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〈冒険者編〉
275. サンドイッチパーティ
しおりを挟む「久しぶりの街中依頼は楽しかったけど、疲れちゃったね?」
「そうだな。ダンジョンに潜っている方が余程気が楽だった」
「あはは。本当にそう! そっちの方が気を遣わなくて済むもの」
二日間のバイトを終えた、帰り道。
ナギは心地良い疲労感に身を委ねながら、のんびりと市場を歩いていた。
東の街を本拠地としているので、中央区の市場は物珍しい。
良い子でお留守番をしてくれている、かわいい猫ちゃんたちへのお土産を見繕うために足を運んだのだが、つい財布の紐が緩んでしまう。
(大変だった分、それなりに稼げたからねー)
レシピ代に素材販売、調理指導など。
細々とした収入が重なって、ナギの懐はかなり温かい。
パンのレシピと指導代、当日のお手伝いも含めて、エドもかなり稼いでいる。
エイダン商会直営のパン屋は開店翌日の本日も大盛況だった。
昨日よりも多めに焼いたパンも午後二時には完売している。
二日目もナギは試食コーナーを担当した。
初日とは内容を変えて、バタールとカンパーニュをアレンジして提供したのだが、これもまた好評だった。
バタールはバゲットと似ているが、長さは短めで、太めに成形されている。柔らかく、もっちりとした食感が楽しいパンだ。
バゲットよりも、ほんのりと甘みがあり、口当たりも優しく食べやすい。
ナギはこのバタールを薄く切り分けて、サンドイッチを作った。
マヨネーズを塗ったバタールで、オーク肉のロースハムとレタスを挟んだシンプルなサンドイッチだ。
(四つにカットして試食用に配ったんだけど、あれが大当たりだったんだよね……)
手間も少ないのに美味しいと大評判で、バタールは次々に売れていった。
もうひとつ用意したのはカンパーニュだ。
試食品として、一番悩んだのはこのフランスパンだ。
ライ麦やあまり質の良くない小麦粉で作られていた素朴な田舎風のパンで、この異世界で食べられている硬い黒パンに一番近い食感の物だと思う。
小麦粉と水と塩だけで作られており、どっしりと重い。ほんのり酸味もあり、日持ちがするパンで、スープと合わせて食べることが多いため、試食品として勧めにくい。
悩んだ末、クリームチーズとドライフルーツをサンドして提供することにした。
ドライフルーツはレーズンにデーツ、マンゴーを使った。
クリームチーズの酸味とドライフルーツの甘さ、小麦の香りが濃厚なパンのほどよい塩っけがちょうど良い塩梅で、我ながら会心の出来だったと思う。
シチューやグラタンに使っても面白いのだが、さすがに試食品として、それらを提供するのは難しいので諦めたのだが、結果的にこの組み合わせが大受けした。
おかげで、パンとは別に販売していたチーズやバターがたくさん売れたとリリアーヌ嬢には喜ばれてしまった。
(そういえば、リリアーヌさん。ちゃんとジャムや蜂蜜、レバーパテも用意してくれていたのよね。エイダン商会の、あの凄腕料理長が作ったレバーパテ! お土産に貰ったから、夕食に使っちゃおうっと)
自分でも、たまに作ることはあるが、やはり本職が作った物には敵わない。
工房で焼いたパンはお土産として、カゴいっぱいに持たせてもらったので、今日の夕食に使わせてもらおう。
ジャムや蜂蜜、ドライフルーツもパンのついでに良く売れていたようで、商会の従業員はほくほくしていた。
オープン初日の混雑具合から、二日目の今日は商会からの助っ人が多く集まり、客は増えたが、混乱することは少なかったように思う。
列整理に雇われた冒険者も良い仕事をしていた。エドが目を光らせてくれていたのもあり、絡んでくる人はいなかったし。
「食パンとクロワッサンも好評らしいぞ」
ぼそりと呟くように言うエド。
素っ気ない口調だが、三年越しの付き合いのナギには彼が喜んでいることが分かる。
嬉しそうだなぁ、とほっこり見守りたくなる横顔だ。
「レストランとホテルで提供しているのよね? 今度、食べに行こう」
「1ヶ月先まで予約で埋まっているらしい。持ち帰りたいと希望が殺到していて、上得意客だけに一斤だけ販売していると聞いた」
「大人気ね! 持ち帰りは食パンだけ?」
「クロワッサンは崩れやすいし、その場でしか食べられないパンとして売り出すそうだ」
さすが大商会。プレミアムな売り方を良く心得ている。
たしか、ステーキソースもホテルとレストランでだけ提供していると聞いた。
焼肉のタレとカツ用のソースは瓶詰めにして売り出されているようで、こちらもじわじわと売れているようだ。
ある程度の軌道に乗れば、次はケチャップとマヨネーズの量産に入ると聞いた。
「ミヤさんの工房も大忙しみたいよ」
「エイダン商会から大量の注文が入っているんだろう?」
「ええ。食パン用の型と魔道ミキサー、魔道泡立て器が売れまくっているって」
ハーフドワーフのミヤが嬉しい悲鳴を上げていた。
景気の良い話を耳にすると、とても気分が良い。気分が良いので、バイト代をぱーっと使いたくなった。
「うん、私たちも経済を回さないとね!」
エドの腕を引いて、目に付いた屋台に向かう。色とりどりの野菜のピクルスを買い、珍しいフルーツを手に取る。
その隣の屋台では、飴がけのフルーツが売られていた。
大粒のベリーにスライスされたオレンジ、小さなりんご飴が可愛らしくて、つい大量に買い占めてしまう。
「俺は肉がいい」
鼻に自信のあるエドに加工肉の選別はお任せする。
ソーセージに生ハム、ベーコン、燻製肉。店によってスパイスやハーブのレシピが違うため、味は食べてからのお楽しみ。
エドのおかげで、これまで傷んだ肉に当たったことはない。
買い物カゴいっぱいの加工肉を手土産に、二人は中央区の市場を後にした。
◆◇◆
帰宅した二人を子猫二匹とキジトラ猫が出迎えてくれた。
すっかり心を許してくれた子猫が可愛すぎて、ナギはもうめろめろだ。
涼しい表情を取り繕うエドだって、内心喜んでいるのはお見通しである。
細くて鋭い爪を立ててバリバリと背中まで登られても、嬉しそうに口元を綻ばせていた。
『シツケが大事って言ってなかった、にゃ?』
「言ってたよねぇ」
まぁ、子猫は格別に愛らしいので仕方ない。大人な猫ももちろん同じくらい愛しいので、そっとコテツを抱き上げてやる。
ずっしり重いのもご愛嬌。
抱っこされることが好きらしい、この猫の妖精は喉をくるると鳴らした。
「お腹空いたでしょ? お土産もいっぱい買ってきたから、ご飯にしよう」
「ごあん!」
『ご飯』だけはやけにハッキリと発音するコテツがおかしくて、ナギはくすりと笑う。
「焼き立てのパンと加工肉がたくさんあるから、サンドイッチパーティはどうかな?」
『ぱーてぃ!』
バゲットにバタール、イングリッシュマフィン、フォカッチャ、カンパーニュ。
どれも食べやすいように薄くスライスして、ジャムやバター、チーズに蜂蜜を並べていく。シェフ自慢のレバーパテも忘れずに。
焼いて食べたいので、テーブルにホットプレートを設置する。
「バターを塗って焼くと美味しいのよ。ガーリックバターもいいけど、甘いパンが好きなら、バターにお砂糖をまぶして食べるのもありね」
お行儀は良くないが、ジャリジャリしたお砂糖の食感がたまらない。
バターと蜂蜜、チーズと蜂蜜の相性も良いのでおすすめだ。
バタークリームはレシピを教える際に作っておいたので、在庫はたっぷりとある。
ホットプレートでベーコンやハムを焼いてパンに挟んで食べているのは、エドだ。
おねだりする子猫たちにはコッコ鳥のチキンソテーを。
ナギはバタークリームを塗ったカンパーニュに生ハムとデーツをサンドして、口いっぱいに頬張った。
「んふー! 美味しい。良いバターを使ったクリームの滑らかさときたら!」
あっという間に平らげて、次はとっておきのレバーパテだ。
バタールをホットプレートでパリッと焼き上げて、たっぷりのレバーパテを載せて、口に運ぶ。サクリ。ねっとりとしたレバーの旨味が口の中に広がって至福だ。
バターとガーリック、玉ねぎとセロリ、ハーブはもちろん、スパイスもたっぷりと使われている高級品の味。
「赤ワインが飲みたい……」
美味しすぎて、つい口から怨嗟の声が漏れてしまう。たぶんこのレバーパテがあれば、延々と飲めると思う。素晴らしい。
「美味いな、これ。また買いに行こう」
「ね。頑張って稼いで買おう」
「んみゃい!」
美食家の猫の妖精のお眼鏡にも適ったようだ。
高級ホテルのブランドお土産と聞いて、コテツがキラリと瞳を煌めかせたことに、ナギとエドは気付かなかった。
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