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〈冒険者編〉
295. サーモンとチーズ料理
しおりを挟む乳製品をドロップするのが楽しくて、つい五十七階層に長居してしまった。
気が付けば、夕闇に染まりかけている空を見上げて、ナギは嬉々として水牛の魔獣を仕留めている黒狼に声を掛けた。
「今日はもう撤収! ご飯にしましょう」
フロアボスが守っていた転移扉周辺のセーフティエリアにコテージを取り出して設置する。
大量のドロップアイテムを前脚に嵌めたバングル型マジックバッグに収納した黒狼が大急ぎで戻ってきた。
『お腹空きました!』
「はいはい。夕食はリクエストの海鮮親子丼でいいのよね?」
『やったぁ! サーモンとイクラー!』
大型の黒狼姿ではコテージのドアを潜れないため、アキラは仔狼へと変化する。
てちてちと歩く姿が相変わらず愛らしい。
家に入る前に、ふたりとも浄化魔法で汚れを落とした。
「夕食の支度をしているから、先にお風呂をどうぞ」
『はーい! お先に失礼しますね』
バスルームに向かう仔狼を見送ると、ナギは部屋着に着替えた。
ゆったりしたワンピースにエプロンを着けて、まずはご飯の準備だ。
ザルに投入したお米をざっくりと研いでいく。浄化魔法で綺麗にはなるけれど、ちゃんと研いで炊いたご飯の方が不思議と美味しいのだ。
「在庫が心許ないから、たくさん炊いておこう」
業務用サイズの大きな土鍋は、ドワーフ工房のミヤ特製だ。魔道コンロを全口使い、土鍋で米を炊いていく。
野営が多い冒険者活動において、主食の確保は大切なのだ。
冒険前には必ず土鍋五つ分のご飯を炊いて【無限収納EX】に確保してある。
「その間に、イクラを醤油漬けにしておこうかな」
本日、親子丼に使う分のイクラはそのまま使うことにして、残りはすべて醤油漬けに加工することにした。
まずはサーモンを捌かなければ。
素材解体のスキルを使ってもいいが、せっかくなので一匹だけは自分で捌いてみたい。
頭を落とし、細心の注意を払いながら腹を裂いていく。筋子を取り出して、その大きさにナギは歓声を上げた。
「大きい! これは食べ応えがありそう。粒も大きくて、宝石みたい」
筋子からイクラの醤油漬けを作ったことは、何度かあった。前世で、お正月のご馳走用にと取り寄せていたのだ。
たまの贅沢はテンションが上がる。
当時は筋子で購入した方が断然お得だったので、嬉々としてイクラの醤油漬けを仕込んだものだった。
「たしか、四十度くらいのお湯の中で、筋子を指でしごくようにして薄皮を取り除いていたのよね」
ザルに押し付けて、こそげ取る方法もあった気がするが、前世で慣れていたやり方をなぞることにした。
面白いように筋子の中身を絞り出せてしまう。汚れた水を何度も替えて、丁寧に筋子の中身を取り出した。
前世では、ここで七十度ほどの温度でさっと火を通していたが、ダンジョン内の食材にはアニサキスはいない。
なので、火を通さずに先に作っておいた漬け汁に筋子の中身を漬け込むことにした。
「あとは魔道冷蔵庫で冷やせばOK! 二時間くらいで漬かるかな?」
しっかり漬け込めたところで、【無限収納EX】にしまっておけば、いつでも美味しいイクラの醤油漬けが味わえる。
二時間後の味見を楽しみに、ナギは黙々とサーモンを捌いた。我ながら綺麗にサクを切り分けられたと思う。
海鮮丼に載せるため、食べやすい薄さに切っておいた。サーモンピンクの身が美しくて、ナギはうっとりと見惚れてしまう。
氷原に棲むシロクマの魔獣からドロップしたサーモンは脂がしっかりとのっており、とても美味しそうに見える。
「せっかくだから、このサーモンも醤油に漬けておこうかしら」
漬け丼はしっかりと味が染み込み、旨味を閉じ込めた具材を楽しめるので、前世ではよく半額のお刺身で作っていた。
賞味期限が多少怪しく感じるお刺身はだいたい醤油漬けで乗り切っていた記憶がある。
幸いなことに、お腹を壊すことはなかったので、醤油漬けは素晴らしいのだ。たぶん。
サーモンのアラは味噌汁の具にして、カルパッチョも作ることにした。サーモンとイクラを散らすと、とても華やかだ。
すき身は丁寧に叩いた。醤油漬けにした刺身とイクラに添えよう。
「ご飯が炊けるまでに、まだ時間があるわね。せっかくだし、何かチーズ料理を作ろうかしら」
メニューを何にしようかと思案していると、風呂上がりのエドがキッチンにやってきた。
「遅くなってすまない。手伝おう」
「ありがと、エド。じゃあ、ジャガイモの皮剥きをお願いしてもいい?」
「任されよう」
ジャガイモとピーラーを渡すと、エドは生真面目に頷いてくれた。
スツールに腰掛けて、広げたエプロンの上でジャガイモの皮を剥いていく。
「皮を剥いたら、水にさらしておいてね。余分なデンプンを落とすと、焦げ付きにくくなるから」
「そんな理由があったのか」
加熱調理の際にジャガイモ同士がくっつく原因になる粘り気も取り除けるのだ。
なので、ジャガイモのガレットやグラタン、ポテトサラダの調理の際には水にさらす必要はない。
「水にさらすのは十分くらいでいいわ。水気を切って、輪切りにしてくれる? 指を切らないように気を付けて」
「ん、このくらいの厚さでいいか」
「ばっちり!」
エドにジャガイモを任せている間に、オーク肉ベーコンを細切れにしておく。
輪切りにしたジャガイモを並べ、ベーコンを隙間に詰め、チーズをたっぷりと散らす。塩胡椒を味付けをして、あとは魔道オーブンで焼くだけだ。
「これは何て料理だ?」
「えっ……じゃがベーコンチーズ?」
美味しそうを詰めて焼いているだけなので、料理名は特にない。
ジャガイモは揚げて、チーズを散らすだけでも美味しいと思う。
オーブンの見張りはエドに任せて、ナギはカプレーゼを作ることにした。
真っ赤に熟れたトマトをスライスして、ついさっきドロップしたばかりのモッツァレラチーズを挟む。
とっておきのオリーブオイルを回しかけ、その上で黒胡椒をミルで挽く。
ちなみにこのペッパーミルもドワーフ工房で製作をお願いした。
今のところ胡椒の供給が少ないので売れてはいないが、食材ダンジョンが一般に解放されると、きっと需要はあると思う。
目の前でゴリゴリ挽かれた胡椒は香りが素晴らしいのだ。映えるし、美味しい。お肉料理のパフォーマンスにも最適だ。
エイダン商会にそのうち売り込もう。
「ん、お米が炊けたかな?」
火を止めて、十分ほど蒸らす。
オーブンを覗いたエドが嬉しそうに報告してくれる。
「ジャガイモとチーズのやつも焼けたぞ」
「ちょうど良い時間ね。テーブルをセッティングしましょう」
四人用のテーブルいっぱいに皿や丼を並べる。丼鉢には炊き立てのご飯をよそって、漬けにしたサーモンの刺身とすき身、イクラは各自で好きなだけ盛り付けることにした。
薬味は刻んだネギと大葉っぽいハーブ。ワサビと醤油も用意しておく。
サーモンのアラ汁とカルパッチョにカプレーゼ。ジャガイモとベーコン、チーズをオーブンで焼いた料理を前に、二人は笑顔で手を合わせた。
「「いただきます!」」
和洋ごちゃ混ぜのメニューだが、食べたい物を用意したので、後悔はない。
まずはサーモンのアラ汁に口をつける。脂ののったハラ身のおかげで、こってりとしてとても美味しい。良い出汁が出ている。
次に狙いをつけたのは、本命の海鮮親子丼だ。エドなどは既に山盛りの具材を掻き込むようにして味わっている。
「ふふふ。私はイクラましましにしようっと」
白飯の上にまずは漬けサーモンを敷いていく。丼鉢の縁にサーモンのすき身のタタキでダムを作り、最後にスプーンですくったイクラをたっぷりとのせていった。
刻んだ大葉を散らし、ワサビを添え、醤油を回しかけると、理想の親子丼の完成だ。
「豪華! 海の宝石箱だわ。美味しそう!」
お箸で食べるのは難しそうだったので、スプーンで口に運ぶ。
イクラが溢れ落ちないように気を付けながら食べた親子丼は絶品だった。
「サーモンがまるでお肉……ッ!」
「海ダンジョンで手に入るサーモンとはまるで別物だな」
ナギの反応に、エドもこくこくと頷いている。まず、身に蓄えた脂がすごい。
「氷の海に棲むサーモンだから、たっぷりと脂がのっているとか?」
「それはあるかもしれないな」
「アザラシの皮下脂肪はすごいって聞くものね」
体脂肪率が50%以上だと聞いた覚えがある。まぁ、あれは海獣だが。
どちらにせよ、食材ダンジョンの五十六階層でドロップするサーモンは絶品だと理解する。イクラも文句なしに美味しい。
腹に卵を抱えた魚の味は落ちるのだとばかり思い込んでいたのだが──
「寒いのはすごーく嫌なんだけど……」
「ああ、分かっている。帰る前にもう一度、五十六階層に挑もう。狩れるだけシロクマを狩ろう」
「うん! きっと猫ちゃんたちも気に入ると思うし、サーモンをたくさん獲って帰ろう」
お留守番をしてくれている猫の妖精のコテツと二匹の子猫の姿を思い浮かべれば、寒さなんて我慢できる。
五十七階層でゲットしたチーズを使った料理も絶品だった。ジャガイモとチーズの相性は素晴らしいと再認識。
本物の水牛の乳で作られたモッツァレラチーズを使ったカプレーゼも官能的な美味しさで、ナギは「ワインが飲みたい」と瞳を潤ませてエドを困らせてしまった。
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