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多美江が帰ってくると、ギルラスはすでに家族が寛ぐとても大きな居間のソファに腕を組んで座っていた。
表情を見ると、とても険しい。何か城であったようだ。
多美江は詰問するでもなく、ボーマンに促されるまま近くの椅子に座る。
待っていたように、ギルラスが口を開いた。
「お前の保護を頼もうと、陛下に謁見を願ったのだが・・・。お会いしていただけなかった」
何とっ! ギルラスは多美江の為に登城したというのか?
自分には関係ないと思ってしまって、申し訳ない気持ちが芽生える。
「皇太子とウィザード殿が待ち構えていてな・・・。お前のことばかり聞いてくるから、何とかはぐらかして城を出たんだが・・・」
中途半端に言葉を切られて、とても不安なんですが・・・。とてつもなく嫌な予感がする。
「早く帰ろう。もう王家の方々の保護は諦めた方がいい」
「う、うん」
ギルラスが腰を上げた時だった。
城から使者がきたと知らせが入った。
「・・・・・・悪い予感ほどよくあたる」
ギルラスの呟きに、多美江も同意するように何度も頷いた。
「ギルラス。陛下から皇太子改善の披露目に、舞踏会を開くと知らせが参った。我らも出席せねばならぬぞ」
ギルラスは父モルガンの言葉に、大きなため息を吐き出した。何処か諦めたような表情に変わるのを、多美江はじっと見る。
「ターミャ、お前は先に帰った方がいいかもしれないな。これ以上ここにいるのは・・・」
「いや、ターミャへの招待状もきている。陛下からの直筆の上に、紋章入りだ。お断りする訳にもいかないだろう」
「直筆・・・、本当なのですか?」
ギルラスは額を押さえて、さらに重いため息を吐く。
「ターミャちゃんも出席するのなら、ドレスを新調しなければならないわね。急がせないと」
母のリリアンヌが慌てて部屋を出て行く。こちらもそこはかとなく、嫌な予感がするのは何故だ?
「しゅ、出席しないと・・・駄目なの?」
ギルラスの袖を引っ張り、不安そうな瞳を向ける。
ギルラスは慰めるように、多美江の頭を撫でた。
「俺の側を離れるなよ?」
「う・・・・・・」
腹黒皇子だけでなく、どうやら魔術師にも目をつけられてしまったようだ。
確かにお城のお抱え魔術師が幾日もかかって精製する薬を一瞬にして作ってしまったのだから、興味を持たれるのは当たり前のこと。
多美江も皇太子を助けたい一心でやったことだが、まさかあそこまで見事にしかもこんなに早く治るなんて予想外だった。
「ターミャ、もし国を離れる時は俺には教えろ。一緒に行くから・・・。多分、カポードさんもついてくるだろう。他にも幾人か同行しそうだが・・・」
ギルラスの言葉を聞いたデュークが、ぎょっとした顔をする。
「ま、待って下さいっ! 兄上がシムスの街を離れるのは、国に取って大損害です。しかもカポード殿まで一緒となると・・・。シムスの街は安定しません。誰が魔獣からこの国を守るというのですかっ?」
弟デュークの悲壮な言葉に、ギルラスは顔を顰める。
「いい加減、お前たち国の管轄は俺たち冒険者に頼るのを止めろ。騎士団にウィザード率いる魔術師団がいれば、何とでもなるだろうがっ!」
ずっと聞き続けている『ウィザード』とは、どういう意味なのだろう?
昨日初めて会った魔術師の名前だと思っていたが、どうやら違うみたいだ。
「ギルラスさん、ギルラスさん」
緊張感溢れる場で、多美江の呑気な声が響く。いまいち多美江は、緊迫感が足りないようだ。
怒りで眉尻を上げているギルラスの袖を、ツンツンと引っ張り視線をこちらに向けさせようとする。
瞬時に表情を柔らかくしたギルラスが、多美江を見た。
その変わりばえに、その場にいる者たちも呆気に取られている。
「ん、何だ?」
「ウィザードって、昨日の魔術師さんの名前じゃないの?」
この頃うっかりすると、ギルラスに対しての敬語を忘れがちだ。係わった日数は僅かだがもう結構な仲になったし、別にギルラスにも咎められないのでもういいかって気になっている。
「ウィザードとは、魔術師の最高峰の名称だ。この国で一番強い魔力を持つという、意味だ。国が管轄する魔術師団の長でもある」
「魔力・・・・・・、魔術師団・・・」
昨日の魔術師はそんなに偉い人だったのかと、多美江は改めて感慨深く思い出していた。
でも、それではあの場で多美江はやり過ぎたのではないか?
この国最高峰のウィザードでも、数日かかる薬を一瞬で・・・・・・。
思い出して、多美江の顔色が明らかに悪くなる。
ギルラスが何に怒って、何に焦って、何を危惧しているのか。ようやく理解した。
「ギ、ギルラスさん。わ、私・・・国を出た方がいい? シムスの街、結構い気に入ったんだけど・・・。住むのは無理?」
「・・・舞踏会での、陛下の反応によるな。俺も一応牽制はしようと思うが・・・どう転がるか。陛下の意図が読めない」
「うぅ~・・・」
やり過ぎた。ギルラスが『責任を取るから思いっ切りしろ』と言ってくれた言葉に甘え過ぎた。
周りに大いに迷惑をかけている。
これは黙って、そっと離れた方がいいのかもしれない。
そう考える多美江を、ギルラスがじっと見詰める。
強い視線に気付いて、多美江はうろたえた。
「ターミャ。俺から離れるな、いいな?」
心を見透かされました・・・。
表情を見ると、とても険しい。何か城であったようだ。
多美江は詰問するでもなく、ボーマンに促されるまま近くの椅子に座る。
待っていたように、ギルラスが口を開いた。
「お前の保護を頼もうと、陛下に謁見を願ったのだが・・・。お会いしていただけなかった」
何とっ! ギルラスは多美江の為に登城したというのか?
自分には関係ないと思ってしまって、申し訳ない気持ちが芽生える。
「皇太子とウィザード殿が待ち構えていてな・・・。お前のことばかり聞いてくるから、何とかはぐらかして城を出たんだが・・・」
中途半端に言葉を切られて、とても不安なんですが・・・。とてつもなく嫌な予感がする。
「早く帰ろう。もう王家の方々の保護は諦めた方がいい」
「う、うん」
ギルラスが腰を上げた時だった。
城から使者がきたと知らせが入った。
「・・・・・・悪い予感ほどよくあたる」
ギルラスの呟きに、多美江も同意するように何度も頷いた。
「ギルラス。陛下から皇太子改善の披露目に、舞踏会を開くと知らせが参った。我らも出席せねばならぬぞ」
ギルラスは父モルガンの言葉に、大きなため息を吐き出した。何処か諦めたような表情に変わるのを、多美江はじっと見る。
「ターミャ、お前は先に帰った方がいいかもしれないな。これ以上ここにいるのは・・・」
「いや、ターミャへの招待状もきている。陛下からの直筆の上に、紋章入りだ。お断りする訳にもいかないだろう」
「直筆・・・、本当なのですか?」
ギルラスは額を押さえて、さらに重いため息を吐く。
「ターミャちゃんも出席するのなら、ドレスを新調しなければならないわね。急がせないと」
母のリリアンヌが慌てて部屋を出て行く。こちらもそこはかとなく、嫌な予感がするのは何故だ?
「しゅ、出席しないと・・・駄目なの?」
ギルラスの袖を引っ張り、不安そうな瞳を向ける。
ギルラスは慰めるように、多美江の頭を撫でた。
「俺の側を離れるなよ?」
「う・・・・・・」
腹黒皇子だけでなく、どうやら魔術師にも目をつけられてしまったようだ。
確かにお城のお抱え魔術師が幾日もかかって精製する薬を一瞬にして作ってしまったのだから、興味を持たれるのは当たり前のこと。
多美江も皇太子を助けたい一心でやったことだが、まさかあそこまで見事にしかもこんなに早く治るなんて予想外だった。
「ターミャ、もし国を離れる時は俺には教えろ。一緒に行くから・・・。多分、カポードさんもついてくるだろう。他にも幾人か同行しそうだが・・・」
ギルラスの言葉を聞いたデュークが、ぎょっとした顔をする。
「ま、待って下さいっ! 兄上がシムスの街を離れるのは、国に取って大損害です。しかもカポード殿まで一緒となると・・・。シムスの街は安定しません。誰が魔獣からこの国を守るというのですかっ?」
弟デュークの悲壮な言葉に、ギルラスは顔を顰める。
「いい加減、お前たち国の管轄は俺たち冒険者に頼るのを止めろ。騎士団にウィザード率いる魔術師団がいれば、何とでもなるだろうがっ!」
ずっと聞き続けている『ウィザード』とは、どういう意味なのだろう?
昨日初めて会った魔術師の名前だと思っていたが、どうやら違うみたいだ。
「ギルラスさん、ギルラスさん」
緊張感溢れる場で、多美江の呑気な声が響く。いまいち多美江は、緊迫感が足りないようだ。
怒りで眉尻を上げているギルラスの袖を、ツンツンと引っ張り視線をこちらに向けさせようとする。
瞬時に表情を柔らかくしたギルラスが、多美江を見た。
その変わりばえに、その場にいる者たちも呆気に取られている。
「ん、何だ?」
「ウィザードって、昨日の魔術師さんの名前じゃないの?」
この頃うっかりすると、ギルラスに対しての敬語を忘れがちだ。係わった日数は僅かだがもう結構な仲になったし、別にギルラスにも咎められないのでもういいかって気になっている。
「ウィザードとは、魔術師の最高峰の名称だ。この国で一番強い魔力を持つという、意味だ。国が管轄する魔術師団の長でもある」
「魔力・・・・・・、魔術師団・・・」
昨日の魔術師はそんなに偉い人だったのかと、多美江は改めて感慨深く思い出していた。
でも、それではあの場で多美江はやり過ぎたのではないか?
この国最高峰のウィザードでも、数日かかる薬を一瞬で・・・・・・。
思い出して、多美江の顔色が明らかに悪くなる。
ギルラスが何に怒って、何に焦って、何を危惧しているのか。ようやく理解した。
「ギ、ギルラスさん。わ、私・・・国を出た方がいい? シムスの街、結構い気に入ったんだけど・・・。住むのは無理?」
「・・・舞踏会での、陛下の反応によるな。俺も一応牽制はしようと思うが・・・どう転がるか。陛下の意図が読めない」
「うぅ~・・・」
やり過ぎた。ギルラスが『責任を取るから思いっ切りしろ』と言ってくれた言葉に甘え過ぎた。
周りに大いに迷惑をかけている。
これは黙って、そっと離れた方がいいのかもしれない。
そう考える多美江を、ギルラスがじっと見詰める。
強い視線に気付いて、多美江はうろたえた。
「ターミャ。俺から離れるな、いいな?」
心を見透かされました・・・。
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