13 / 83
第三王弟殿下
第三王弟殿下(8)
しおりを挟む布団に潜りこみ、眠りにつくまでの間、思い出していたのは、姉の結婚式のことだ。
エイギルは学院を卒業して宮廷の官吏となり、仕事に慣れ、領地の経営も軌道に乗り始めたところでローザに求婚した。当時、ローザは十八、ユリウスは十六才だった。
結婚式が行われたのは、カッシーラー辺境伯の城の庭園だった。
広さだけなら王宮の庭園にも勝る、森のように豊かな緑が広がる庭園で、二人の希望でイェーガー家の使用人や領内の平民も式に参列していた。
祭壇には神殿を模したアーチがかけられ、緑の蔦が絡みつき、白いバラの花がリースのように飾られていた。華やかな音楽が鳴り響き、天蓋から垂れた純白のシルクが柔らかな風に揺れ、まるで天の祝福が降り注いでいるかのようだった。
その祭壇へと続く石畳の小道を父と腕を組んで歩くローザは、純白のヴェールとドレスが陽の光を帯び、世界中の幸せを集めたかのように眩く輝いていた。そして、やわらかな眼差しを一心に愛しい人に注ぎ、祭壇の前で待つ花婿。
その崇高な光景は、今でも瞼に焼き付いている。
でも、それ以外のことは、そこにいた人たちの顔も出された料理の味も、ほとんど覚えていない。
記憶にないのは、笑顔を保つのに必死だったからだろう。
自身の中に燻るエイギルへの気持ちにも姉への羨望にも気づかないふりをするために、無理して笑い続けていた。
でも、それが崩れてしまった瞬間もあった。
皆が思い思いに歓談を始めた頃、ローザに呼ばれた。『次はユーリの番よ』と言って、式の間、彼女が手にしていた花束を渡されたのだ。
単に年の順で、花束を渡す相手に選ばれたのだろう。幸せを願って花束をくれたことも、ローザに優しさ以外の他意はないこともわかっていた。
ローザの気持ちは嬉しかったが、かろうじて笑顔を保っていられたのは花束を受け取るまでだった。人に見せてはいけないものが込み上げてきそうになり、ユリウスはそっとその場を離れた。
その頃にはもう、自分がオメガであることが判明していたから、平民のオメガには結婚の自由がなく、十八才になれば選定の儀に参加しなければならないことも知っていた。
誰かと幸せになってほしいというローザの思いに、差別などないことはわかっている。でも、どうしてもそこには、「平民のオメガでも」とか、「自分で相手を選べなくても」といった前置きがついてくる。
自分はローザと違って、誰かを愛し、愛されて、お互いに望む相手と結婚することはできない。その事実を思い出したら、それ以上笑顔を保ち続けることができなくなった。
人のいない場所を求めて庭園の片隅に駆け込むと、周りを背の高い木々に囲まれた一角があった。そこにも小さな噴水と池があり、木漏れ日が葉の隙間からこぼれて、水面を優しく照らしていた。
ここなら参列者の誰からも見られない。多少声を洩らしても、噴水の音が掻き消してくれるだろう。
そう思ったら、こらえていたものが一気に決壊した。
自分でも、何の涙かはよくわからなかった。
ただ、何で自分は平民で、オメガなんだろうと思うと、止めどなく涙が溢れた。
そうして庭の片隅で縋るように池の淵に両手をかけ、石畳に跪いて咽び泣いたユリウスは、嗚咽が治まったところで腰を上げた。
しかし、広場に戻ろうと踵を返したら、いきなり目の前に壁のように大きな人がいて、びっくりした。
咄嗟に、顔を見られてはいけないと思った。近くにいたなら、泣いていたことは知られているだろう。花嫁の弟が結婚式の最中に庭の片隅で泣いていたことを、誰かに知られてはいけない。
そう思って慌てて顔を伏せたから、その人の顔はまともに見ていない。ただ、服装で、それが誰かはすぐにわかった。
「戻る前に顔を拭いたほうがいい」
俯かせた頭にそんな声が降って来て、濡らしたハンカチーフを差し出された。
一瞬戸惑ったが、自分のハンカチーフは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。ユリウスは、「ありがとうございます」と言って素直にそれを受け取った。
指先に触れた布は冷たく、もしかしたら、わざわざ井戸の水を汲み上げてくれたのかもしれない。そう考えたら、疎まれていると感じていたその人を、初めて、実は優しい人かもしれないと思うようになった。
その後も、弟に剣術の稽古をつける約束をしていたからと、休暇の折に彼が一人でイェーガー家を訪れることはあったが、結婚式で泣いていた理由を問われたことは一度もなかった。
向こうは、従兄の結婚式で花嫁の弟が泣いていようが、特に興味はなかったのかもしれない。ただ、ユリウス自身は義兄への秘めた恋心を知られてしまった後ろめたさから、極力彼と顔を合わせないよう避けまくっていた。
だから今日はこれまでで一番、彼と話をし、共に時間を過ごした気がする。
記憶を紐解いている間に、徐々に気持ちが凪いでいき、かわりに眠気が増してきた。
そう言えば、あのときのハンカチーフ、まだ返してなかったな……。
返したいような返したくないような。
なぜそんなことを迷うのかもわからず、答えを出す前に、ユリウスの意識は静かに眠りへと沈んでいった。
806
あなたにおすすめの小説
溺愛アルファの完璧なる巣作り
夕凪
BL
【本編完結済】(番外編SSを追加中です)
ユリウスはその日、騎士団の任務のために赴いた異国の山中で、死にかけの子どもを拾った。
抱き上げて、すぐに気づいた。
これは僕のオメガだ、と。
ユリウスはその子どもを大事に大事に世話した。
やがてようやく死の淵から脱した子どもは、ユリウスの下で成長していくが、その子にはある特殊な事情があって……。
こんなに愛してるのにすれ違うことなんてある?というほどに溺愛するアルファと、愛されていることに気づかない薄幸オメガのお話。(になる予定)
※この作品は完全なるフィクションです。登場する人物名や国名、団体名、宗教等はすべて架空のものであり、実在のものと一切の関係はありません。
話の内容上、宗教的な描写も登場するかと思いますが、繰り返しますがフィクションです。特定の宗教に対して批判や肯定をしているわけではありません。
クラウス×エミールのスピンオフあります。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/504363362/542779091
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
愛する公爵と番になりましたが、大切な人がいるようなので身を引きます
まんまる
BL
メルン伯爵家の次男ナーシュは、10歳の時Ωだと分かる。
するとすぐに18歳のタザキル公爵家の嫡男アランから求婚があり、あっという間に婚約が整う。
初めて会った時からお互い惹かれ合っていると思っていた。
しかしアランにはナーシュが知らない愛する人がいて、それを知ったナーシュはアランに離婚を申し出る。
でもナーシュがアランの愛人だと思っていたのは⋯。
執着系α×天然Ω
年の差夫夫のすれ違い(?)からのハッピーエンドのお話です。
Rシーンは※付けます
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる