニャッ』
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