ヒロインはヒーローに憧れる~五分間だけ英雄になれる能力をいただきました~

如月美樹

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「ご苦労であったな。城へ滞在してくれ」
「いえ、久し振りの王都ですし、実家へ帰らせていただきたいのですが」
「そうか、それもそうだな」
 ギルラスと国王が話している間も、側でにこにこと微笑む皇太子ヴィクト。
 弟がヴォクト。あまりにも似過ぎた名前で多美江には笑えるポイントの一つでもあるのだが、今はそれどころではない。
 一瞬でも目を離したらツンツンされそうな感じに、多美江も油断が出来ない。
 その様子を微笑ましそうに国王が眺めながら、ギルラスに告げた。
「褒美を取らそう。さて、何がよいか・・・」
 考えをめぐらす国王に、ギルラスが言葉を紡ぐ。
「いえ、私たちは冒険者として任務を果たしたまでです。ケルベルスの討伐、魔鉱石の採取、そして薬の精製の報酬以外は受け取れません」
 頑ななギルラスに、国王も苦笑を浮かべる。
「な? そうだろう? ターミャ」
 すでにヴィクトにツンツン攻撃を開始されていた多美江は、二人の話を聞くどころではなかった。どう回避すればいいのか。皇太子という、身分の高い人の手を叩き払う訳にもいかない。ギルラスの身体をぐるぐる回るしか、方法はないのだが・・・。
「え? 何?」
 目を離した隙に、ヴィクトに腕を取られた。
「ぎゃあぁぁぁ~っ!」
 捕まった~っ! 腹黒皇子にっ! 何をされるかわからない皇太子にぃ~っ!
 多美江の悲壮な叫びに、一同同情の目を向ける。
 同情の目をくれるなら、どうか助けて下さいっ!
「・・・ヴィクト様」
「いや~、面白いね。久しぶりに動いたから、何をしても楽しくて仕方がないよ」
 ギルラスの呆れた声にも、冷静に対処する腹黒皇子。やはり只者ではない。
 涙目で訴える多美江をヴィクトから無事に救出し、守るように肩を抱かれた。
(よ、よかった・・・)
 そしてヴィクトも、何故か手をワキワキさせている。さすが兄弟。する仕草が同じだ。
 それで何の話だっけ? と多美江はギルラスを見上げる。
「陛下が冒険者の役目以上の褒美を、と仰っているのだが・・・」
「いらないですよ?」
 だよな、というようにギルラスが大きく頷く。
 視線を国王に戻すと、こちらも呆れたような顔になっていた。
「欲がないのう・・・。この国の王である与が褒美を取らせるというておるのに」
 あんまり褒美をもらうと拍がついていらないものまで付いてきそうで怖いから、はっきり言っていらない。
「では私たちはこれで。今の状態なら心配はないと思われますが・・・」
 まだ未練がましく多美江を見詰める皇太子にちらりと視線を送りながら、ギルラスが言葉を重ねる。
「何かあれば当屋敷までご連絡を」
「わかった」
 多美江はギルラスに肩を抱かれたまま、部屋を出た。
 部屋を出ると感動したような騎士たちの瞳がこちらを見ている。
「あ、ありがとうございました」
「皇太子をお救い下さり、感謝いたしますっ!」
 もうすでにいらない何かが付いているような気がする。
 多美江は曖昧に笑み、ギルラスの背後に回る。
 王都は怖い所でした。



 城の外へ出ると一台の馬車が停まっていた。貴族が乗るような、とても豪華なもの。
 その前に執事のようなおじさんが一人立っている。満面の笑みを浮かべ、ギルラスに頭を下げた。
「仕事が早いな。何処で情報を得ているのだ?」
「まずはただいまと言っていただきたいものです。ギルラス坊ちゃま」
「坊ちゃまぁっ!?」
 思わず多美江は叫んでしまった。
「おや? お可愛らしい方ですね。もしやご婚約者のお方ですか?」
「・・・何故、誰もかれも俺の女だと思いたがるのか・・・」
 にこやかに笑んでいるおじさんが、多美江に頭を下げた。
「トラフィーク家の家令をを務めさせていただいております、ボーマンと申します」
「あ・・・、ターミャと申します」
 多美江も同じように頭を下げると、余計に相好を崩された。
「いい教育をされているようで、当家のお嫁様として申し分ないお方ですね」
「お、嫁・・・・・・様」
 ギルラスの嫁。ん~・・・、ちょっと考えさせて欲しい。たとえギルラスが、多美江の好みど真ん中でも。
 でも多美江はこの国では、平民なのだろう? 貴族のギルラスと結婚など、できるのだろうか?
「しばらくは王都に滞在することになる。ターミャもいるし、別邸に案内してくれ」
「・・・ご両親様もこの度の久し振りのご帰省に、それは楽しみにしておられるというのに・・・ですか?」
 何故かもの凄く棘を感じた。この人も怖い人だ。笑顔でもの凄く怖いことを言える人だ。
「今回は帰省ではない。冒険者として、任務を果たしたまでだ。ギルドマスターになったのだから、シムスの街もそう長い間離れる訳にはいかない」
 家令のボーマンは明らかに表情を無にして、馬車の扉を開いた。
 そのギャップが、もの凄く恐ろしい。
(こ、怖い~っ!)
 そう思いながらも、多美江はギルラスに促されるまま馬車に乗った。
 もちろんステップ台が高くて足が届かない多美江の身体を、ギルラスが抱えて強引に中に入れられたのだが・・・。
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