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〈冒険者編〉
308. 七十階層 3
しおりを挟む大海原で立ち往生する大型帆船。
周囲には小島ひとつ見当たらない。巨大な海の魔物に襲われたら、ひとたまりもないだろう。
だけど、そんなこともあろうかと、ナギは船内を探索している最中に見つけたボートを何艘か【無限収納EX】に確保していた。
船が壊されてしまったり、もしも海に落ちてしまったとしても、このボートでどうにか乗り切ることができるはず。
おそらくは、この海域が七十階層のフロアボスが棲息するフィールド。
転移扉が何処にあるのかは謎だが、出没するフロアボスを倒せば、クリアできる。
「来たぞ……!」
エドが叫ぶと同時に、海面に顔を出したのは巨大な海獣。全長5メートルサイズのセイウチに似た魔物だった。
巨大な牙が狙うのは、おそらくは船底。大穴を開けられたらたまらない。
「ナギ!」
「任せて!」
海中に潜ってしまう前に、練り上げていた魔力を解放する。
狙いはセイウチもどきの太い頸。風魔法の刃で勢いよく頭部を刈り取った。
沈む巨体を目にして、ナギは悲鳴を上げそうになる。
そういえば、ここは海の上。せっかく魔物を倒しても、ドロップアイテムは海中に沈んでしまうと意味がない。
「あああ……っ…」
「落ち着け、ナギ。ちゃんと浮いてきたから」
「ん……ほんとだ…良かったぁ……」
膝をつくナギの背をエドが優しく撫でてくれた。紳士だ。
なんとなく手負いの獣を宥めているような空気を感じたが、気のせいに違いない。
ドロップアイテムは水魔法で引き寄せて、しっかりと確保した。
「毛皮と牙、魔石に──これは、獣脂……?」
肉はドロップしなかったが、たっぷりの獣脂の塊をゲットした。
食用かどうかなどは後から鑑定することにして、次から次へと現れる海獣系の魔獣を二人で倒していく。
セイウチもどきだけでなく、アザラシやオットセイにそっくりの魔獣も襲いかかってくる。
海中に潜まれると厄介なので、二人とも【自動地図化】スキルを使い、容赦なく倒していった。
エドは久しぶりに弓を使い、ナギは魔法で殲滅する。
アイテムがぷかぷか海に浮かんで漂っているが、回収はまとめてすることにした。
それなりに良さそうな素材ではあるが、ナギ的にはハズレだ。
だって、せっかくの大海原。
海ダンジョンで獲れるのは浅瀬に近い魚ばかりで、大物が欲しければサハギンを狩るしかない。
そのサハギンの宝箱にも当たり外れがあって、欲しい魚介類が手に入るとも限らないのだ。
二人が欲する魔獣化した大型魚──マグロにサーモン、カツオが手に入る、またとない機会なのである。
底が見えないほどに深い海域なのだ。
(サーモンは他の階層でも手に入ったけど、海に潜む大物が獲りたい……! 新鮮なマグロの刺身も食べたいし、カツオのタタキもいいなぁ……)
期待して挑んだのに、今のところお魚さんは狩れていない。
「どうして、美味しい魚介類が出ないの……? 普通、ここはクラーケンがドーン! な場面じゃない?」
【自動地図化】スキルでもようやく反応を微かに捉えたくらいの深海に潜む、何かはいるが、未だ動く気配はない。
「落ち着け、ナギ。まだチャンスはある。何なら、ボスを倒した後でしばらく周辺で魚を捕まえて帰ればいい。この船も貰っていくか?」
肩を落として嘆くナギを、エドが宥めてくれる。嬉しく思ったけれども、それ以上にその発言が気になった。
「……船? これ、貰ってもいいの?」
「貰えるものは貰って帰ればいい。これがあれば、海ダンジョンでも漁ができそうじゃないか?」
「エド、天才? うん、ボスを倒した後でもらっちゃおう!」
ざっと中を探索してみて気付いたが、この大型帆船の動力源は魔石だったのだ。
魔力を補充してやれば動くようなので、これがあればいつでもお魚を獲りに行ける。
と、そんな悪巧みをしていたことを聞き咎めたのか。
ずっと深海で潜んでいた巨大な気配が蠢きだした。
ひときわ大きな何かと、その周辺を囲うようにしてぐんぐんと近付いてくる気配。
「っ、来るぞ……!」
「きゃっ」
「掴まれ、ナギ!」
大きな波が船体を上下に揺らす。
吹き飛ばされそうになったナギをエドが抱え込むようにして捕まえてくれた。
二人で太い帆柱にしがみつくようにして、大波に耐える。頭上から、スコールのように海水が降ってきた。
どうにか船の揺れが落ち着いてきたところで、海に視線をやると、ラスボスらしき影がある。
「あれは──……」
眉を顰めるエドの腕の中で、ナギはぱあっと顔を輝かせた。
「出たわ! サーモンにマグロにカツオ! それに、あれはもしかしてクジラの魔獣っ⁉︎」
どれもダンジョン内で魔素に当てられて巨大化したモンスターサイズ。
これは食べ応えがありそう!
普通の冒険者なら、まずはその異様なほどの大きさと迫力に怖気付きそうなものだが、前世日本人の魂の持ち主である二人はごくりと喉を鳴らした。
「しかも、ナギ。ラスボスはデカいタコだ。その左右に控えている、あれはイカとカニだな」
「待って、エド。私たちの背後にはロブスターのモンスターもこちらを狙ってきているわよ。ふふ。エビフライ祭りができそうね!」
途端にやる気に満ちた二人。
大海原にぽつりと浮かぶ帆船と、その四方を囲む巨大な海の魔獣たち。
傍から見たら、絶望的な光景だが、その実、囲まれた少年少女は正しく狩人だった。
「獲るわよ、エド!」
「おう!」
ドン! と激しい水柱がその場にいくつも上がった。
◆◇◆
「うふふふ。大漁大漁~!」
スキップしながら、ナギは大型の魚介類モンスターを【無限収納EX】に収納していく。
それを呆れた様子で観察するのは、漆黒の艶やかな毛皮の持ち主である黒狼だ。
今日はポメラニアンサイズではなく、元の大きな姿でいる。
『ご機嫌ですね、センパイ』
「当然よ! だって、こんなにも新鮮で美味しい食材がたくさん手に入ったんだもの」
ウキウキと返事をかえす少女は振り向くことなく、海の上を駆け回る。
『あんまりはしゃぐと、転んじゃいますよー』
「はぁーい! 気を付けるねっ」
笑顔で手を振る少女はもう片方の手を凍りついたクラーケンに当てて、収納していく。
そう、大型帆船の周辺は海ごと凍りついていた。
真っ先に襲いかかってきたロブスターもどきの魔獣をあっさり迎え撃ったナギだったが、ドロップアイテムに変化した瞬間、悲痛な声を上げたのだ。
すっかり忘れていたが、このダンジョンではドロップアイテムに変化する前に目視収納する、という裏技が使えなかった。
残念ながら、素材全部獲りはできずに、1メートルサイズのエビの塊肉が海に浮かんでいた。
これじゃあ、食べられる箇所が少なすぎる! と嘆いたナギのために、エドは【獣化】スキルを使い、黒狼へと変化した。
そうして、巨大な海の魔獣たちを全て、海ごと氷像に変えて倒したのだった。
「息の根を止めるとすぐにドロップアイテムに変化するから、仮死状態にしたアキラも天才!」
『それをさくさくトドメを刺しつつ、すかさず収納していくセンパイも天才だと思います……』
「うふふ。それはどうも。でも、おかげで海の幸がたっぷり味わえるわ!」
ちなみにフロアボスは中央にいたタコのモンスターだった。
ナギが急所に向けて「えいっ」と魔法剣を突き刺して、すかさず収納。
すると、ドロップアイテムがぽろりとこぼれ落ちてきた。
「これはフロアボスの討伐特典ね」
円筒形の革袋だ。またアイテムバッグなのだろうか、と何の気なしに鑑定をしてみて驚いた。
「これ、海の生き物を生きたまま収納ができるアイテムバッグだ……」
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