嫌われオメガは死に戻った世界でベータに擬態する

灰鷹

文字の大きさ
24 / 41
完結後番外編

【書籍刊行記念SS第五弾】 番になりました③

しおりを挟む



 布団に横になっている僕を取り囲むように並べられた三間の服。しかもアンダーシャツは寝たときのまま僕の手の中にある。
 質問の意味を理解し、顔がカアッと熱くなる。

「え? ……い、いやいやいや! 巣作りなんて、そんな大層なものでは!」

 僕は慌てて体を起こし、アンダーシャツを握りしめた手をぶんぶんと横に振った。
 事実、『巣作り』というオメガの習性によるものだと自分に言い訳して、三間の服を持ち込んだわけだが。本人に指摘されるのは猛烈に恥ずかしい。
 視線を彷徨わせ、寝起きの頭を必死に働かせて、何でこうなっているんだっけと状況を整理する。
 三間は今日、ドラマの顔合わせに出かけていた。ならば帰る前に連絡をくれているはずだ。

「……というか、晴さん、連絡くれました?」

 もしかして三間からの電話やメールを聞き逃して寝こけていたのかと、慌てて枕元のスマホを拾い上げた。そうなると、悪いのは100パーセント僕だ。

 スマホに表示された時間はまだ19時を過ぎたばかりだった。着信やメールの通知もない。
 巣作りを誤魔化すはずが、今度は別の方向に混乱する。

「え? い、いや、何でもう帰って来てるんですか? 顔合わせのあと親睦会でしたよね?」
「飲み会は断った。昨日からお前がぼーっとしてただろ。どこにも寄らずに早く帰りたかったから、連絡もしなかったんだよ」

 悪びれる様子はなく、むしろドヤ顔の三間に、僕はわかったようなわからないような顔で「はぁ」と相槌を打った。感謝すべきところだろうが、本心は「何で今日に限って連絡しないんだよ!」という気持ちだった。こっちは帰る前に連絡が来ると信じていたから、寝室に服を持ち込んでいたのだ。

「それより、体調悪いんじゃないなら、とりあえず写真撮っていい?」
「写真? こうちゃんのですか?」

 光希の写真を撮るのに僕に許可を取ろうとする理由がわからず、尋ねると、三間がぷっと小さく噴き出した。

「なつの写真に決まってるだろ。初めての巣作りなんだから記念写真だよ」
「い、いや、だから、そんな大層なものじゃないって……」

 三間が構えるスマホへと手を伸ばしたが、彼は後ろに一歩下がり、そんな僕ごとパシャとシャッターを切った。
 見られてしまったものは仕方ない。そう開き直れば、珍しくはしゃぐ三間の姿に、まぁいっか、という気分になる。僕は苦笑交じりの溜め息を吐き、視線を部屋の隅へと移した。

「そう言えば、こうちゃんが昨日からずっと寝てるんです。今日はミルクも途中で飲むのをやめたりして。熱はないですが、早めに病院に行ったほうがいいでしょうか……」

 ベッドを降り、三間と二人で向かい合わせにベビーベッドを覗きこむ。光希は変わらず穏やかな表情で、規則正しく胸を上下させている。

「俺も気になってたから調べてみたけど、多分お前のフェロモンの影響じゃないかな」
「僕の?」

 僕は視線を三間へと上げ、首を傾げた。

「オメガのヒートフェロモンは、我が子をリラックスさせる効果があるんだって。母親のヒート中、赤ん坊がずっと寝ていたり、子供がぐずらなかったりするのはよくあることらしい」
「そうだったんですか……。すみません。フェロモンの影響までは思いつかなくて」

 自分でも、すやすやと寝ている以外、光希に何か大きな問題がありそうには思えなかったから、三間の話ですぐに不安がやわらいだ。

「じゃあ、しばらく様子を見てもよさそうですね」
「光希は大丈夫だろう。――お前は? どうする?」

 窺う眼差しの奥に熱っぽさを感じ取り、質問の真意を瞬時に理解する。
 発情期ヒートをどうやり過ごすのかを聞かれているのだろう。抑制剤を飲むのか、あるいは……。

 こういうとき、三間は毎回僕の意志を確認してくれる。ありがたいが、未だに「したいです」と言うことには抵抗がある。

「えっと……。晴さんは、明日は仕事は……」

 それだけで僕の気持ちを察したのだろう。
 三間が満足気に口の端を上げた。

「明日は何もない。その後もずらせる仕事だから、マネージャーに言って一週間ヒート休暇にしてもらう」
「え? い、いや、そんなには……。出産して最初の発情期ヒートなので、二、三日で十分かと……」

 最後のほうはごにょごにょと、口の中で語尾が尻すぼみになった。
 三間がふいに上半身を傾け、肩口に顔を寄せて来る。
 
「出産して最初の発情期ヒートなんだから、今までで一番丁寧にしないとだろ?」

 劣情を孕んだ声に全身が粟立つ。
 子宮に響く声――彼が女性ファンからそんなふうに言われていたことを思い出した。

 今は委縮しているはずのそこが急に存在感を主張しはじめ、落ち着いていた熱がふたたび下腹の奥で疼き始める。フェロモンの甘い香りも、急に濃くなった気がした。

 三間が僕の手を引き、ベッドへと連れて行こうとする。僕は動かず、逆に三間の手を引いた。

「あ、あの……。ここでは……。こうちゃんがいるので……。リビングなら、ベビーモニターもあるので……」

 切れ長の目が軽く瞠目し、直後、からかいを滲ませた。

「まさかなつから、リビングエッチのお誘いをされる日が来るなんてな」
「こうちゃんを起こしたら後が大変だからです!」

 頬をニヤつかせる男をキッと睨みつけたが、それすらも彼を喜ばせただけのようだった。
 三間がベビーベッドを回り込み、僕の腰を引き寄せる。その腕に身を預けるようにして歩き出し、寝室を出た。

「普通に匂うから、別に弱くはないんじゃないか?」

 横髪を声と吐息で擽られる。匂うというのはフェロモンのことだろうが、夕方シャワーを浴びておいてよかったと秘かに思う。

「さっきまでは大したことなかったんです」

 フェロモンが濃くなっているのは、三間と触れ合っているからだ。

 リビングのドアの前で足を止める。三間はドアノブには手を伸ばさず、腕の力を緩め、密着していた体をわずかに離した。顔を覗き込まれる気配に、僕も上目遣いに視線を上げた。

「前に俺が言ったこと、覚えてる? 次の発情期ヒートでお前をつがいにしたいから、それまでに答えを考えておいてってやつ。答え、出た?」

 忘れていたわけじゃない。ただ、このタイミングで言われるとは思っておらず、一瞬思考が止まった。

 返事をできないでいることを迷いと取ったのか、三間の表情がわずかに陰る。

 つがいになるということは、結婚という法的な拘束だけでなく、身体的にも相手を自分に縛りつけるということだ。今が幸せ過ぎるからこそ、それ以上を望むことへの躊躇はある。
 それに、紙切れ一枚の結婚と違って、つがいの場合は一度つがえば解消することができない。アルファは新たなつがいを作ることができるが、それができないオメガにとっては一生を左右する決断だ。三間が「考えておいて」と言って時間をくれたのも、それが理由だろう。

 急ぐ必要はない。でも、万が一、またどこかでイレギュラーな発情期ヒートがきて、三間以外の誰かにつがいにされてしまったらと考えるとぞっとする。その苦しみに比べたら、つがいになっていつか別れることになったとしても、一人で発情期ヒートを過ごす苦しみのほうが遥かにマシだ。

「一生のことだから、決心がつかないうちは無理強いはしないが……。俺がつがいにしたいのは、後にも先にもなつだけだから」

 喋り終えると、三間はリビングのドアを開けて僕を先に通した。
 暖房をつけたままだった部屋は暖かかった。

 三間に腰を抱かれたまま、揃ってソファに腰を下ろす。照明の光を落とした黒曜の瞳が、少し不安げに僕を見つめる。
 先ほどのドラマの中の、迷いのない、頼もしい表情とは異なる。今目の前にいるのは、ときに迷うことも、自信を無くすこともある、等身大の三隅晴仁だ。
 
 答えは一つしかないのに、喉に重石がつかえたみたいになかなか口にできない理由は、自分でもわからない。もしかしたらそれは、オメガの本能によるものかもしれない。いくら恋焦がれている相手でも、その人に無防備なうなじを差し出し、気持ちだけでなく身体までも支配されてしまうことに、オメガは無意識に恐怖するようにできているのかも。

 ふと、先ほど見た夢が脳裏をよぎり、僕は三間の左手を取り、自身の両手で包み込んだ。一度目の人生で、見舞いにきてくれた彼が、いつもそうしてくれていたように。

『なつ……、お前はどうしたい?』

 夢のおかげで、病院で眠っている間、そう何度も尋ねられていたことを思い出した。触れられた手のぬくもりも、体が覚えている。
  今ならもう、思い出しても大丈夫――あの頃の夢を見たのは、脳がそう判断したからかもしれない。これだけ幸せなのだから、辛い記憶を思い出しても、もう大丈夫だと。

 時間が巻き戻って以降、僕を殺す動機のある人間は三間しかいないと考えながらも、彼のことを信じたい気持ちも捨てきれなかった。きっと、忘れていても、あの頃の記憶が自分の深いところに刻み込まれていたからだろう。

 あのときは、何度尋ねられても、一緒に悩むことも、気持ちを伝えることもできなかった。でも、今は――。

 僕は一度細く息を吸って呼吸を整え、三間の目を真っすぐに見つめ返した。

「僕を、晴さんのつがいにしてください。僕も、後にも先にも、晴さんだけですから」

 声が震えたのは恐怖からではない。一生に一度の、取り返しのつかない言葉を告げているという自覚が、胸にずしりとのしかかってきたからだ。

 三間の不安げだった眼差しが、やわらかくほどけていく。言葉よりも雄弁な、愛おしさに満ちた眼差しで、僕も胸がいっぱいになって泣きそうになった。
 繋いでいないほうの手で頬や耳を撫でられ、抱き寄せられる。
 甘いオメガのフェロモンとは異なる、陽だまりの中にいるような、心地よい香りがふわりと立ち上がる。僕が秘かに『幸せフェロモン』と呼んでいる、大好きな三間の匂いだ。

「なつ、ありがとう」
「晴さんも、ありがとうございます」

 耳元で囁き合い、互いにふふっ、と照れ気味の笑みをこぼした。




 
しおりを挟む
感想 137

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。