異世界転生令嬢、出奔する

猫野美羽

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〈成人編〉

8. 〈幕間〉船旅

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 グランド王国を出発してから、約一ヶ月半。
 王弟グレンは右腕であるオスカーと共にダリア共和国行きの船旅を満喫していた。
 
 魔石を動力源とした巨大帆船は安全性を第一としているため、のんびりとした航行となる。
 陸から遠く離れた沖には、クラーケンなどの巨大な海の魔獣が出現するため、棲息地帯を迂回しながらの船旅だ。

「暇だ」
「船旅ですから、仕方ないですよ」

 一級客船はメインの主寝室と付き人用の続きの間、小さいながらもソファセット付きのリビングがある。
 魔道トイレとバスタブも備え付けられているため、野営と比べても快適に過ごすことができた。

 だが、快適とはいえ、そこは海の上。
 船の揺れは独特で、馬車や騎馬に慣れていたはずのグレンは船酔いに悩まされた。
 十日ほど苦しんだ後には体も慣れたようで、波が大きい日の航海でも酔わなくなったのは嬉しい。
 だが──

「せっかく船酔いから解放されたのに、することが無さすぎる……!」
「分かりきっていたことでしょうに」

 ぼやく元上司を、呆れたように一瞥するオスカー。
 漆黒の髪と瞳を持つ美貌の騎士は、ラフな旅装姿で寛いでいる。
 船員から譲り受けたハンモックを部屋に吊るして横たわり、読書を楽しんでいた。

「そんなに暇なら、貴方も読みますか、これ」
「……何を読んでいるんだ?」
「ベルガー伯の冒険記です」
「冒険者伯爵の手記か」

 百年ほど前のとある伯爵が冒険者として活躍した話をまとめた本。
 多少、冒険譚を盛ってはいるだろうが、読みものとしても面白く、王国では大抵の少年が幼少期にハマる物語だ。
 かくいうグレンも幼い頃、夢中で読み耽った記憶がある。

「そういえば、オスカーとは『冒険者ごっこ』をして遊んでいたな」
「おや、覚えていましたか。まさか、大人になって自分たちがまた『冒険者ごっこ』をすることになるとは思いもしませんでしたよ」
「ごっこではないぞ。僕は本気で冒険者活動をするつもりだからな」

 ダリア共和国では身分を隠して過ごす予定だ。
 国王である兄に「せめてギルド本部には身分を明かしてくれ」と頼まれたので、ダンジョン都市のギルドマスターには正体を告げるつもりだが、基本的には一般人として国を見て回るつもりでいる。

「港からダンジョン都市までは陸路だったか」
「ええ。このベルガー伯の手記によると、馬車で三日かかるそうです」
「そうか。冒険者登録をするなら、やはりダンジョン都市のギルドの方がいいのだろうな」
「こちらの事情を伝える必要があるので、その方がいいでしょう」

 ダリア共和国の首都はダンジョン都市だ。四つのダンジョンを管轄する冒険者ギルド本部が中央区にあるらしい。
 
国王あにからの書状を渡して、ギルドに加入すれば、僕たちもはれて冒険者だな!」

 能天気な元上司を、オスカーは呆れた風に見やる。
 高位貴族の令息と継承権は放棄したとはいえ、れっきとした王族の二人。
 護衛や付き人なしで隣国へ出向くなど、酔狂にもほどがある。

「本来は、私が止めるべきなのでしょうが……」

 船室の窓を開け、上機嫌で海風を浴びる幼馴染みを見ていると、それ以上の小言を口にしづらくなってしまう。
 
(ようやく王族の重責から逃れることができたのだ。たった一年。だが、どんな宝玉にも代え難い、貴重な一年をこの人には満喫してもらいたい)

 なればこそ、お目付け役は自分ひとりで充分だと判断した。

 誰かの息のかかった付き人は不要。
 大仰な護衛がつく方が、身分を怪しまれる確率が高い。
 二人きりなら、落ちぶれた貴族の子息が食い詰めて冒険者を希望したのだと見なされる──と、いいのだが……

 オスカーはため息まじりに自分たちの姿をかえりみる。
 金髪碧眼の、いかにも王子さまといった容貌の貴公子(実際に本物の王子さまなわけだが)。

 王国では黒髪黒目は珍しかったが、ダリア共和国ではありふれた色彩なため地元に溶け込めるのではと期待していた自身の姿も、どうやら人目をかなり惹くようだ。

 船旅の間も、女性客から秋波を何度も送られて、あからさまなお誘いを掛けられた。
 
 前職の仕事柄、女性たちには遠巻きにされたし、見合い相手には「お顔が怖いです」と遠回しに断れたオスカーだが、容姿自体は秀でているのだ。

 グレンが育ちの良さがうかがえる端正な顔立ちなら、オスカーは隙のない硬質な美貌の持ち主だった。
 騎士として鍛え上げられ、若くして王家直属の調査部隊の隊長に任じられたほどに有能な男は、まとう空気がすでに只者ではない。 
 はれて激務から解放されたことで、ようやく表情も穏やかになったのだが、その分、女性が寄ってくるようになってしまった。

(想定外だったな)

 頭を抱えていると、グレンに笑われた。

「いいんじゃないか。この国では誰もお前を『悪魔の使い』と恐れることはないと分かって、僕は嬉しい」

 にやりと笑うグレンに、オスカーは肩を竦めてみせた。

「まぁ、素性がバレないなら、それでいいです。とりあえずは、冒険者のふりをしてダンジョン都市を目指しましょう」
「ああ。良さそうな宿を見つけないとな」
「おや? てっきり一軒家を購入するのかと」
「冒険者は宿暮らしをするものなのだろう?」

 心底不思議そうに首を傾げられたが、一応は王族であることを忘れないでいてほしい。

「旅の最中はともかく、住むとなったら、使用人は必要でしょう」
「いらないぞ? 自分の面倒は自分でみるのが冒険者だからな!」
「……自己申告しておきますが、私は家事全般が得意ではありません」
「奇遇だな。僕もしたことがない」
「…………」
「…………」

 無言で顔を見合わせた。
 横たわっていたハンモックから起き上がり、オスカーは深くシワを刻む眉間のあたりを指先で揉んだ。
 グレンがおずおずと申し出る。

「えーと、その……。とりあえず、食事は外食にするのがいいと思うぞ」
「英断ですね」
「宿だったら、掃除は定期的にしてくれる……はずだよな?」
「宿泊した宿にもよるとは思いますが、おそらくは」
「洗濯は……どうしよう?」

 王宮でかしづかれて暮らしていた王弟殿下は毎日シーツや着替えが綺麗になっているのを誰がしてくれていたか、知らなかったようだ。

「……洗濯サービスのある宿に泊まることにしましょうか」

 かく言う、オスカーとて高位貴族の子息。屋敷には洗濯係がいたが、市井では誰に頼むかを知らない。

「うむ、そうだな。……一軒家に住むにしろ、しばらくは宿暮らしで情報を得ることにしよう」
「同意します」

 護衛も従者も荷物持ちもいない、気楽な二人旅。
 ちなみに荷物は王家所有のストレージバングルとマジックバッグに入れてある。
 国王からは一年間の遊学費用だと、金貨五百枚を預かっている。
 自分たちの財産も持ち込んであるので、金銭に困ることはないだろう。
 冒険者として活動する予定でいるので、普通に生活するには充分なはず。

「僕もハンモックを借りてこようかな……」
「揺れますよ?」
「っ、もう平気だよ。船酔いは克服した」

 軽口を叩いていると、緊急用の鐘が鳴らされた。

「っ! 襲撃か⁉︎」
「やれやれ、せっかくのんびりできると思ったのですが」

 止める暇もなく、真っ先に駆け出したグレンをオスカーはため息まじりに追い掛けた。
 
「海の魔物か、あるいは海賊か」

 甲板では船員や、護衛の冒険者たちが武器を手に緊張した面持ちだ。

「どうした? 何があった!」
「サハギンの襲撃だ! 戦える連中は頼む!」
「微力ながら手伝いましょう」
「僕も助太刀するよ」
「助かるよ、兄ちゃんたち!」

 手すりを乗り越えてくるのはサハギンだ。別名、海のゴブリン。
 青い肌をした半魚人の魔物は集団で船を襲うのだ。

「運動不足解消にはちょうどいいな」
「暇つぶしにも、もってこいです」

 王国最強の騎士団長に幼少時より鍛え上げられた二人は、危なげなくサハギンたちを殲滅した。

「おっ! 宝箱を落としたぞ、オスカー!」
「こういう場合は誰に権利があるのでしょうか」
「倒したモンの特典だ!」
「おお、そうか! 何が入っているのだろうな、オスカー」

 子供のように顔を輝かせて宝箱を覗き込むグレン。もうすぐ三十の手前だというのに、落ち着きがない。
 だが、ドロップした宝箱の中身は気になる。

「山分けですよ」
「もちろんだとも!」


 のんびりハンモックに揺られながら、時には海の魔物や海賊を狩る船旅も、もうすぐ終わる。

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