推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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真相

隠し事

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 カインの表情から察するに、あまりよい報告ではなさそうだった。

「クラウス家を見張らせていたら、ヴィオラらしき女が薬屋に行くのを確認できた。店の主人を問い詰めたところ、令嬢が買ったのはやはり毒薬のようだ。少量ならば薬としても使うため、ときに医者や薬師が買いに来ることはあるらしい。12年前にクラウス家の使いの者が毒を買いに来たかどうかは……。さすがに覚えていなかった」

「やはりそうか……」

 12年前の件については、予想していたことなので、がっかりはしなかった。
 それよりもヴィオラがこちらの思惑通りに動いたことのほうが大きい。

 12年前の王太子殺害に関わった者のうち、毒入りの茶を出したと思われる侍女は川に転落して亡くなり、そしてカインの父のポーチに毒瓶を忍び込ませたと思われる騎士は北の国境を守る第七騎士団へ配属され、戦で亡くなっていた。二人とも、事件後にまとまった金を手にしている。その金の出所は今もわかっていない。
 クラウス伯爵が裏で手を引いていた可能性が高いが、伯爵を断罪できるほどの証拠は揃っていなかった。
 そこで、俺たちは罠を仕掛けた。その罠に、ヴィオラがまんまとかかったのだ。

 気難しい顔で、カインが説明を続ける。

「薬屋の使用人の話では、これまでにも何度か、ヴィオラ以外にも身元の分からない人間が毒薬を買っていったそうだ。そいつらもまた、クラウス家の使いかどうかはわからない。時期は、セレナが王宮に入った時期と一致する」

「だとすれば、王宮で使われた毒はおそらくそれだろうな」

 花嫁修業の名目でセレナが王宮に入って以降、鼠を使った毒見で、既に3度、毒の混入が発覚している。いずれもセレナに出す予定の料理だった。
 タイミングからすると、使われた毒はその薬屋で買ったものの可能性が高い。


 俺たちが都に戻って以降、俺が提出した視察の報告書をもとに、宮廷議会では北の国境の防衛について、連日議論が重ねられている。第七騎士団の兵力を増強する方向に話が動いているのは望ましいことだが、問題はその内容だった。

 第七騎士団に配属されれば断るか騎士を辞める者が多いため、都やその他の治安のよい場所から騎士を異動させるのは難しい。そうなると、新たに傭兵を雇うしかないが、そのためには多額の軍事費が必要となる。国庫には限度があり、王宮の運営費さえも昔に比べて大幅に削減されている現状では、軍事費を確保するのは容易ではない。

 そんな中、クラウス伯爵率いる中級以下の貴族たちが、一つの案を主張していた。
 北東の隣国、カスパラーダへの侵略だ。同国を我が国の辺境伯領とし、そこに新たな騎士団の軍営をおく。軍の運営費は辺境伯領主となったカスパダーラの国王に担わせる、というものだった。
 理由は違えど、12年前にも起こったカスパダーラへの侵略に関する論争が、再び勃発している。

 カスパダーラと北の強国であるルヴァール帝国との間には急峻な山脈が連なっているため、そちらから大軍で攻め込まれる心配はない。新たな軍営をヴァルトシュタイン辺境伯領との境界付近に置けば、山脈が途切れる西側の国境の一部を守らせることができる。

 主戦派は、戦に不慣れなカスパダーラなら、騎士団ひとつで制圧できると踏んでいる。戦をするには金がかかるが、カスパダーラの国の一部を貴族たちに分け与えることを約束すれば、それを条件に寄付金を集められるという算段のようだ。
 特に騎士上がりのクラウス伯爵は、自身が指揮官として出征するとまで嘯いていた。
 戦を起こさなければ軍事費を捻出するために民に重税が課される、という噂まで流れていて、民意も主戦派を後押ししている。
 
 主戦派の理論も理解はできる。だが、国境で賊に襲われたときの惨状を思い出せば、到底賛同はできない。我が国も隣国の民も、もうこれ以上、誰にも傷ついてほしくない。

 それに、問題はそれだけではなかった。
 クラウス伯爵ら主戦派は、俺のことをまるで英雄のように祭り上げようとする。
 噂に尾ひれがついたのか、情報が操作されたのかはわからないが、辺境伯領で賊に襲われたことについて、なぜか、「騎士たちが次々と倒れていく中、エドワード王子は孤軍奮闘で賊を蹴散らした」というデマが出回っている。それだけではなく。カインたちを残して国境に出向いたことについても、勇気と責任感ある行動としてもてはやされていた。
 「エドワード王子こそが王太子にふさわしい」と陰で囁く輩も出てきて、そのことも、主戦派と穏健派の溝を深くしている。
 

 カインが短く嘆息する。表情には、逡巡が見て取れた。

「エド。本当にあの計画を実行するつもりか?」

「する。クラウス伯爵を止めるには、もうそれしかないだろう? 体調が戻ったら、ヴィオラに手紙を書くつもりだ」

 下級貴族や民意を煽っているのは明らかにクラウス伯爵で、上級貴族の中にも伯爵に懐柔されるものが出始めた。王の意向は尊重されるが、この国では長い間、政治は宮廷議会に委ねられてきた。俺やカインの意見もふまえて兄上が提出した防衛に関する意見書も、貴族にも負担を強いる政策のため、今はまだ賛同者が少ない。
 このままでは伯爵主導で隣国との戦が始まってしまう。
 それを止めるために、俺とカインは一つの計画を実行しようとしていた。

「俺は……、どうにも胸騒ぎがしてならないのだ」

 カインは眉根を寄せ、不安気にヘーゼルの瞳を揺らす。辺境伯領で、負傷したカインたちを残し、第七騎士団の軍営へと向かった日の朝も、同じ顔をしていた。

「絶対に、お前の身が危険に晒されるようなことはないのだな? 俺に隠して、何か危ないことをしようとしたりしていないな?」

「内緒で辺境伯領に視察に出かけた人には言われたくないな」

 俺は疚しさを誤魔化すために、からかうような笑みを向けた。
 実は一つだけ、計画において、カインには隠していることがある。言えば、絶対に反対されるからだ。

「クラウス伯爵も、ヴィオラも、俺を王太子にしたがっている。俺に危害を加えるようなことはないから大丈夫だよ」

 カインは不安げな表情を崩さないまま、そっと俺のほうに手を伸ばした。
 流れに沿って髪を梳き、耳の輪郭をなぞり、指先で頬を優しく撫でる。先ほどの、熱を計るために額に触れたときとは違って、どこか甘さをはらんだしぐさだった。
 何かを堪えるような表情に、触られていない胸の辺りまでが痛いようなくすぐったいような気分になる。ただ心配しているのとは、少し違う気がした。

 カインに触られていると思うと、緊張しないではいられない。
 無意識に顔が強張ってしまい、そのせいか、無骨な指はすぐに離れていった。
 カインは咄嗟に顔まで逸らせたが、こころなしかその耳がほんのり赤い気がする。

「王子を気安く触ってすまない」

「あ、いや……、二人きりのときは、俺は王子ではなくただの友だから。気にせず好きに触ってくれ」

 むしろどんどん触ってくれ、とまで思ってしまい、自分の思考に顔が熱くなる。

「友、か……」

 その声には、どこか含むものを感じた。
 再びこちらを向いた顔から動揺の色は引いていた。耳が赤いと思ったのも、気のせいだったようだ。

 注がれる眼差しは変わらず優しい。けれど、口元に浮かぶ微笑は、寂しそうにも見える。
 もしかしたらカインも、俺には言えない何かを秘めているのかもしれない。
 そんな予感が、ふと胸をよぎった。

 

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