ヒロインはヒーローに憧れる~五分間だけ英雄になれる能力をいただきました~

如月美樹

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 何でも入っている便利鞄を斜めにかけて背中に回すと、いざ外へと意気込みテントの布をめくると生温かい突風が吹いた。
 多美江は咄嗟に瞳を閉じて風が吹き去るのを待つ。
 そのわずかな間に「ハッ、ハッ」と犬の吐息のような息遣いを感じた。
 そっと瞳を開けると、目の前は大きな犬が・・・。
 いや犬じゃない。いやいや犬だけど、普通の犬じゃない。
 一つの身体に三つの首。
 その生き物が、獲物を狙う目で自分を見ている。
 真ん中の一頭がダラ~と涎を垂らした。
「・・・・・・・・・」
 思わず多美江はテントの布をそっと降ろす。
「・・・ケルベロス? いや、ケロベロスだったっけ?」
 確かどこかの国の神話に出てくる想像上の生き物。それが、本当にいたことに驚く。
「あれって・・・絶対私を狙ってるよね?」
 もしかして一晩中待ち構えていたとかいう?
 対魔獣用テントの中だと、外の音も聞こえないのか。あんなに大きな生き物っていうか魔獣が、こんなに近くにきても気配さえわからなかったって・・・ありえるのか?
「確か冥界の王の下僕? だったような・・・」
 自分は冥界の長の計らいで、この世界に転生できた。しかも男性になれる能力も、その長のおかげで貰えたようなものだ。その下僕をやっつけちゃってもいいものなのだろうか?
「し、死神長官ボーガンさまああああああっ!!!!」

 ど、どうしましたっ!?

 多美江の絶叫にすぐにきてくれた。説明書が・・・。
 凄く頼りなく見える説明書にさえも縋りつきたい。
「ケロベロスだっけ? ケロベルスだっけ? 犬の魔獣で首が三つのっ!」

 ケルベルス・・・ですね。

 ボーガンの言葉に、多美江はうんうんと頷く。
「それが外にいるの・・・。あれって・・・冥界の長のお犬だよね?」

 その世界にいるケルベルスは、私どもの冥界の長のケルベルスとは別物です。何なら長の元を勝手に離れたはぐれ犬ですので、倒しても構いませんよ。ぎゃふんっ! って言わせて下さい。

 まだ倒す勇気はない。血とかドバッ! とか見る覚悟は、もう少し先に伸ばしたい。
「倒すのは・・・今はまだ嫌」
 縋るように説明書を握る。

 ならば、魔法を使い回避すればいいです。

「魔法・・・・・・」
 そうだ、その手があった。
「想像力・・・だね」

 はい。落ち着きましたか?

「うん、ありがとうございます」

 では、また。

 ぼわんと煙と共に消えた説明書に、少しばかり薄情だと思ってしまうのは仕方がない。何しろ初めての魔獣だ。その初めてが、こんなに大物だとは思わなかった。
「大物・・・だよね?」
 まさかこれくらいのものはざらにいるよ・・・とか言わないよね?
 と仕方なく、もう一度入口の布をめくると・・・。
 いたよ。何ならお行儀よくお座りしている。
「ハッ、ハッ」
 多美江を見て、ケルベルスはまたも涎を垂らす。今度は三匹とも。大量の涎が多美江のすぐ側に落ちてくる。
 顔の大きさが、ちょうど多美江の背の高さと同じくらいだ。
 あまりの大きさに怯むが、でもここを出ない訳にはいかない。
「そ、想像力・・・・・・っ」
 まずは、重力で押さえつける。
 多美江は手を上げて押さえつける仕草をした。
「じゅ、重力っ!」
 恰好よく英語風に呪文を唱えたいところだけど、多美江の英語力はないにも等しい。
(英語は苦手だったんだよっ!)
 目の前のケルベルスは、ベシャッと音がするほどいきなり伏せた。
「「「きゃふんっ!」」」
 以外にも可愛らしい声が三匹の口から洩れる。
「おお~、ぎゃふんじゃなかったけどきゃふんって言った」
 多美江は動かないケルベルスを避けるように外に出た。
 ケルベルスの目が多美江を追うのがちょっと怖い。
「森を抜けるのに何日かかるとかもわからないし・・・、このまま三日拘束っ!」
 ケルベルスから逃げるように数歩駆けたところで、対魔獣用テントを回収していないことに気付いた。
「ああ~、貴重な私のお寛ぎセット~」
 背中の鞄を前に回し開けると。
「回収~」
 って言いながら戻ろうとすると、十メートルほど離れているにもかかわらず、しゅるると形を変えて鞄に吸い込まれていった。
「こんな距離でも大丈夫なのか・・・」
 これが多美江だからこそ成し得たことなのだが、本人は気付いていない。
「とりあえず、街まで道案内」
 そう声を発すると赤い矢印が足元に出た。
「さあ、行くぞっ!」
 多美江の冒険がようやく始まった。
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