アイシャドウの捨て時

浅上秀

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社会人編

15

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ぎこちない空気に慣れてしまったのか付き合ってすぐに半年が過ぎ、更に季節は回った。
浩太は浮気をしているという決定的な瞬間をルリ子に見せることはなかった。
ルリ子のぎこちなさも男性と付き合うのが久しぶりなせいだと浩太は勘違いしたようで、徐々に二人の間の空気が和らいできた頃にはすでに出会ってから一年が過ぎていた。

「ルリ子ちゃん、ちょっといいかな」

ある日、浩太の部屋に行ったときのことだった。
浩太の持っている本を読んでいたルリ子に浩太が声をかけてきた。

「なにかしら?」

ルリ子は手招きされるまま浩太について行くとソファへといざなわれる。
言われるままに腰かけると目の前で浩太が膝をついた。

「今日で付き合って一年だよね」

ルリ子は頷く。
お祝いのケーキをルリ子は用意して冷蔵庫に入れている。

「たまにぎこちないこともあるけど、そんなところも愛おしいし、何かあったらすぐに僕に相談してほしいと思う。この先の人生もルリ子ちゃんに一番近い男でいたいんだ。僕と結婚してくれないか?」

一年前に差し出されたベルベットの箱よりも更にハイブランドのものが差し出される。
中にはシンプルな指輪が二つ入っている。
ルリ子の頭の中ではいろんな考えや思いが駆け巡る。

たっぷりと沈黙を費やしてルリ子はゆっくりと頷く。
浩太は満面の笑みを浮かべて箱から小ぶりの指輪を取り出すと震えるルリ子の左手を自身の手に載せた。
ぬくもりが伝わってくる。

「…ありがとう、ルリ子ちゃん」

左手の大切な薬指が永遠の輝きをまとう。
ルリ子はポロリと一粒の涙を流した。

「ルリ子ちゃんさえ良ければこれ、僕にもつけて欲しい」

上目づかいでルリ子の表情を伺う浩太はさながら子犬のようだ。
混乱しながらもルリ子は箱を受け取り、大きい方の指輪を手に取った。
浩太が差し出す左手の薬指に滑らせるとぴったりとハマった。

「一緒に幸せになろうね」

浩太がルリ子を抱きしめる。
ありきたりのセリフかもしれないが、ルリ子は嬉しかった。
涙も複雑な気持ちも全て飲み込んでルリ子は何度も頷いて浩太の身体にすがりつく。
ルリ子はようやく二人でこの先も一緒にいる決心がついたのだ。



新しい生活に心を躍らせるルリ子はその日のうちに家族やマリとサキに報告した。
みんな自分事のようにルリ子の吉報を喜んでくれて、来週早速浩太を実家に連れていくことになった。
浩太も彼の家族に連絡したらしく、ルリ子の家に行ったその足で浩太の実家にも行くことになった。
浩太の実家はルリ子の通っていた大学の近くにあるらしい。

「意外と近くに住んでいたのね」

「知らないうちにすれ違ってたかもね」

二人で笑いながら予定を組んでいく。

「結婚式とかどうしようか?」

「いつから一緒に暮らそうか?」

未来の話をたくさんした。
浩太の仕事の都合も合わせて色々とまだ未定なことも多いが希望に満ち溢れていることは事実だった。

「そういえば浩太さんって今どんなお仕事をしているの?」

ルリ子は初めて浩太の職業を聞いた。

「あれ?言ってなかったっけ?イベントの司会とかナレーションとか主に声を使う仕事をしてるんだ」

ラジオが終わってからも声の仕事を続けていたそうだ。
イベントごとは休日に入ることが多いので休みが不規則だったのだ。

「これ、事務所のサイト」

浩太が見せてくれた公式サイトには浩太の姿があった。
ルリ子は知らなかったが公式のSNSもあるらしく浩太の出演情報があげられている。

「こんなのあるんですね。知らなかった…」

「ラジオをやってた頃はフルネームで活動してたけど、今は下の名前だけだからね」

なるほどプロフィールページにはローマ字でKOUTAと書かれている。
これではルリ子も見つけられなかったわけだ。
ようやく彼の職業を知ることができてルリ子は安堵していた。

「実はいつお聞きしたらいいか迷ってたんです」

「え、いつでも聞いてくれてよかったのに」

上機嫌な浩太を見てルリ子は自身がいかに気を使いすぎていたかを感じた。

そしてルリ子は彼が浮気をしているという疑念を頭の中から消去した。
そのおかげなのか、久しぶりに浩太の前で自然に笑えたと思うのだった。



ルリ子の薬指の輝きは次に出社した日に会社の全員に知られた。

「おめでとう」

色んな人からかけられるその言葉を受けるたびにルリ子は浩太と結婚することになったことを実感したのだった。
結婚するならもう少し大人っぽい服装やメイクにしようと思い、定時で変えることができたその日の帰り道、デパートに足を運ぶ。

「これ、いいわね」

頭の中で自由に使えるお金と相談しながら何点か見繕った。
ショッパーを抱えて家に入るとさっそくドレッサーを開いて色褪せて見えるリップやアイシャドウをゴミ箱にいれる。

「あぁなんだかスッキリしたわ」

ルリ子は次の日、ちょうどゴミ収集が来るので一気に不要と感じるものを袋に詰めた。
二袋満杯になったがルリ子は心も掃除できた気分になっていたとても清々しかった。

「引っ越しの準備とかもしなければね」

ルリ子はこの先の充実した日々に思いを馳せたまま、明日からの日常に備えて眠りについたのだった。




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