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レンside
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「……レン様、ルナ様は婚約破棄のこと、何とも思ってないみたいでしたね。
周りからは才色兼備とか言われてるけれど、人としての感情ってないんですかね。
少なくとも、今までレン様の事を慕っていたのなら、泣いて縋り付くくらいするはずではないのですか?
レン様はご自分の事を相応しくないと言いましたけれど、私としてはルナ様の方がレン様には相応しくありませんよ!!」
ま、泣いて縋り付かれるのも困るんですけどね。
そう吐き捨てるサラは、ルナが去っていった方をいまだ睨みつけている。
さっきから、サラはずっとこの調子だ。
サラが今まで人の悪口を言っているのは聞いたことがなかった。
ましてや、ルナのことなど悪く言ったことはなかったサラが、憎いものでも見るような顔で口から毒を吐き出している。
何かルナに恨みでもあるのだろうか。ルナとサラは今日が初対面のはずだったが。
ルナの方も、サラと顔馴染みという対応ではなかった。
もしかしたら、サラはルナに嫉妬してくれているのかもしれない。
そう思うと、少し嬉しく感じてしまう自分がいた。
ルナは、私が他の令嬢達に囲まれていても、いつも何も言わずにそっとそばを離れて、微笑を浮かべながら待っていた。
周りからは、なんて慎ましく素敵な女性だと褒められたが、私は素直に喜べなかった。
婚約者が他の令嬢に囲まれていても何とも思わないのか?
普通は少しくらい嫉妬するものではないのか?
こんなみっともないこと聞けるはずもなく、ただ不安だけが積もっていった。
それに比べサラは、思ったことは素直に言ってくれる。
ルナと比べれば少し子どもっぽく我儘な部分もあるのかもしれないが、可愛いものだ。
「レン様?いきなり黙って、どうされました?」
ひとしきり言い終わったのか、不思議そうな顔をしたサラが顔を覗き込んできた。
「ああ、すまない、少し考え事をしていた。」
「……ルナ様の事ですか?さっさと忘れた方がいいですよ。
だって、レン様を不安にするくらい酷い態度だったのでしょう?」
そう言い、またぶつぶつとルナの悪口を言い始めた。
私のためにそこまで言ってくれるのは、はっきり言って悪い気はしない。
けれど、流石に元婚約者とはいえ、人の悪口を聞き続けるのはあまり気持ちがいいものでは無い。
そろそろ止めなければ、屋敷の従者が迎えに来て、サラの言ったことを聞いてしまうかもしれない。
それは色々とまずい。
孤児院出身のサラが、貴族であるルナの悪口を言ったとなればそれなりの罰が下されるだろう。
それはいけない。
そう思い、サラの肩に手を置いて声をかけた。
「……そのへんにしておかないか。
そもそも、悪いのは私達じゃないか。ルナは悪くないだろう。」
そう言うと、心外だというような顔でサラは勢いよく振り返り、顔を見つめ返してきた。
「何をおっしゃってるんですか!!!婚約者が完璧すぎて好きになれないと嘆いていたのはレン様でしょう!?
婚約者に愛して貰えない女なんて、価値があるとはいえません!」
価値?どうして彼女の価値をサラが決めるのだろう。
それとこれとは話が別な気がするのだが。
…いや、でも、よく考えれば彼女の言う通りかもしれない。
ルナにも少しくらい欠点があったら、私も愛し続けることができた。
素晴らしい令嬢を嫁に貰ったと噂され、今まで以上のプレッシャーを周囲から与えられたこの気持ちを、ルナは知らないだろう。
絹のように柔らかく、小滝がうねるようにさらさらと靡く銀髪。
濁りのない、澄んだ紫色の瞳。
雪のような肌に華奢な体。
そして凛とした声色。
彼女に惹かれない人はいないだろう。
社交界ではルナという名前とかけて、月の妖精だと囁かれていた。
その名の通り、彼女に魅せられた人は必ず彼女を好きになった。
彼女は婚約式の日、
「レン様が初恋で一目惚れです。」
そう言ってくれた。
今となっては本当かどうかは分からない。
でも、一目惚れしたのは彼女だけではなかった。
あのお茶会で、彼女を見た私は、本当にあの子は人間なのかと真面目に疑った。
月の妖精という名は、伊達ではなかった。寧ろ想像を遥かに超えてきた。
それほどに、幼いながらも美しかった。
そして、聡明で賢く、人望もある彼女を好きになるのに時間はかからなかった。
幼い頃の私は、とにかくルナの事が大好きで、ずっと一緒にいたいと常々思っていた。
綺麗なルナ、賢いルナ、自慢の婚約者だった。
けれど、歳を重ねるにつれ、自分が何においても、ルナに負けていることに気付いた。
勉強も、人望も、知恵も、遥かにルナの方が上だった。
そんな彼女が隣にいることに、いつしか自分へのやるせなさと劣等感が積み重なっていた。
そんな時だった。
あの時、サラと会って、久しぶりに心から笑えた気がしたのだ。
劣等感もプレッシャーも感じない。
彼女といると、家柄も何もかも忘れられた。
ただ、それだけの事が何よりも心を癒した。
いつしか、そばにいて欲しいのはルナではなく、サラになっていった。
ルナは完璧だった。
けれど、私は彼女を愛することができなくなっていた。
私が彼女を愛することができなかったのは、彼女が私に愛される努力をしていなかったからなのだ。きっとそうだ。
そう思わなければ、婚約破棄までしてルナを突き放した理由が見つからない。
それに私にはサラのような可愛らしく素朴な、ふんわりとした人があっているんだ。
引く手数多な彼女のことだ。
すぐに婚約を申し込まれることだろう。
だから私は、このサラと共に生きていこう。
そう思い、未だにぶつぶつと悪口を言っているサラの手を握った。
サラは驚いたように目を丸くしたが、すぐに頬を赤らめてぎゅっと握り返してきた。
「レン様、私達、ずっと一緒にいましょうね!!」
そう、この笑顔が欲しいんだ。
ルナの笑顔を見たのはいつだったか。
いつも微笑んでくれてはいたが、きっと心の中では見下していたのだろう。
ああ、なんてつまらない男なのだろうと。
婚約を申し込んできたのはあちらだが、きっと子供の頃の初恋をこじらせてしまっただけだ。
だから今はとっくに愛も冷めているはずだ。
これで良かったんだ。これで。
サラの手を握り直して、屋敷へと向かう。
一瞬、ルナが去る前の、最後の泣き出しそうな表情がチラついた。
そういえば、あんな顔は見たことがなかった。
プライドが傷つけられた事が嫌だったのだろうか。
少しの違和感に首を捻ったが、サラと屋敷に着く頃には、全て忘れ去っていた。
周りからは才色兼備とか言われてるけれど、人としての感情ってないんですかね。
少なくとも、今までレン様の事を慕っていたのなら、泣いて縋り付くくらいするはずではないのですか?
レン様はご自分の事を相応しくないと言いましたけれど、私としてはルナ様の方がレン様には相応しくありませんよ!!」
ま、泣いて縋り付かれるのも困るんですけどね。
そう吐き捨てるサラは、ルナが去っていった方をいまだ睨みつけている。
さっきから、サラはずっとこの調子だ。
サラが今まで人の悪口を言っているのは聞いたことがなかった。
ましてや、ルナのことなど悪く言ったことはなかったサラが、憎いものでも見るような顔で口から毒を吐き出している。
何かルナに恨みでもあるのだろうか。ルナとサラは今日が初対面のはずだったが。
ルナの方も、サラと顔馴染みという対応ではなかった。
もしかしたら、サラはルナに嫉妬してくれているのかもしれない。
そう思うと、少し嬉しく感じてしまう自分がいた。
ルナは、私が他の令嬢達に囲まれていても、いつも何も言わずにそっとそばを離れて、微笑を浮かべながら待っていた。
周りからは、なんて慎ましく素敵な女性だと褒められたが、私は素直に喜べなかった。
婚約者が他の令嬢に囲まれていても何とも思わないのか?
普通は少しくらい嫉妬するものではないのか?
こんなみっともないこと聞けるはずもなく、ただ不安だけが積もっていった。
それに比べサラは、思ったことは素直に言ってくれる。
ルナと比べれば少し子どもっぽく我儘な部分もあるのかもしれないが、可愛いものだ。
「レン様?いきなり黙って、どうされました?」
ひとしきり言い終わったのか、不思議そうな顔をしたサラが顔を覗き込んできた。
「ああ、すまない、少し考え事をしていた。」
「……ルナ様の事ですか?さっさと忘れた方がいいですよ。
だって、レン様を不安にするくらい酷い態度だったのでしょう?」
そう言い、またぶつぶつとルナの悪口を言い始めた。
私のためにそこまで言ってくれるのは、はっきり言って悪い気はしない。
けれど、流石に元婚約者とはいえ、人の悪口を聞き続けるのはあまり気持ちがいいものでは無い。
そろそろ止めなければ、屋敷の従者が迎えに来て、サラの言ったことを聞いてしまうかもしれない。
それは色々とまずい。
孤児院出身のサラが、貴族であるルナの悪口を言ったとなればそれなりの罰が下されるだろう。
それはいけない。
そう思い、サラの肩に手を置いて声をかけた。
「……そのへんにしておかないか。
そもそも、悪いのは私達じゃないか。ルナは悪くないだろう。」
そう言うと、心外だというような顔でサラは勢いよく振り返り、顔を見つめ返してきた。
「何をおっしゃってるんですか!!!婚約者が完璧すぎて好きになれないと嘆いていたのはレン様でしょう!?
婚約者に愛して貰えない女なんて、価値があるとはいえません!」
価値?どうして彼女の価値をサラが決めるのだろう。
それとこれとは話が別な気がするのだが。
…いや、でも、よく考えれば彼女の言う通りかもしれない。
ルナにも少しくらい欠点があったら、私も愛し続けることができた。
素晴らしい令嬢を嫁に貰ったと噂され、今まで以上のプレッシャーを周囲から与えられたこの気持ちを、ルナは知らないだろう。
絹のように柔らかく、小滝がうねるようにさらさらと靡く銀髪。
濁りのない、澄んだ紫色の瞳。
雪のような肌に華奢な体。
そして凛とした声色。
彼女に惹かれない人はいないだろう。
社交界ではルナという名前とかけて、月の妖精だと囁かれていた。
その名の通り、彼女に魅せられた人は必ず彼女を好きになった。
彼女は婚約式の日、
「レン様が初恋で一目惚れです。」
そう言ってくれた。
今となっては本当かどうかは分からない。
でも、一目惚れしたのは彼女だけではなかった。
あのお茶会で、彼女を見た私は、本当にあの子は人間なのかと真面目に疑った。
月の妖精という名は、伊達ではなかった。寧ろ想像を遥かに超えてきた。
それほどに、幼いながらも美しかった。
そして、聡明で賢く、人望もある彼女を好きになるのに時間はかからなかった。
幼い頃の私は、とにかくルナの事が大好きで、ずっと一緒にいたいと常々思っていた。
綺麗なルナ、賢いルナ、自慢の婚約者だった。
けれど、歳を重ねるにつれ、自分が何においても、ルナに負けていることに気付いた。
勉強も、人望も、知恵も、遥かにルナの方が上だった。
そんな彼女が隣にいることに、いつしか自分へのやるせなさと劣等感が積み重なっていた。
そんな時だった。
あの時、サラと会って、久しぶりに心から笑えた気がしたのだ。
劣等感もプレッシャーも感じない。
彼女といると、家柄も何もかも忘れられた。
ただ、それだけの事が何よりも心を癒した。
いつしか、そばにいて欲しいのはルナではなく、サラになっていった。
ルナは完璧だった。
けれど、私は彼女を愛することができなくなっていた。
私が彼女を愛することができなかったのは、彼女が私に愛される努力をしていなかったからなのだ。きっとそうだ。
そう思わなければ、婚約破棄までしてルナを突き放した理由が見つからない。
それに私にはサラのような可愛らしく素朴な、ふんわりとした人があっているんだ。
引く手数多な彼女のことだ。
すぐに婚約を申し込まれることだろう。
だから私は、このサラと共に生きていこう。
そう思い、未だにぶつぶつと悪口を言っているサラの手を握った。
サラは驚いたように目を丸くしたが、すぐに頬を赤らめてぎゅっと握り返してきた。
「レン様、私達、ずっと一緒にいましょうね!!」
そう、この笑顔が欲しいんだ。
ルナの笑顔を見たのはいつだったか。
いつも微笑んでくれてはいたが、きっと心の中では見下していたのだろう。
ああ、なんてつまらない男なのだろうと。
婚約を申し込んできたのはあちらだが、きっと子供の頃の初恋をこじらせてしまっただけだ。
だから今はとっくに愛も冷めているはずだ。
これで良かったんだ。これで。
サラの手を握り直して、屋敷へと向かう。
一瞬、ルナが去る前の、最後の泣き出しそうな表情がチラついた。
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プライドが傷つけられた事が嫌だったのだろうか。
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