異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈冒険者編〉

282. 指名依頼ふたたび 1


 二週間ほど休暇を楽しみ、久しぶりに東の冒険者ギルドに顔を出すなり、ナギとエドはギルドマスターの執務室に連行された。
 ちなみに、二人を見かけるなり、ギルドの入り口で確保したのはサブマスターのフェローだ。

「お久しぶりですね、二人とも」

 にこりと微笑みかけられたが、目の奥が笑っていない気がする。
 これは怒らせない方が得策だと判断して、二人は素直に執務室に向かった。
 ノックを二回、部屋の主の返答を待たずにドアを開けるフェロー。
 彼に促されるまま、執務室に入った。
 すると、予想通りに眉を寄せたギルドマスターに出迎えられた。

「おい、フェロー。返事を待ってから入って来いといつも言っているだろうが」
「それは失礼。お急ぎだと伺っていたので」
「はぁ……」

 大柄な虎獣人がため息を吐いた。
 ギルドマスター、ベルクの執務用の机には大量の書類が積み重なっている。
 あまり片付いているようには見えない。
 短く刈り上げた頭を乱暴に掻き上げると、ベルクは応接用のソファに腰を下ろした。
 フェローに促されて、ナギはソファに座る。すぐ隣の席にエドも腰掛けた。
 マスターとサブマスターの二人と対面するように、4人掛けのソファで向き合う。

「お前ら、随分とご無沙汰だったようだな」
「あー……前回の指名依頼がキツかったので、しばらくお休みしていたんです」
「いいご身分だなぁ……」

 揶揄、というよりは本気で羨ましそうな声音だなとナギは思う。
 そんなに多忙なのか、ギルドマスター。
 エドは本気にしてしまったようで、不機嫌そうに言い返している。

「別に遊んではいない。合間にちゃんと仕事はしていた」
「ああ、そうだな。エイダン商会からの指名依頼を受けていたね。高評価だったよ」
「ありがとうございます、フェローさん。楽しいお仕事でした」

 ナギはすかさず笑顔でお礼を言う。
 パン屋のお手伝い仕事は、いつもの冒険者稼業とは全く違っていて、それなりに楽しかったのは確かだ。
 エイダン商会のドレスメーカー部門が腕によりをかけて作ってくれた、パン屋の制服も可愛らしかった。
 工房もショップも順調で大繁盛しているようだ。

「そうか。まあ、それは良い。ギルドに顔を出したということは、休暇は終わりなんだな?」
「…………何か、厄介事です?」

 念押しするように尋ねられて、ナギは警戒する。エドもじっとりとした目付きでギルドマスターを睨んでいた。
 ふ、とフェローが笑う。

「フェローさん?」
「いや、すまない。警戒する様が、毛を逆立てた子猫のようで微笑ましくて、つい」

 エドの機嫌が更に悪くなる。
 黒狼族的には子猫扱いは不本意なのだろう。

「いや、警戒心は大事だ。若い奴らは無謀なのが多くて、痛い目を見るからな。慎重な方が生き残ることができる」

 バカにされるかと思いきや、ベルクからは褒められてしまった。
 冒険者のくせに冒険心が少ないと叱られるかと身構えていたのだが、意外だ。
 じっと見詰め返すと、ギルドマスターは小さく咳払いした。
 そうして、あらたまった口調でこう言ったのだ。

「お前ら二人に、指名依頼だ」

 
◆◇◆


「どうする?」
「……どうしよう」

 冒険者ギルドからの帰り道、悩みながらダンジョンへと向かう。
 本日は東の肉ダンジョンを探索予定。
 お留守番中の猫たちのために美味しいお肉をたくさん狩ってくると約束しているので、反故ほごにするわけにはいかない。

 ギルドマスターのベルクから説明された依頼は冒険者ギルドからの指名だった。
 強制力はないので、断ることもできるのだが、二人はまだ迷っている。

「食材ダンジョン周辺の開発のお手伝いなのよね……」
「資材や食料の配達と、料理人への指導。どっちもナギがメインの仕事だな」
「でも、私たち二人への依頼よ。エドは私の補助と護衛担当ってフェローさんが言っていたわ」

 つい先日まで、調査のために探索していたハイペリオンダンジョン。
 珍しい食材が多く、さらに希少で高価なマジックバッグがドロップすることが判明して、冒険者ギルドの本部が開発を承諾したのだ。
 ダンジョンは冒険者ギルドが管理している。この世界では、あらゆる資源を得ることのできるダンジョンは創造神からの贈り物とされ、大切に保護されているのだ。
 ダンジョンから得られる財は莫大だ。ダンジョンさえあれば、食うに困ることはない。なので、ダンジョンを中心に集落が発生し、街へと発展していく。
 ごく稀に『稼げない』ハズレのダンジョンもあり、収益が見込めない場合は野良ダンジョンとして放置されることもあるようだが──

「ハイペリオンダンジョンはギルド本部のお眼鏡に適ったということね」

 それはいい。むしろ願ったりだ。
 食材ダンジョンで手に入る食材や調味料、スパイス類はナギにとっては値千金。
 自宅から通うには、最低でも片道一週間は掛かる場所にあるダンジョンなので、気軽に通うことはできない。
 なので、食材ダンジョン周辺に集落ができて、冒険者が増えることはとてもありがたいことだった。

「スパイス類がたくさん出回るようになったら、カレーも作り放題になるし」
「それは素晴らしいことだと俺も思う。それに、あのダンジョンはナギの魔力と願望を糧に育ったから、もっと面白い食材がドロップするだろう」
「面白いって」

 失礼な。だが、珍しい食材にはナギも興味がある。
 まだ再現できていない前世の料理が作れるような食材や調味料、スパイスが手に入る可能性は高い。

「現地集合、現地解散で良いってフェローさんは言っていたよね?」
「ああ。作業員や護衛の冒険者なんかはギルドが手配してくれると聞いた」
「料理人への指導は二日間だけ。帰りは自由。……ってことは、食材ダンジョンに入っても良いってことよね?」
「だと思う」

 提示された依頼料はかなりの色を付けてくれていると思う。おまけに、ギルドへの評価ポイントも大盤振る舞い。
 この指名依頼をこなせば、銀級シルバーランクへの昇格に有利になることは確実だ。

「……エドはどうしたい?」
「俺は受けたいと思う。拡張したダンジョンの下層に挑戦したい」
「だよね。私もまだ見ぬ食材が気になるから、ダンジョンは探索したい」
「ランクも上げておいた方がいいと思う」
「……うん、そうだよね」

 今のところ、辺境伯家や王国からの追手の気配を感じたことはないが、念のために高ランク冒険者になっておくに越したことはないと思う。
 成人済みの高名な冒険者なら、出奔した家に無理やり戻されることもないはずだ。

 実家である辺境伯家を出奔して、三年。
 十歳だった頃から、ナギはかなり成長している。栄養失調気味の痩せ細った見窄らしい少女アリアはもういないのだ。
 
(うん、バレない! 多分、大丈夫。だけど、後継者とか鬱陶しいことを言われないように、さっさと高ランク冒険者にならないとね)

 そのためにも、この依頼は受けておきたい。二人が迷っている理由は、ひとつだけ。

「コテツくんと子猫ちゃんたち、どうしよう……?」


◆◇◆


『おみやげニャー!』

 東の、通称『肉ダンジョン』でのお土産に猫の妖精ケットシーのコテツは大喜びだ。
 特にジャイアントロングホーンの肉がお気に入りのようで、牛丼をねだられた。
 ジャイアントロングホーンは体長よりも大きなツノを持つ牛の魔獣で、その肉はかなり美味。
 ブラックブルよりランクは落ちるが、前世日本でのブランド牛なみの味わいを誇っている。

「ウミャーイ!」
「ウミャッ」
「ピャアッ!」

 コテツを筆頭に、子猫たちも大喜びで牛丼に食い付いている。
 子猫たちには玉ねぎ抜き、薄味で作ってあげたのだが、問題なく食べていた。
 もうヤギミルクも卒業な頃合いか。

『うまかったニャー』

 ご機嫌でくしくしと顔を洗うコテツに、ナギはギルドからの指名依頼について説明してみた。

「……で、ね。良かったら、また皆で一緒に食材ダンジョンに行かない?」
「ナギの収納スキルの小部屋で待機すれば、危険はないぞ」
「食材ダンジョンに行けば、美味しいご飯がたくさん食べられるわよ」
「コテツの好きなカレーも食べ放題だ」
「うにゅ……」

 熱心に誘ってみたのだが、キジトラ柄の猫は不思議そうに首を傾げて──

『んんん。いかない。おるすばん、する』

 きっぱりと首を振って、断ってきた。

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