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10. 記憶のかけら
この世界を救ってほしい、と弟と一緒に異世界へと召喚された時、サラは怒りも悲しみもなかった。
むしろ、あの家族から離れることができて喜んだくらいだ。
子供にとって毒でしかない両親のもとで育った彼女にとって、大切なものは弟だけだった。
あのまま日本で暮らしていても、搾取されるだけの人生になることは容易に想像できた。
「だから、私たちをアイツらから離してくれて感謝しているわ」
救済を強く願ったのは、この世界の人々。
それに応えたのが、彼らが信じる一柱の女神だ。
世界を越えて招かれた者は、特別な異能を神から与えられる。
『その能力を使って、この世界を、彼らを助けてください』
女神から頼まれて、サラは快諾した。
望む能力をくれると言うので、遠慮なく「大魔法使いになりたい!」と願った。
全属性の魔法の才能、そしてずば抜けた魔力量を与えられて、サラは喜んだ。
「子供の頃からの夢が叶ったわ! 魔法使いになれるなんて、最高じゃない⁉︎」
「姉さんは考えなしなんだから……」
はぁ、とこめかみの辺りを揉みながら弟の悠馬がため息をつく。
「なによぅ。ユウマだってなりたいでしょう、魔法使い!」
「世界を救うために呼び出されたのなら、能力はかぶらない方がいいんじゃない? 姉さんが大魔法使いなら、僕は賢者になるよ」
「そこは勇者とかじゃないの、普通は」
「柄じゃない」
淡々と言う弟の顔を見て、それはそうかもと納得した。
線が細く、インドア派でメガネ男子な弟は勇者のイメージとは程遠い。
「あと、他にもスキルをください。もう元の世界へは帰れないんですよね? 無理やり連れてこられた慰謝料代わりに、サービスしてくださいね、女神さま」
「わぁ……」
我が弟ながら、しっかりしている。
感心するサラをよそに、堅実な弟は欲しいスキルを貪欲にリクエストしていた。
「まず、言葉が通じないと不便なので、言語系のスキルをください。話すのはもちろん、読み書きもできるように」
それはたしかに重要なスキルだ。
【自動翻訳スキル】を入手。
「僕たちはこの世界のことを何も知りません。いちいち細かいことを他人に確認するのも面倒なので、物を調べることができる能力も欲しいです」
もっともだと女神さまも納得したようで、無事に【鑑定】スキルもゲット。
「文化レベルはどのくらいでしょうか? ……地球の中世から近世の間くらいか。微妙ですね。僕たちは向こうの世界でもインフラが整い、衣食住に困らない生活をしていました。同レベルまでは無理だと思うので、清潔で快適に暮らせるサポート系のスキルもあると助かります」
わりと無茶振りだったと思うが、【生活魔法】という便利な魔法を貰えた。
これがあれば、身体を清潔に保てるし、飲み水や火種にも困らないらしい。
サラは喜んだが、弟は少しばかり不満だったようだ。
「……これだけですか? ぶっちゃけ、姉の全属性魔法で事足りる内容じゃないです? もっと快適な生活に役立つものが欲しいです。たとえば日本の物品を購入できるスキルとか」
「えー? 【生活魔法】、便利だと思うけどな」
「便利ではあるけど、姉さんは食べ物がクソ不味くても我慢できるの?」
「えっ……」
「釘が打てそうな硬いパンとか、カピカピの干し肉が主食で、満足できるわけ?」
想像してみて、すぐに白旗を掲げた。
無理。ふかふかのパンやジューシーなお肉が食べたいです。
さすがにお買い物系のスキルはくれなかったが、【詳細鑑定】で欲しいもののレシピや材料やその作り方を調べることができるようにしてくれた。
「おお、【魔道具製作】や【錬金】のスキルが生えた。これで自作しろってことか」
賢者としての能力を授けられた弟ユウマと大魔法使いのサラは、この世界を救うために勇者と聖女を加えた討伐隊で魔族の王──魔王と対峙した。
◆◆◆
目が覚めた際、一瞬だけ、ここが何処で自分が誰なのかと混乱した。
小鳥の囀りを耳にして、ようやく北の塔で眠りについたことを思い出す。
「今のは、前世の……サラの記憶?」
毒親に悩まされていた高校生の姉弟がこの世界に召喚された時の記憶なのだろう。
空間を繋ぐ不思議な場所で、彼らは女神と交渉していた。
「賢者も魔法使いも想像と違ったけれど、チートな魔法やスキルを貰っていたのね」
なぜ、自分にそれらの能力が引き継がれているのかは謎だが、ありがたく使わせてもらおう。
「収納系のスキルは魂に紐付けされている可能性を指摘されていたから、それが正しかったってことかしら」
おかげで前世の持ち物をそのまま引き継げたのはラッキーだった。
「着替えて、朝食……時間的にもうブランチね。美味しい食事を楽しみましょう」
シルクのパジャマを脱ぎ捨てて、濃紺色のワンピースに袖を通した。
前世の記憶によると、クラシカルロリータスタイルのお洋服である。
レースの付け襟とリボンタイが可愛くて、すっかりお気に入りになってしまった。
腰まである長髪はハーフアップにしてリボンで飾ってある。
全身鏡の前で、くるりと回転してみた。ふわりと揺れるスカートの裾から、パニエが覗く。うん、今日も可愛い。
あらためて鏡の中の自分の顔を眺めて、シェリーはほうっと息をついた。
王宮と学園を往復するだけの日々を五年過ごしたためか、肌が透けるように白い。
青みを帯びた銀髪と瑠璃石に喩えられる蒼い瞳をした少女は、まるで妖精のように儚げな容姿をしていた。
繊細に整った容貌は、白薔薇の君と呼ばれていた亡き母とよく似ている。
色彩はクリステン辺境伯である父と同じで、兄とは瞳の色だけが違う。
家族のことを思い出すと、胸が痛んだ。
「でも、私が落ち込んでいたら、きっとお父さまやお兄さまも悲しくなるわね。心配しなくても元気だと手紙を書こうかしら」
何となくの思い付きだが、良い考えに思えた。
「まずは美味しいご飯を食べましょう」
寝室を後にすると、一階へ向かう。
ドアを取り去って綺麗に掃除した牢屋はリフォーム済みだ。
ここはキッチンとして使っている。
壁際に設置した作業台で魔道コンロを使って調理するのが、最近の楽しみだった。
「前世の記憶のおかげで、簡単な料理ができるのはありがたいわね」
とはいえ、本当に簡単なものだけだ。
油を引いたフライパンでオーク肉ベーコンを焼き、スクランブルエッグを作る。
スープとパンはアイテムボックスに収納しておいたものを食べることにした。
トレイごと料理は収納しておき、二階に向かう。
二階の牢屋はダイニングルームにリフォームしてある。
床には絨毯を敷き、ダイニング用のテーブルで食事を楽しむのだ。
「糧に感謝を。……いただきます」
両方の世界の食前の祈りの言葉を囁くと、ブランチを楽しむ。
「魔獣肉はやはり美味しいわ。王都では家畜の肉しか食べられないから物足りなかったのよね」
辺境の地では、駆除した魔獣肉は大切な食料だ。
汚らわしいと王都住まいの高位貴族は嫌っていたが、むしろ肉質は家畜よりも上なのだ。
やわらかなパンにはこけもものジャムをつけて食べる。
甘酸っぱくて、とても美味しい。
毎日八時間は睡眠を取り、温かな食事をたっぷり摂ったおかげでシェリーの体調はすこぶる良い。
魔力も完全に復活した。
常時発動している結界魔法も苦にはならないほど、彼女の魔力量は膨大なのだ。
後片付けを終えると、さっそく父宛てに手紙を送ることにした。
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