異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

文字の大きさ
196 / 289
〈冒険者編〉

302. 六十一階層 2


 六十一階層のフロアボス、アイアンゴーレムを無事に倒すことができた。
 フロアボスだけあって、かなりの強敵だったが、ナギの火魔法で弱らせて、エドの戦鎚ウォーハンマーで破壊した。
 ドロップアイテムはゴーレム核と大量の鉱石だ。これはドワーフ工房のミヤにお土産として渡すことにする。

「鉄鉱石か半分、軽鉄鉱石が半分。どっちも調理器具や魔道具の材料になるから、きっと喜んでくれるわね!」

 どちらも良質なことは鑑定スキルで確認してある。
 
「今度は何を頼むつもりなんだ?」

 面白そうな顔をしたエドに問われて、ナギは胸を張った。

「まずは、ピザカッターね。開拓地食堂であれだけピザが人気になったんだもの。きっと、エイダン商会は商機を逃さないはず」
「つまり、ピザカッターが売れる、と」
「あったら便利でしょう?」

 ピザカッターだけでなく、ピザピールにピザサーバーも売り出してみるのもいいかもしれない。
 あると便利なパイブレンダーもついでに売れそうな気がする。パイ生地はもちろん、ピザやパン生地を捏ねるのにも使えるのだ。

 開拓地食堂では、ピザ窯で焼くピザを食堂の客が目を輝かせながら眺めていた。
 ピザを作る様子も興味深そうに観察する客が多かった。

(なら、ピザを作る過程をエンタメ化すればウケるのでは?)

 前世、サービス精神に優れたピザ職人が客の前でピザ回しを披露したように、パフォーマンス化すれば、話題になりそうだと思う。
 
「うん、お上品なレストランでは無理でも、大衆食堂や屋台だとウケそうだと思わない? リリアーヌさんにプレゼンしたら、まとめてピザセットをたくさん買い取ってくれそうな気がする」
「やけに乗り気だな」
「だって、ピザは美味しいけど、自分で作るのはちょっと面倒じゃない?」
「…………」

 いちばん、それが骨身にしみているのは自分かもしれない。
 エドは遠い目になりながら、こくりと頷いた。
 どんな具材にしようかと楽しく考えて、トッピングを散りばめる作業は楽しい。
 が、焼くのは暑い。窯の前で焼き具合を確認する必要があるのだ。
 熟練のピザ職人なら感覚で理解するのかもしれないが、本業が冒険者なエドにはそこまで極めるつもりもない。

「そうだな。ここはぜひ、リリアーヌ嬢の胃袋をピザでつかんで、チェーン店展開してもらおう」
「ね! いつでも美味しいピザが食べられるようになるなんて幸せよねー」

 ナギにとって、専門店でピザを購入するのはちょっと特別な日の贅沢という気持ちが大きい。
 前世の彼女にとって、ピザはご褒美的なファーストフードだったのだ。
 大きな契約を取れた日や誕生日や記念日、女子会でも宅配ピザは大活躍だった。
 仕事が立て込んで疲れ切った時にもお世話になったことがある。てっとりばやくカロリーを摂りたい。でも、何も作りたくない。できれば美味しい特別なご馳走を。
 そんな時にも宅配ピザは重宝したものだった。

(スーパーで売っている冷凍ピザも悪くはないけど、やっぱり専門店で焼いてもらったピザが美味しかったのよね)

 ピザだけでなく、サイドメニューも美味しく感じたものだ。ついつい頼んでしまう。
 
「ダンジョン都市でも宅配ピザのお店をやってくれないかなぁ……?」
「それは難しいだろう。まず、注文方法がない」
「だよね……ファンタジーな異世界だもんね、ここ」
「テイクアウトは人気が出るんじゃないか」

 持ち帰りにくそうな形をしているが、カットしてピースで売ればいけるだろうか。
 ダンジョン帰りの冒険者が夕食として買ってくれそうではある。

「まぁ、まずはリリアーヌ嬢を口説き落としてからだな」
「そうね。頑張って、ピザ沼に堕としてみる」

 物騒な発言を、賢明なエドは聞かなかったことにしたようだ。

「それはそうと、俺はてっきり、いちごを調理する道具を作るのだと思っていた」
「いちごを? んー……それねー。思い付くのは、いちごスプーンくらいだったのよ」
「いちごスプーン?」
「アキラも知らないかー。かなり昔の調理器具だものね」

 いちごスプーンは日本生まれの発明品だ。昔のいちごは酸味が強かったので、潰して砂糖とミルクで食べていたらしい。
 いちごの形をしたスプーンは、品種改良されて甘いいちごが増えると、需要が無くなったとかで、めっきり見かけなくなった。
 ナギが知っていたのは、たまたま実家にあったからだ。
 祖父母の時代のカトラリーで、いちごミルクにはしなかったが、いちごのジャム作りやニンニクをすり潰す際に使っていたように思う。
 ミヤに依頼して作ってみてもいいが、ダンジョン産のいちごはかなり甘いので必要なさそうだった。

「でも、いちごミルクは美味しいから、今度作ってみようね」
「それは、コテツたちが好きそうだ」
「きっと大好きになると思う」

 エドの頑張りのおかげで、ナギの【無限収納EX】には生クリームの在庫がたっぷり収納されている。
 生クリームがあれば練乳が作れるので、今夜のデザートにしよう。

「さて、ちょうど良い時間だし、セーフティエリアでお昼休憩にしよう」
「そうだな。これだけ広ければコテージも出せる」

 フロアボスがいた空間が一時的なセーフティエリアになるので、コテージを出そうとして──二人はそれに気付いた。
 ちょうど岩の陰になっている奥まった小部屋がある。
 もしや、何らかの隠し部屋?
 期待に胸をときめかせながら、奥を覗いてみる。

「これは……水場?」
「湧き水のようだな」

 手洗い場のような、こぢんまりとした泉が湧き出ていた。

「なーんだ。お宝部屋かと期待しちゃった」
「よく考えたら、【自動地図化オートマッピング】スキルで宝箱の場所は分かるから、普通の小部屋だな」

 ガッカリしつつも、ナギはいつものくせで、なんとなく【鑑定】スキルを発動させて泉を覗き込んでみた。
 そして──ひゅっ、と息を飲んだ。

「……ナギ? どうした」
「これ、かん水だ」
「……かんすい?」

 聞き慣れない言葉に首を捻るエド。
 だが、ナギは説明するのももどかしいようで、顔色を変えて泉に手を突っ込んだ。

「樽に汲み出すのもまどろっこしいわ! このまま、あるだけ【無限収納EX】で持ち帰るわよ!」

 そんなことができるのか、と訊ねる前に、ナギは岩場に溜まった『かん水』をごっそりと収納してしまった。
 小さな泉とはいえ、大樽三杯分はあっただろう。
 すべてを収納してしまったが、幸いこれは湧き水。泉は枯れることなく、少しずつ水が湧いてきた。

「ん、良かった。湧き水だから、いつでも取りにこれるわね」
「……この水は、そんなに特別なものなのか? あまり良い匂いはしないが」

 澄んだ綺麗な水に見えたが、エドの鼻はそれを飲み水だとは認識しなかった。
 おそらくは、塩が混じった水。しかも、苦みやエグみのある味がする匂いだ。

「これは飲み水じゃないのよ。ただし、とっても美味しいものを作れる、すごい水なの」

 空色の瞳を輝かせながら、ナギは嬉しそうに笑った。
 そう、これがあれば念願のを作ることができる。

「ラーメンが食べられるわよ、エド!」

 
◆◇◆


 この世界に転生してから、ナギも何度かラーメン作りに挑戦したことがある。
 豚骨ならぬオーク骨で出汁をとったスープの味はかなりのレベルのものを作ることができたが、肝心の麺作りに難航した。
 あの独特の食感を出すことは難しく、仕方なくパスタ麺で代用することにしたのだが。

「ラーメンじゃなくて、スープパスタになっちゃうのよね。どうしても……」
「そうだったな。あれはあれで美味かったが」
「でも、ラーメンじゃないの!」

 スープが完璧なだけに、とても悔しかったことを覚えている。
 うどんで代用してみたが、やはり違った。
 ラーメンスープ風味の、何か違う別の麺料理になってしまう。

「あれから、すっかり諦めていたけれど……」
「これがあれば、ナギがずっと探し求めていたラーメンになるのか」
「そうなの。でも、作るのは初めてだから、しばらく研究は必要かも」

 前世の知識は継承しているが、あいにく中華麺を手作りしたことはない。
 パスタやうどんを打ったことはあるけれど、中華麺は安く買えることもあり、手を出さなかったのだ。
 かろうじて、うっすらと「かん水」があれば、中華麺が作れるという記憶が残っていただけで。

「だから、エド。製麺作業、手伝ってくれる?」
「もちろんだ」

 力強く頷くエド。涼しい顔をしているが、脳内でアキラが「ラーメン! ラーメン!」と騒いでおり、とてもうるさい。
 これを黙らせるためにも、ナギの手伝いを頑張るつもりだった。

あなたにおすすめの小説

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。  異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。  そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。 「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」  そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。 「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」  飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。  これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。

【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜

白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。 舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。 王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。 「ヒナコのノートを汚したな!」 「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」 小説家になろう様でも投稿しています。

私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです

天宮有
恋愛
 子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。  数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。  そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。  どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。  家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。