僕の痛み

晴珂とく

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僕の痛み 1枚目

触れられないこと

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 カフェが併設された大型の書店は、僅かに照明が落としてある。色とりどりの表紙が面陳列された棚には、ライトが当てられ、それぞれの本が威厳を放つ。
 目当ての画集は、平積みされていた。その一冊を手に取ると、見た目よりも重く、重厚感がある。
「本、見つかった?」
 声をかけられ、道弥みちやは顔を上げた。有一ゆういちと目が合うと、彼は綻ぶように微笑む。さながら映画のワンシーンのように見える。
 有一は、見目よく、どこにいても目立つ。女性社員達からちやほやされる彼の顔は、よくテレビで見る若手俳優にも似ている。さらに、背が高くバランスの取れた筋肉に、長い手足。女性に好かれる容姿だということは、自覚があるらしい。
「はい、買ってきますね」
 手に持っていた画集を閉じた。
「この前、描いた絵本は置いてないの?」
「あー、あれは絵本というか、企業の商品の中で使われるものだから、こういうところには置いてない」
 店内には、背の高いクリスマスツリーが、電飾を巻き付けて佇んでいた。
「毎年思うけどさ、クリスマスムード突入するの、早くない? まだ一ヶ月以上あるけど? って、思わない?」
「あー、ですね。もう今年終わる準備してんのかぁって、寂しくなりますよね」
「へぇ。道弥くんにもそういう感覚あるんだ」
「まぁ普通に。え、なんですか」
「キミって、世間の動向とか、興味なさそうだから」
「普通にありますけど……」
 会計を終え、画集を鞄に収めると、だいぶ重く感じた。
「このまま俺の家に直行でいい? どっか寄る?」
 有一が振り返る。
「いや、いいです。ありがとうございました、付き合ってもらって」
「いえいえ。よかったね、買えて」
 駅ビルを出て、並んで歩き出す。風が冷たく、屋内との温度差に身震いした。
「道弥くん、手ぇ繋いでいい?」
 彼の流し目がこちらを刺してくる。
「イヤですけど」
「うわ即答。傷つく……」
「いや、わかって言ってますよね。こんな人多いところで、いいって言うと思うんですか」
「人多いから繋ぎたいんですよ」
「意味わからん」
 二週間ぶりに訪れる有一の部屋は、相変わらず片付いていて、隙がない。グレーと青系の色でまとめられたファブリック。濃いブラウンの木目が渋いローテーブルと、テレビボード。陽はやや傾き、小窓から差し込む西陽が揺れていた。
「今日泊まれる?」
 有一が、上着をハンガーにかけながら尋ねた。
「あ、はい。急ぎの案件もないですし」
「やった。まだ明るいけど、ワイン開けちゃおう」
 彼は、足元の小さなワインセラーを開けた。
「ボジョレー・ヌーボー飲んだことある?」
 キッチンに立つと、2つのグラスを出し、順に赤ワインを注ぐ。
「聞いたことあるけど、ないですね」
「聞いたことあるってレベルかぁ。俺が道弥くんぐらいの頃は、流行ってたのに」
 グラスがひとつ渡され、道弥はその場で一口、口に含んだ。
「どう?」
「うん。飲みやすいです」
「そうだよね。さっぱりしてるから、子供舌の道弥くんでも、飲みやすいかなって」
「誰が子供舌ですか」
 有一の肩を、拳で軽く殴る。彼はいかにも上機嫌に口元を緩めた。
 ひととき沈黙が流れると、途端に体が強張る。口につけたグラスから香る赤ワイン。キッチンの中で、隣り合う体。腕が触れ合いそうな距離。
 ふと、彼のほうを見ると、目が合った。その瞬間に、唇に柔らかい感触を得る。一度唇を離すと、彼は道弥の手からグラスを取り、キッチンのカウンターに置いた。再び唇が触れ、それに応えた。
 顎のラインに沿うように添えられた手が熱い。唇を舐められ、道弥は口を開けた。舌を絡ませ、息が上がる。
 耳に届く水音と、彼の大きな舌。
 脳みそも、内臓も、溶けて実態がなくなっていくかのように、痺れる体。
 彼の腕を、無意識に掴むくらいには、快感に身を預けていた。下半身には熱が集まり、陰部は硬くなっている。それは彼も同じで、いつの間にか密着していた体の、脚の付け根に、彼のものがあたっている。
 溶けて働かなくなった脳みその奥で、かろうじて我に返った。
 二人はまだこの先へ進んだことがない。
 ヴー、ヴー、ヴー。
 スマホの振動音に、心臓が小さく跳ねた。カウンターに置かれたそれを見ると、画面には女性の名前が表示されている。
「……出ていいですよ」
「あとで折り返す。妹だし」
「急ぎの用事かもしれないじゃないですか」
 有一の胸を軽く押し返す。彼は、手のひらで首の後ろを軽くさすってから、スマホを取った。
「……もしもし。どうした。いや、あんまり大丈夫じゃない。……そう」
 彼は道弥に背中を向け、腰に手を当てた。
 通話する彼から離れ、ソファへ座る。テレビをつけ、ストリーミングサービスにログインした。目ぼしい映画を探し始める。
「……あー、わかった。了解。はいはい」
 通話を終えた有一が振り返る。
「あ、また映画見ようとしてる……」
 彼はスマホを置いて、顎に手をあてた。
「妹さん、大丈夫でした?」
「うん。なんか、東京に越してくるかもしれないって話だった」
 彼が隣に座ると、ソファが少し沈む。
「へぇ。今、神戸でしたっけ」
「そうそう。まだ、正式に辞令は出てないらしいんだけど、気が早いよね」
「仲良いですよね」
「いや全然。普通だよ。あ、ていうか彼氏と結婚も決まったみたいで、辞令がどうっていうのも彼氏のね。早く会わせたいみたいでさぁ」
「おお、それは……、おめでとうございます」
「うん、ありがと。でもあいつ、結婚二回目だから、もう勝手にやってくれって感じなんだけど。俺としては」
「へぇ、そうなんすね。あ、有一さん。この前言ってた映画が、もう配信してるんですけど、見ます?」
「うーん……。見る、けど……、あとで見ようよ」
 彼の片足が座面に乗せられ、体がこちらに向いた。道弥の手を握り、顔が近づく。
「もう少し、続きしたい……」
「……でも……」
「わかってる。触らないから。キスだけ……」
 懇願するように、掠れた声で言われ、キスに応じた。顎に添えられた人差し指の、角張った関節と、触れ合う膝。柔らかい舌が、上顎や、歯の内側をなぞっていく。
 すでに痛いくらいに勃起していて、正直辛い。薄目を開けて確認すると、彼の股間も膨らんだままだ。
 喉の奥に、鈍い痛みが広がっていく。


 ベッドシーツは無地で、子供用の学習机ではない木製のデスク。その上には、高校のスクールバッグ、ペン立てに差した幾つもの筆と、絵の具のチューブもいくつか転がっていた。スケッチブックやクロッキー帳の類が何冊も積まれ、棚には画家やイラストレーターの画集と、多肉植物が並べられている。高校生の部屋は、小学生の道弥の部屋と比べると、随分と雰囲気が違う。
 道弥はランドセルを床に置き、ベッドに腰掛けている。一冊のスケッチブックに夢中になっていた。
「これ、どうやって描いているの?」
 淳太郎じゅんたろうに尋ねた。彼は道弥の正面に座り、手元のクロッキー帳に鉛筆を走らせている。
「普通に絵の具だけど。水彩の」
 そう答えた彼は、質問の意図がわからないといったふうに見える。少し長めの前髪をかきあげた。イタリア人の祖父を持つ彼の髪は、見た目からして、指通りがよさそうだ。
「それはわかるけど、絵の具でどういうふうに描くかってことだよ」
 道弥は補足した。その絵は、どこかの海を描いるようだが、不思議な色をしている。実際には、こんな幻想的な色をした景色ではないはずだ。
淳太じゅんたには、景色がこういうふうに見えてるの?」
「だとしたらやばいだろ」
 彼は、椅子の背もたれに体を預けて笑った。
「こういう色にしたら面白いかな、っていう感じかな」
 返ってきた答えは抽象的で、そこはかとなく鼻につく。
「なんだよそれぇ。いいなぁ。僕もこんなふうに描いてみたい」
「描けばいいじゃん。みーくんも絵描いてたでしょ」
「あー、最近はあんまり……。母さんに見つかると、うるさく言われるし……」
「おいおい。道弥くんは今度から六年生になるというのに、ママ、ママって、ママだいちゅきなんでちゅね」
 淳太郎は道弥の隣に座り、肩に手を回した。
「うわぁ、うざ。高校生にはわかんねぇかもしんないけど、小学生なんかこんなもんだから」
 彼の手を、雑に振りほどく。
「いやいや、みーくんのお母さんは、かなり過保護でしょ。過保護っつうかスパルタ? 今日も、俺に勉強教わる名目で来てるもんな」
「……それ、言わないでよ」
「わかってるって。よく頑張ってるよ、お前」
「そう思うなら揶揄からかうな」
「はいはい、悪かったって。じゃあさ、次から一緒に描こうよ。俺も教えるし。ここだったらバレないでしょ」
「……いいの?」
 顔を上げ、彼の顔を見た。
「うん。全然いいよ。みーくんの息抜きになるなら」
「じゃあ……、スケッチブックとか、持ってくる、今度……」
「そうしな。絵の具とか筆とか、使いたいものあれば貸すし」
「え、いいの?」
「ふふ。いいよ」
 彼は笑って、道弥の頭を撫でた。垢抜けていて整った彼の顔は、正直なところ、見惚れるくらいに格好いい。
 淳太郎に触れられて、鼓動が早くなる。
 美術室のような、絵の具のにおいに混ざる彼の匂い。色素の薄い、柔らかそうな髪の毛。
 熱くなった顔を勢いよく逸らし、スケッチブックを再びめくった。

 インターホンを鳴らすと、すぐに玄関のドアが開かれた。嬉しそうに笑う淳太郎が顔を出す。
「おう。持ってきた?」
「うん! おばさん何時に帰ってくるの?」
 自然と声が大きくなる。走ってあがった息を整えた。
「親父と同じくらいだよ。六時とか七時とか。残業んときは、八時とか」
「そうなの。いつも? 遅いね」
「普通じゃね。会社員なんてそんなもんよ」
「夕飯どうしてるの」
「母さんが帰ってきてから作るよ。それか、二人とも遅いときは、ウーバー頼む。じゃあ、作業部屋こっち」
 リビングに面した和室の襖が開けられると、道弥は息を飲んだ。千紫万紅のキャンバスが並んでいるそのさまは、小さな個展のようだった。まさしく、淳太郎専用のアトリエだ。
「わ……、すごいね。こんな部屋あったんだ」
 並べられたキャンバスを、順番に見回す。同時に、胃が締め付けられる思いがした。
「……おじさんもおばさんも、応援してくれてるんだね」
「応援っていうか、好きにすればぁって感じだけどな。うちは昼間ずっといないし、一人っ子だし、まあ自由よ」
 当然のように言い放つ、整った横顔には、何の他意もない。
「そしたら、みーくんのスケッチブック見せて」
 彼は、クッションの上に座りながら、右手を差し出してきた。
「えーでも……、ちょっと……、その、見せれるようなものじゃないかも……。淳太みたいに上手くないし、けっこう前に描いたものだし……」
 両手の指を合わせ、視線を泳がせていると、ため息が聞こえた。
「あのなぁ、上手くなりたいなら、人に見てもらうのが大事なの。誰だって最初から上手いわけじゃないんだよ。いいから見してみ」
 肩にかけたトートバッグからスケッチブックを取り出し、淳太郎に渡す。それを受け取った彼は、よしきた、と小さく呟き、めくり始めた。
「おお。色鉛筆か」
 彼は、ひと通り全てのページをめくってから、また最初からめくり始め、一枚の絵をじっと見入る。そうしては、また別のページをめくり、丹念に見ている。
 その様子を眺めながら、軽く咳払いをし、髪を触る。
「うん、いいんじゃない。なんか優しい感じで。今日はどうする? 色鉛筆使う? 絵の具使うのかなって思ってたけど」
「……色鉛筆なのは、家で絵の具を広げられなかったから……」
 母親に隠れ、こそこそと色鉛筆を使っていた自分の姿を思い出し、顔が熱くなる。
「じゃあ、今日は絵の具が使えるチャンスだな」
 彼は、笑顔で言った。道弥の髪を掻き乱すように撫でつける。
 小さく「うん」と答えて、彼を見た。
「じゃあ、やろっか」
 二人はそれぞれ、スケッチブックを広げる。
「てか、さっきの、何か他にコメントとか、アドバイスは無いの?」
 描き始める前に、彼に尋ねた。
「何が」
「僕の絵。講評してくれるから見たんじゃないの」
「こうひょう? え、講評? あははっ! よく知ってるね、講評なんて! まじめかよ!」
 彼は膝を叩きながら、大袈裟な引き笑いをしている。その様子を冷めた目で眺めた。視線に気づいた彼は、咳払いをして姿勢を直した。
「ごめんって。かわいいなぁと思ってつい」
「あっそう」
「怒るなって。えーっとね、俺は、なんか猫みたいな絵が良いと思った。あとなんか外国の景色みたいなカラフルなやつとか」
「猫みたいじゃなくて、猫なんだけど」
「ああうん。なんか全体的に、可愛い感じのモチーフが、相性いいんじゃない。みーくんのタッチと」
「ふぅん。そうなの」
「うん。俺はそう思うよ。ちょっと貸して。ほら、なんかケーキみたいなやつとかさ……」
 彼は道弥のスケッチブックを再度受け取り、ページをめくった。

 大小様々なサイズのキャンバスが並べられた和室。延々と眺めていても飽きない淳太郎の絵は、キャンバスに描かれていると一層特別に見える。神秘的で、色鮮やか。どことなくノスタルジックで、幻想的だ。
「何を参考にして、描いてるとかあるの?」
 淳太郎の家に入り浸るようになって何枚か絵を描いたが、彼の絵の足元にも及ばない。アドバイスをもらった部分を意識してみても、やはり根本的に何かが違う。個性がなく、つまらない絵になってしまう。
「特にこれっていうのはないけど、いろいろ見るのは大事だよ。美術館に行ったりとか、画集とかでもいいけど。図書館とかにもあるんじゃないかな。今度借りてみれば」
「へぇ。じゃあこれ、どうやって描いてるの」
「それ前も聞かれたなぁ」
 彼は笑いながら、道弥の隣に座った。近寄られると瞬時に、肌の表面がつっぱり、口が乾く。い草と絵の具の匂いが混ざり合い淡く漂う部屋で、他には何の音もしない。リビングと一続きになっている部屋の広さが、二人きりを強調する。
「あのさぁ、俺みたいに描こうと思わなくていいんだよ。みーくんの絵には、みーくんのよさがあるから。それは俺にはないよさだよ」
「でも、僕の絵って……、なんか普通で、こう……、特徴がない気がするんだけど」
「そうかな。ディティールが丁寧に描かれてるし、可愛いモチーフの、可愛さを引き立てるのが、上手だなって思うよ」
「……すごい褒めてくれるじゃん」
「うん。だって本当にそう思うし」
 道弥には、到底描けないようなものを描いている、五歳上の高校生。胸が、僅かに締め付けられる。口元が緩みそうになるのを堪え、下を向く。
「あー、でも強いて言うならぁ」
「え、何」
 彼の顔を見つめ、次の言葉を待った。視線が寄越され、ふと目が合う。
「経験は大事だよ」
「経験って、例えば? どういうこと?」
「いろんな場所に行ったり、いろんなものを見て、美味しいもの食べるとか。感受性を育てるってこと」
「あー、なるほどね」
「まぁ、先生の受け売りだけど」
「はは」
「あと、恋愛経験も」
 彼は、片膝を立てて、体を道弥のほうに傾けてくる。
「ああ、そっちも?」
 心臓が小さく跳ねた。それを悟られないよう目を逸らす。
「みーくん、好きな人とかいる?」
「……いないけど」
 あぐらをかいた足の上で手を組み、瞼を伏せた。組んだ両手の指を、ただじっと見ていた。
「じゃあ、オナニーは?」
「へ? 何……」
 思わず顔を上げる。聞き間違いの可能性を疑ったのだ。
「したことある?」
「何を……」
「だから、オナニー」
「な、な……、ない。ないよ!」
 顔が急激に熱くなっていく。片膝を立て、顔を隠すように項垂れる。
「あは。耳まで赤いんだけど。かわいい。つか、あれか。精通もまだか」
「もうやめろよぉ……。セクハラぁ……」
 精一杯の抵抗だった。
「普通に友達と話さない? こういうこと」
「話さないよ……」
「まあ、小学生だとなぁ。でも中学行ったら普通にこういうこと話すから。今から慣れといたほうがいいよ」
「意味わかんない」
「だぁから、いちいち下ネタぐらいで赤くなってたら、その度に揶揄われるぞ、っていうこと」
「……まだ先だから、そのとき考える」
「いやもう一年もすれば、すぐ中学生じゃん。一年なんてあっという間よ」
 何も言えずに俯いていた。彼の気配が近づいたのを感じた。
「教えてあげようか」
 耳元で声が聞こえ、顔を上げる。「近い」と言って、軽く腕で払いながら体を傾けた。
「教えるって何を」
「だから、やり方。オナニーの」
「絶対やだ!」
 顔を逸らしたまま、声を張った。立てた片膝に上腕を乗せ、顔を隠す。
「いやいや、遅かれ早かれ、必要になってくんだから、今俺に聞いとけって」
 彼は体を寄せて、道弥の腰には腕が回された。
「え、何、なに。やだ、やだ……。教えなくていい。やめて」
 彼の胸に手をあて、押し返そうとするが、力が強く微動だにもしない。小学生と高校生とでは、体格も違う。本気を出されたら敵わないことにたった今気づいた。
「嫌だって! 離せよ……!」
「みーくんさぁ、想像してみ? ある朝突然、夢精してたら、そっちのほうがイヤんなるから。パンツ洗ってるときに、家族に見られでもしたらどうよ? 気まずくて死にたくなるよ」
「……」
「お、想像できた? じゃあ貸してみ」
 流れるように押し倒され、ズボンに手をかけられた。
「うわ! やめて……! やめろっ! ふざけんな……!」
 下げられそうになっているズボンを、必死に引っ張り上げ抵抗した。拳で彼の胸を思い切り殴ったが、その手首も掴まれてしまう。
「痛いよ、みーくん。殴んないで」
「だったら、そっちがやめろよ!」
「何がそんなに嫌なの。痛いことしないよ。ほら……、いい加減、大人しくしてよ」
 体を完全にホールドされ、動けない。ズボンとパンツを一緒に下ろされ、下半身が露わになる。
「はは。皮かぶってるね。剥くとこからかぁ」
「う……、いやだ……。も……、こわい、こわい……。ほんとにやめて……」
 喚きながら抑えていた恐怖が、溢れ出すと涙に替わった。震える声で訴えた。
「ええ……、泣いちゃった。大丈夫だってぇ。怖いことも、痛いこともしないから……。気持ちいいことしかしないよ」
 髪に手が触れ、頭を撫でられた。ただ、一度決壊した涙は止まらず、両手で顔を覆い、嗚咽を繰り返した。
「あ、じゃあ、怖くなくなるキスしよう。ほら、手ぇどけて」
 両手首を片手で掴まれ、手のひらを下げられる。涙と鼻水で濡れた顔が、空気に触れた。
「はい、ちゅうー」
 彼の顔が近づき、瞼を固く瞑ると、額に柔らかい感触を得た。
「……そっち?」
 そう言った瞬間に、唇を奪われた。
「はは。思ったこと、全部言っちゃうんだね。おでこかよ、って思った?」
 呆気に取られ何も言えずにいるうちに、再び口を塞がれる。唇を、触れては離しを繰り返す。
「みーくん、チューしたことある? 今まで」
「……ない」
「じゃあ、ファーストキスだ。どう?」
「どうって、何が……」
「初めてのチューの感想は」
「……や、わらかい……?」
「そうそう。やぁらかくて、気持ちいいよね。ちんちん触るのもこれの延長だから、なんにも怖くないよ」
 彼はそう言って、キスを重ねた。顔を手のひらで優しく触れられ、親指の腹で、頬を柔らかく擦られる。
「じゃ、次は口開けて。ベロ入れるから、俺の動き真似してみて」
「え、なにそれ……」
「こういうキスがあんの。気持ちいいからやってみ。ほら、口開けて」
 言われるがまま、口を開くと、ぬめった舌が侵入してくる。口の中を掻き回すように、舌がなぞっていく。
「みーくん、ベロ出して、俺の動き追ってみてってば」
「わかんない……、むずいってぇ」
「仕方ないなぁ。じゃあこれは、追い追いとして……。した触るよ。俺の手の感覚に集中して」
 彼の手のひらが、腹の上を滑り、下半身へ移動する。太腿を撫で、足の間へと滑っていく。
「え、あっ、やだ! 淳太!」
「もう……、だぁから、大丈夫だって! ほら、ちゅーしよ」
 唇を押し付けるように、口を塞がれた。彼の手の指が、柔らかく陰茎をなぞっていく。腹の奥のほうから、もどかしいような感覚が湧いてくる気がした。茎を手のひらで包まれ、先端をそっと擦られると「んっ」と、声が漏れる。
「な、気持ちよくなってきただろ。目ぇ閉じて、触られてる感覚を追ってみて」
 耳元でそう囁かれる頃には、抗うことを諦めていた。身を預け、白い天井の、輪郭のないダウンライトをぼんやりと見つめる。与えられる快楽に、考える頭ごと放り込んで。
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