売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹

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第三王弟殿下

第三王弟殿下(8)

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 布団に潜りこみ、眠りにつくまでの間、思い出していたのは、姉の結婚式のことだ。
 エイギルは学院を卒業して宮廷の官吏となり、仕事に慣れ、領地の経営も軌道に乗り始めたところでローザに求婚した。当時、ローザは十八、ユリウスは十六才だった。

 結婚式が行われたのは、カッシーラー辺境伯の城の庭園だった。
 広さだけなら王宮の庭園にも勝る、森のように豊かな緑が広がる庭園で、二人の希望でイェーガー家の使用人や領内の平民も式に参列していた。
 祭壇には神殿を模したアーチがかけられ、緑の蔦が絡みつき、白いバラの花がリースのように飾られていた。華やかな音楽が鳴り響き、天蓋から垂れた純白のシルクが柔らかな風に揺れ、まるで天の祝福が降り注いでいるかのようだった。

 その祭壇へと続く石畳の小道を父と腕を組んで歩くローザは、純白のヴェールとドレスが陽の光を帯び、世界中の幸せを集めたかのように眩く輝いていた。そして、やわらかな眼差しを一心に愛しい人に注ぎ、祭壇の前で待つ花婿。
 その崇高な光景は、今でも瞼に焼き付いている。
 でも、それ以外のことは、そこにいた人たちの顔も出された料理の味も、ほとんど覚えていない。
 記憶にないのは、笑顔を保つのに必死だったからだろう。
 自身の中に燻るエイギルへの気持ちにも姉への羨望にも気づかないふりをするために、無理して笑い続けていた。

 でも、それが崩れてしまった瞬間もあった。
 皆が思い思いに歓談を始めた頃、ローザに呼ばれた。『次はユーリの番よ』と言って、式の間、彼女が手にしていた花束を渡されたのだ。
 単に年の順で、花束を渡す相手に選ばれたのだろう。幸せを願って花束それをくれたことも、ローザに優しさ以外の他意はないこともわかっていた。

 ローザの気持ちは嬉しかったが、かろうじて笑顔を保っていられたのは花束を受け取るまでだった。人に見せてはいけないものが込み上げてきそうになり、ユリウスはそっとその場を離れた。

 その頃にはもう、自分がオメガであることが判明していたから、平民のオメガには結婚の自由がなく、十八才になれば選定の儀に参加しなければならないことも知っていた。
 誰かと幸せになってほしいというローザの思いに、差別などないことはわかっている。でも、どうしてもそこには、「平民のオメガでも」とか、「自分で相手を選べなくても」といった前置きがついてくる。

 自分はローザと違って、誰かを愛し、愛されて、お互いに望む相手と結婚することはできない。その事実を思い出したら、それ以上笑顔を保ち続けることができなくなった。
 人のいない場所を求めて庭園の片隅に駆け込むと、周りを背の高い木々に囲まれた一角があった。そこにも小さな噴水と池があり、木漏れ日が葉の隙間からこぼれて、水面を優しく照らしていた。

 ここなら参列者の誰からも見られない。多少声を洩らしても、噴水の音が掻き消してくれるだろう。
 そう思ったら、こらえていたものが一気に決壊した。
 自分でも、何の涙かはよくわからなかった。
 ただ、何で自分は平民で、オメガなんだろうと思うと、止めどなく涙が溢れた。

 そうして庭の片隅で縋るように池の淵に両手をかけ、石畳に跪いて咽び泣いたユリウスは、嗚咽が治まったところで腰を上げた。
 しかし、広場に戻ろうと踵を返したら、いきなり目の前に壁のように大きな人がいて、びっくりした。

 咄嗟に、顔を見られてはいけないと思った。近くにいたなら、泣いていたことは知られているだろう。花嫁の弟が結婚式の最中に庭の片隅で泣いていたことを、誰かに知られてはいけない。
 そう思って慌てて顔を伏せたから、その人の顔はまともに見ていない。ただ、服装で、それが誰かはすぐにわかった。

「戻る前に顔を拭いたほうがいい」

 俯かせた頭にそんな声が降って来て、濡らしたハンカチーフを差し出された。
 一瞬戸惑ったが、自分のハンカチーフは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。ユリウスは、「ありがとうございます」と言って素直にそれを受け取った。
 指先に触れた布は冷たく、もしかしたら、わざわざ井戸の水を汲み上げてくれたのかもしれない。そう考えたら、疎まれていると感じていたその人を、初めて、実は優しい人かもしれないと思うようになった。

 その後も、弟に剣術の稽古をつける約束をしていたからと、休暇の折に彼が一人でイェーガー家を訪れることはあったが、結婚式で泣いていた理由を問われたことは一度もなかった。
 向こうは、従兄の結婚式で花嫁の弟が泣いていようが、特に興味はなかったのかもしれない。ただ、ユリウス自身は義兄への秘めた恋心を知られてしまった後ろめたさから、極力彼と顔を合わせないよう避けまくっていた。
 だから今日はこれまでで一番、彼と話をし、共に時間を過ごした気がする。


 記憶を紐解いている間に、徐々に気持ちが凪いでいき、かわりに眠気が増してきた。

 そう言えば、あのときのハンカチーフ、まだ返してなかったな……。

 返したいような返したくないような。
 なぜそんなことを迷うのかもわからず、答えを出す前に、ユリウスの意識は静かに眠りへと沈んでいった。


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