売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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選定の儀

選定の儀(1)

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 高台に立つ宮殿は遠目にも壮麗で、白い石壁やその奥にのぞく青灰色の小塔が朝日を受けて輝いていた。馬車がなだらかな石畳の坂道を登るにつれ、貴族の屋敷が眼下に小さくなっていく。

「ユーリ様。イェーガー家の品位にかかわりますので、子供のように窓から顔を出すのはおやめください」

 ユリウスが生まれる前から家に仕えているという家令のゲオルクに窘められ、ユリウス・イェーガーは馬車の小窓から覗かせていた顔を慌てて引っ込めた。

「宮殿があまりにも大きいから、びっくりしちゃって」

 久々の家令じいやの小言に、ユリウスは照れ笑いを浮かべて言い訳を口にする。
 ゲオルクは気難しい視線でユリウスを一瞥したが、緊張のあまりじっとしていられない心境を察してくれたのか、いつものように貴族の礼節について長々と諭されることはなかった。
 やがて、堅牢な石柱と鉄製の門扉がそびえる城門の前で馬車が停まる。
 手続きを済ませると、軋んだ金属音を響かせて門が開き、馬車は再び動きだした。

 奥へと続く馬車道の両脇には、衛兵舎や厩舎らしき建物が整然と並び、刈り込まれた植え込みが朝露を光らせている。それらを横目にしばらく進み、最後に回廊のアーチをくぐると、急に視界が開けた。窓一面に広がる芝生の庭園に、ユリウスは思わず、「うわぁ」と感嘆を漏らす。広大な芝生は幾何学的な紋様に刈り取られていて、その周りには色とりどりの花が咲き誇り、噴水つきの広い池まである。

 ここはシャマラーン帝国の首都、ミルヘイムのほぼ中央に位置する、王族の住まいであり政治の中枢でもある、ミルヘイム宮殿だ。
 地方貴族の庶子であるユリウスが馬車で五日間かけて都まで出向いてきたのは、ここで今日行われる『選定の儀』に参加するためだった。宮廷の官吏に嫁いだ姉が都に住んでいるため、都に到着した昨日から、付き添いの使用人たちと共に義兄の屋敷に厄介になっている。

 選定の儀というのは、国中から平民のオメガが集められ、王族から妾として選ばれる儀式だと聞いている。
 ユリウスの父は伯爵の地位にあるが、その妾だった母は平民だった。
 この国では両親が揃って貴族じゃないと貴族の身分をもらえない。その上、平民のオメガに至っては結婚の自由もない。

 馬車は庭園の手前で停止し、外から扉が開く。

「あとは一人で大丈夫。せっかくだから、庭を楽しみながら一人でのんびり歩くよ」

 ユリウスに続いて馬車から降りようとする白髪の家令に笑顔でそう告げ、扉を閉めた。

 貴族の場合は宮殿の入り口まで馬車を乗り入れることができるが、平民は庭の手前で馬車から降りるようにと城門の衛兵から言われている。庭園の中心を真っすぐに宮殿へ向かって伸びる道は、目算で三百パッススはありそうに思える。歩数にして、六百歩分。五十才を越えて足腰の弱ってきた家令にその距離を往復させるのは忍びなかった。

 春は国中で景色が最も色鮮やかになる季節だ。この庭園も、きっと今が一番の見頃だろう。
 そんなことを思いつつも、実際のところは花を楽しむ気持ちの余裕などなかった。
 遠くの花々に向けていた視線を正面の宮殿へと戻す。

(もし、王族の誰かに見染められたら、あの宮殿で暮らすことになるのだろうか……)

 故郷を出たときから抱えていた不安は、宮殿に近づくにつれどんどん膨れ上がっていく。
 こんな大きな城で暮らす自分は、全く想像できなかった。ただ、広大な庭の片隅で薬草を育てているところなら、なんとなく想像できる。勉強も武芸も楽器も好きになれなかったが、唯一、薬草だけは物心ついた頃から興味があった。

 これだけ広いのだから、頼めば庭園の一角くらい貸してもらえるのではないだろうか。そうなれば、季節や体調に合わせた薬草茶を作って、あるじとなる殿下に飲んでもらえるかもしれない。
 不安を紛らわすためにそんなささやかな未来を思い描いている間に、宮殿の入り口に辿り着いた。

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