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多美江が用意した薬を、時間はかかったがすべて飲み干した皇太子。
多美江は「頑張ったね」と言って、彼の頭を撫でた。
数分も経たない内に、皇太子の顔色が変化する。紅色を差し始めた頬に、王妃が口元を押さえて喜びの涙を流した。
乾いてひび割れていた唇も、潤いを取り戻す。
「もう・・・大丈夫みたいだね」
多美江が寝台の端に座ると、待ち構えていたようにギルラスが靴を履かせてくれる。
「治った・・・のか?」
「ずっと寝ていたのなら筋肉が衰えていると思うし、もう少し寝ていた方がいいと思います。徐々に起きる時間を長くしてから、立ち上がることをお勧めします」
靴を履いた多美江が立ち上がって、茫然と呟いた国王に告げた。
皇太子も自分の身体の変化に気付いたのだろう。腕を持ち上げて自分の手を見ている。
「痺れが・・・なくなっている?」
言葉も先程より、力がこもっているように思えた。
「ああ、ああ・・・何てこと。神様、感謝いたします」
王妃の言葉に、多美江は死神長官の顔がふっと浮かんだ。
(あの人も神様なのかな・・・?)
死神は神様じゃない? よくわからない。神族の一員とかの、カテゴリーに入るのだろうか?
多美江が違うことを考えて首を捻っていると、急に手を掴まれて驚いてしまった。
「ありがとうっ! 感謝するっ」
寝ている皇太子と、よく似た容姿の彼。きっと弟君だろう。
病弱だった皇太子とは違い、逞しい身体つきをしている。
「いえ・・・」
そう言いながらそっと手を離そうとするが、逆に腕を引っ張られてぎゅむぅ~と抱き締められた。
「ぐえっ」
筋肉馬鹿力には敵わない。
「本当に、ありがとうっ!」
熱烈な抱擁に、ギルラスに助けを求めるように震える手を伸ばす。
「ヴォクト様・・・、ターミャが潰れます」
「ああ、すまない・・・」
ようやく離されて、ターミャはギルラスの背後に回り腰にしがみついた。
何故だかヴォクトは、手をワキワキさせてこちらを見ている。
怖い。か弱き兎にでもなった気分だ。
「そ、そんな…信じられない」
煩かった魔術師は自尊心を傷つけられた気分なのか、その場に膝をついた。
そっとため息を吐き、呟かれた言葉に多美江の彼の印象がガラリと変わった。
「よかった。・・・本当によかった。皇太子が助かって・・・」
彼は彼なりに自分の持てる力をすべて使い、治療を施していたのだろう。だけど、どれも効果はない。そんな毎日に絶望を感じていたのかもしれない。
そんな時、見た目幼女の冒険者なりたてのターミャに、いつも簡単に治されてしまってさぞ自尊心も崩れただろうと思ったのだが・・・。どうやらそうではなかったようだ。
魔術師からも敬愛される皇太子だったのだと、改めて彼に視線を送った。
すると、彼が寝台の上で起き上がろうとしている。
侍医がそれを手助けするようだ。
でも本当に無理はしない方がいい。
「あ・・・、あんまり無理しない方がいいよ」
「いや、大丈夫だ。どこも痛くもないし、不調を捜す方が難儀なほどだ」
驚くべきことに、彼が寝台の外に出て立ち上がった。
「おお~・・・、何と嬉しいことだ」
国王も驚愕している。
そして多美江も驚愕している。
もしかして、あの薬って寝ていた分の筋肉の衰えまで治してしまったのか?
確かに多美江は心の中で「治れ~、治れ~」と呪詛のように執念深く願ってはいたが・・・。
「・・・・・・・・・」
ギルラスが腰に回していた多美江の腕に自分の手を添えて、小さくぼやいた。
「どこまで治したんだ?」
よくわかりません。多美江だって。
「ターミャちゃんだったかな? ちょっと、こちらにおいで」
寝台の端に座った皇太子の笑顔が怖く見えるのは、多美江の気のせいか?
思わず拒否するように、ギルラスの腰にさらにきつくしがみつき首を横に振った。
笑顔が怖いって、もしかしてこの皇太子・・・腹黒王子?
「少々・・・恥じらっているようです。皇太子、ご容赦を」
ギルラスの援護が、何故か痛々しく聞こえる。
多美江が恥じらう? さっき魔術師に向かって怒鳴った多美江が?
ちょっと無理がないか?
というように、多美江はギルラスを見上げた。
だけど皇太子も諦めなかった。立ち上がって、こちらに歩みを進める。その足取りは、何処にも不安定なところはなかった。
苦手認定した多美江だったので、目の前にきた皇太子から少しでも離れようとギルラス越しにくるりと回る。
「おや・・・、嫌われてしまったのかな?」
眉を悲しそうに歪めても無理です。だって貴方、絶対腹黒でしょうっ?
こんなにすぐに元気にならなくてもよかったのに、ちょっと張り切り過ぎた自分を恨む。せめて自分たちがシムスの街に帰るまでは、床についていて欲しかった。
「可愛いね」
多美江の背筋に、ゾゾゾと変なものが駆け巡る。
(こ、怖い・・・。怖いぃ~っ!)
「あら・・・、本当に可愛らしい」
王妃が皇太子の側にきてくれて、少しだけ緊張の糸が解けた。
たとえ皇太子が腹黒であったとしても、母親の前では牙をむかないだろう。
そう思えたから。
でもそう油断した自分を、馬鹿だと思う出来事に遭遇することになる。
多美江は「頑張ったね」と言って、彼の頭を撫でた。
数分も経たない内に、皇太子の顔色が変化する。紅色を差し始めた頬に、王妃が口元を押さえて喜びの涙を流した。
乾いてひび割れていた唇も、潤いを取り戻す。
「もう・・・大丈夫みたいだね」
多美江が寝台の端に座ると、待ち構えていたようにギルラスが靴を履かせてくれる。
「治った・・・のか?」
「ずっと寝ていたのなら筋肉が衰えていると思うし、もう少し寝ていた方がいいと思います。徐々に起きる時間を長くしてから、立ち上がることをお勧めします」
靴を履いた多美江が立ち上がって、茫然と呟いた国王に告げた。
皇太子も自分の身体の変化に気付いたのだろう。腕を持ち上げて自分の手を見ている。
「痺れが・・・なくなっている?」
言葉も先程より、力がこもっているように思えた。
「ああ、ああ・・・何てこと。神様、感謝いたします」
王妃の言葉に、多美江は死神長官の顔がふっと浮かんだ。
(あの人も神様なのかな・・・?)
死神は神様じゃない? よくわからない。神族の一員とかの、カテゴリーに入るのだろうか?
多美江が違うことを考えて首を捻っていると、急に手を掴まれて驚いてしまった。
「ありがとうっ! 感謝するっ」
寝ている皇太子と、よく似た容姿の彼。きっと弟君だろう。
病弱だった皇太子とは違い、逞しい身体つきをしている。
「いえ・・・」
そう言いながらそっと手を離そうとするが、逆に腕を引っ張られてぎゅむぅ~と抱き締められた。
「ぐえっ」
筋肉馬鹿力には敵わない。
「本当に、ありがとうっ!」
熱烈な抱擁に、ギルラスに助けを求めるように震える手を伸ばす。
「ヴォクト様・・・、ターミャが潰れます」
「ああ、すまない・・・」
ようやく離されて、ターミャはギルラスの背後に回り腰にしがみついた。
何故だかヴォクトは、手をワキワキさせてこちらを見ている。
怖い。か弱き兎にでもなった気分だ。
「そ、そんな…信じられない」
煩かった魔術師は自尊心を傷つけられた気分なのか、その場に膝をついた。
そっとため息を吐き、呟かれた言葉に多美江の彼の印象がガラリと変わった。
「よかった。・・・本当によかった。皇太子が助かって・・・」
彼は彼なりに自分の持てる力をすべて使い、治療を施していたのだろう。だけど、どれも効果はない。そんな毎日に絶望を感じていたのかもしれない。
そんな時、見た目幼女の冒険者なりたてのターミャに、いつも簡単に治されてしまってさぞ自尊心も崩れただろうと思ったのだが・・・。どうやらそうではなかったようだ。
魔術師からも敬愛される皇太子だったのだと、改めて彼に視線を送った。
すると、彼が寝台の上で起き上がろうとしている。
侍医がそれを手助けするようだ。
でも本当に無理はしない方がいい。
「あ・・・、あんまり無理しない方がいいよ」
「いや、大丈夫だ。どこも痛くもないし、不調を捜す方が難儀なほどだ」
驚くべきことに、彼が寝台の外に出て立ち上がった。
「おお~・・・、何と嬉しいことだ」
国王も驚愕している。
そして多美江も驚愕している。
もしかして、あの薬って寝ていた分の筋肉の衰えまで治してしまったのか?
確かに多美江は心の中で「治れ~、治れ~」と呪詛のように執念深く願ってはいたが・・・。
「・・・・・・・・・」
ギルラスが腰に回していた多美江の腕に自分の手を添えて、小さくぼやいた。
「どこまで治したんだ?」
よくわかりません。多美江だって。
「ターミャちゃんだったかな? ちょっと、こちらにおいで」
寝台の端に座った皇太子の笑顔が怖く見えるのは、多美江の気のせいか?
思わず拒否するように、ギルラスの腰にさらにきつくしがみつき首を横に振った。
笑顔が怖いって、もしかしてこの皇太子・・・腹黒王子?
「少々・・・恥じらっているようです。皇太子、ご容赦を」
ギルラスの援護が、何故か痛々しく聞こえる。
多美江が恥じらう? さっき魔術師に向かって怒鳴った多美江が?
ちょっと無理がないか?
というように、多美江はギルラスを見上げた。
だけど皇太子も諦めなかった。立ち上がって、こちらに歩みを進める。その足取りは、何処にも不安定なところはなかった。
苦手認定した多美江だったので、目の前にきた皇太子から少しでも離れようとギルラス越しにくるりと回る。
「おや・・・、嫌われてしまったのかな?」
眉を悲しそうに歪めても無理です。だって貴方、絶対腹黒でしょうっ?
こんなにすぐに元気にならなくてもよかったのに、ちょっと張り切り過ぎた自分を恨む。せめて自分たちがシムスの街に帰るまでは、床についていて欲しかった。
「可愛いね」
多美江の背筋に、ゾゾゾと変なものが駆け巡る。
(こ、怖い・・・。怖いぃ~っ!)
「あら・・・、本当に可愛らしい」
王妃が皇太子の側にきてくれて、少しだけ緊張の糸が解けた。
たとえ皇太子が腹黒であったとしても、母親の前では牙をむかないだろう。
そう思えたから。
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