推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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舞踏会の夜に

どうやら転生したらしい

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 王宮で最も広い大広間は、夜の帳を寄せつけぬほどに明るく、喧噪と熱気に満ちていた。無数の蝋燭が灯る巨大なシャンデリアが光の雨を降らせ、壁に等間隔に並ぶ燭台が、空間の隅々まで照らしている。
 床一面を覆うのは、深紅の絨毯。その中央では、宝石を散りばめた華やかな衣装の人々が、楽士たちの奏でる軽快な調べに合わせて軽やかにステップを踏み、ドレスや髪飾りを煌めかせている。
 四方を囲む長テーブルには豪勢な料理やお菓子が所狭しと並び、芳しい香りを漂わせていた。

 今宵、王宮では、王太子でもある第二王子の成人祝賀の舞踏会が開かれている。国中から貴族が集まり、かつてないほどの賑わいを見せている。
 第三王子の僕、エドワード・リーヴェンス・グランディエールも、立場上、今日ばかりはいつものように興味がないからと不参を決め込むわけにいかず、仕方なくこの場にいた。

(何が面白くてあんなに踊り続けていられるんだろう……)

 優雅に踊る男女を横目に、僕は人気のない隅に身を潜め、小皿に持った料理をつまんでいた。舞踏会のダンスは子供の頃に一通り教わったが、できることならあの輪の中には加わりたくない。僕は王族にしては珍しく、華やかなことも社交も苦手なのだ。

 舞踏会が始まってしばらくは、僕もおとなしく王族席にいた。そこでは貴族たちが絶えず挨拶に訪れる。勉学も剣術も凡庸で将来も定かでない第三王子に声をかけるとしたら、容姿を褒めるしかないのだろう。

「殿下の瞳は宝石も霞むほどの美しさですわ」
「まるで月光を浴びたような神々しい御髪ですこと」
「どうしたら殿下のように、滑らかで透き通るような肌になれるのでしょう」

 などなど。
 何でもいいから賛辞を送ればよい、という意図が見え見えである。

 僕は『フィアリス王国の秘宝』と謳われた母上に、兄妹の中で最もよく似ている。
 長い睫毛に縁取られた円らなアイスブルーの瞳に、細く通った鼻筋、薄い唇。子供の頃は一つ下の妹と大して背丈が変わらなかったため、よく僕の方が王女だと間違われていた。18才になった今では、成人男性の人並くらいまで背丈が伸びたが、体の線は細いままだ。
 せめて髪だけでも騎士のように短くしたかったが、王族は髪を伸ばすのが慣例で、くせのないプラチナブロンドの髪はうなじでひと結びにしている。
 
 悪気はないとわかっていても、顔や髪を褒められるたびに「男らしくない」と言われているようで、あまり嬉しい気持ちにはなれない。 
 それでも無理やり愛想笑いを返していたが、普段使わない頬の肉を酷使しすぎて、頬が引き攣りそうになった。娘を紹介する貴族も増え始め、それに気づいた母上に「お嬢様方をダンスに誘ってみてはどうかしら?」と促されたため、これ幸いと王族席を抜け出したのだ。
 もちろん、ご令嬢をダンスに誘う気は毛頭なく、直行したのが広間の隅だった。共に王立学院で学んでいる貴族の子息もちらほら目にするが、語り合うような友もいない。

 大広間からは遠いが、王宮内に自分の部屋がある。これだけ人が多いのだから、しばらく自室にこもっていても、宴が終わる前に戻ってくれば、いなくなっていたことに気づかれないだろう。
 そう思って、腹ごしらを終え、広間から出ようとしたとき――。入り口近くに立つ長身の人物が目に入り、足を止めた。


 最初に目に留まったのは、華やかな賓客たちの間にあって際立つ、騎士服の暗い色合いだった。それが次の瞬間には、まるでその人だけを残して周りの景色が消えてしまったかのように、視線が釘付けになった。

 壁際に控える騎士たちよりも頭一つ抜きん出た堂々たる体躯。深い紺色のジャケットには、胸元に金糸で騎士団の紋章が刺繍してあり、階級持ちであることがうかがえる。足元まである黒いマントが動くたびに軽やかに揺れ、内側の暗赤色のサテン生地が見え隠れしていた。
 ゆるくうねったダークブロンドの髪は騎士らしく短く整えられており、遠目にも、目鼻立ちがはっきりしていて、凛々しく端正な面立ちに見える。

 ただ、目を離せないのは、人目を引く容姿が理由ではない。初めて見る人物なのに、何故か既視感を覚えるのだ。
 どこかで会ったのに思い出せない――というもどかしさとは微妙に違う。会ったことがないことは確か。でも、俺はあの人のことをよく知っている。

 そこまで考えて、違和感を感じた。

(……どうして今、「俺」なんて……。そんな下々の者のような言葉を使ったことなんて、今まで一度もなかったのに……)

 騎士がマントをふわりと翻して背を向ける。その裾に施された金色の獅子の紋様を目にした瞬間――。全身が総毛立ち、胸がざわりと騒いだ。

(あれは……、あの獅子の紋様のマントは……、カインだ!)

 続けて思い出した、カイン・ド・アルベールという名前は、以前から知っていた。
 名前と宮廷騎士団の部隊長をしていることは、彼の妹で兄の婚約者でもあるセレナ嬢から聞いたことがある。自分でもよくわからないのは、カインとは会ったことがないのに、啓示でも降りてきたかのように、あの騎士がカインだと確信していることだった。
 確か、妾の産んだ庶子でセレナの腹違いの兄ということになっているが、実際のところは養子だったはず。

 ――と、そこで再び、違和感を覚える。

 違う。それは彼女に聞いた話ではない。カインが養子であることは、アルベール公爵夫妻とその長年の側近しか知るはずのないことだ。何故、僕がその事実を知っている……?

 混乱する頭に、今まで知らなかったはずの彼にまつわる情報が次々と浮かんできた。

 第一王子の側近だった彼の実父が、12年前に、僕の母親違いの兄である第一王子を毒殺したとして処刑されたこと。連座で処刑されるはずだったカインの母親は、毒を飲んで自害したこと。当時8歳だった彼も道連れにされたことになっているが、実際は病死した子供を身代わりにし、父親の親友であるアルベール公爵が彼を匿っていたこと。事件のほとぼりが冷めた頃に、公爵は、かつて関係を持った使用人が自分の子を産んでいたことにし、彼を自身の庶子として戸籍に登録したこと……。

 カインの身の上だけではない。次に浮かんできたのは、つるつるとした光沢を持つ掌サイズの本だった。表紙に色彩豊かに描かれているのは、僕とセレナ嬢のイラスト。そして、タイトルは、この世界では見たこともない文字で――。

 そこまで思い出したところで、思わず、「あーーー!」と叫びそうになった。

(そうだ! ここは『王太子に婚約破棄されたら、弟殿下の独占愛に囚われました』の世界だ!)

 それは俺が、この世界で第三王子として生まれる前――二次元好きのオタクな日本人だった頃に好きだった、恋愛ファンタジー小説だった。



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