それでも貴方を愛してる

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月の花

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血反吐を吐くような思いで努力してきた、何事も。

好きで努力してきたわけじゃない。当たり前だ。
勉強も運動も、マナーも全部。

全て、あの人と結婚するため。


幼い頃に初めて出席した、貴族だけが出席するパーティーの時だった。
綺麗なアーモンドアイに白い肌、艶のある黒髪に心地よい声色。
優しげな顔立ちと、芯の強さが感じられる佇まい、何よりも圧倒的なオーラに惹かれた。
まるで王子様のような人だと。
「はじめまして。」
それだけで私は恋に落ちた。



おとぎ話では、王子様の隣にはいつもお姫様がいる。
その当時の私は、お姫様とはお世辞でも言えなかった。
顔もきつくて、性格もつっけんどんだった。
優しい王子様のようなあの人には釣り合わない。
そう思って自分を変えてきた。
性格も、笑い方も、優しい可愛い女の子を目指してきた。
そのおかげか、今では自他ともに認める才色兼備の令嬢だ。


幸い私の両親は高い身分の貴族だったので、彼とも何度か会う機会があった。
いつ見ても彼は美しく、洗練された仕草で私を夢中にした。
優しく微笑んでくれるだけで、甘く囁いてくれるだけで、私は幸せだった。

「君はいつ見ても綺麗だね。」

なんて素晴らしい言葉だろうか。
私に向けて言ってくれる言葉は、なんだって素晴らしいものに聞こえた。
この人が言う言葉はいつも心地よい。
この人に、私だけに愛を囁いて欲しい。
この人の、この人だけの妻になりたい。
それだけだった。


「改めて、よろしくね。」
父に頼み込み、自分磨きを限界まで高め、とうとう彼の婚約者になることができた。
彼も自分を愛してくれていると感じた。
婚約を申し込んだ時、いつもよりも更に美しい笑みで、喜んでと言ってくれた。

「私の事、どう、思っていますか?」
それでも、少しぐらい聞いてみたくなった。
私を愛してくれているのかどうか。

だから1度だけ聞いた。
婚約式の日だった。
彼はその美しい眼差しを向けて
「大切な人だと思っているよ。」
私にそう囁いた。


その人が現れたのは、婚約から1年後のことだった。
私達はお互い、学生の身だったため、成人してから正式に結婚しようと決めていた。
だから、まだ恋人のような関係だった。

だからだろうか、彼に捨てられてしまったのは。

ある日の放課後のことだった。

「今日、迷子の新入生にあったんだ。
ひどく焦っていてね、なんでこんなに校舎が広いんだと愚痴をこぼしていたよ。」

彼の屋敷のサロンで、いつものようにお茶をしていた時、彼にしては珍しく饒舌に話してくれた。

「例えて言うなら兎?いや、リスのような子だったな。ちょこちょこと走り回っては、時々つまづいて転ぶんだ。危なっかしいんだ。」


随分楽しそうな顔をするんですね、とは言えなかった。私と話してる時、笑ってくれる時は勿論あったけれど、そんな風には笑ってくれなかった。

「可愛い子みたいですね。」

そう言うと、彼はまた楽しそうに同調した。

「君はとても美しくて、芯が強くて、かっこいい女性だと思っているよ。月に照らされて咲く花のようだ。
けれど、あの子はまるで素朴な草花のようだと思うんだ。」

草花、ただの雑草ではないか。
この人にこんな顔をさせるなんて。
私でも見たことがない表情だ。


彼は、国の中でも位が高く、高貴な家柄の身分だ。
幼い頃から厳しい稽古をつけられてきたのだ。
だから、たまには草花と戯れる息抜きも必要なのだろうか。
たとえ婚約者がいたとしても。
けれど、彼は硬派な方だ。
そんなことするだろうか。

一瞬自分の邪な考えに惑わされそうになり、必死に理性を取り戻す。

彼を見ると、まだ思い出に浸っているのか、いつになく朗らかに微笑んでいた。

その表情に胸が締め付けられた。

「憧れます。そのような可愛さは、生憎私は持ち合わせていないので、、」

「何を言う。君には君の良さがあるじゃないか。
その銀髪も、金色の瞳も、私にはないもので、私にとっても憧れるものだ。
君はとても美しいよ。」

そう言って私の手を取り、手の甲にキスをした。

ああ、いつもだったら歓喜のあまり卒倒しそうになるくらいなのに、なぜだか今日は何も感じなかった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

別れは突然だった。
「すまない。」

そう言って私に頭を下げる。
彼の隣りには、 同じように申し訳なさそうな表情をした小さな草花がいた。

「顔をあげてください。」

そう言うと、2人はゆっくりと顔を上げた。

綺麗なアーモンドアイと、ビー玉のように透き通った水色の大きな瞳。
私よりいくらか低い身長に、可愛らしい顔立ち、茶髪でショートカット、何もかも私と違う。

「私はこの人を、、生涯の妻とすることに決めた。今まで、婚約者だったが、解消して欲しい。」

いつもの優しい声色とは違い、緊張したような真剣な声。
でも、その眼差しからは、強い意志が感じられた。

「そうでしたか。その方と結婚することにしたのですね。

理由を、聞かせてもらっても良いですか?」

そう聞くと、彼は驚いたように、怒らないのか?と言うような顔で見てきた。
今更何を怒るというのだろうか。
怒ったところで彼がもう一度私と婚約してくれるのなら、いくらでも怒るに決まっている。

「私は、君にとって良い婚約者ではなかったと、思う。
君に釣り合う男になりたいと思ってきた。
けれど、彼女と会って、ありのままの自分を受け入れてくれる存在を求めていたと気づいたんだ。

君には、私より遥かに優れた人や、才能がある人が似合うと思う。
私では持て余してしまうんだ、君のことを。

君のことは尊敬してるし、好いているよ。
けれど、妻になって欲しいのは、君のような美しい華ではなく、彼女のような、小さな草花なんだ。

どうか、別れてはくれないか。」



何がいけなかったのだろう。


私に釣り合わない?それはこちらが言う言葉だ。
引く手数多な彼に、私が釣り合っていないと言うなら分かるけれど。

それに私は、今まで彼以上に優れた人を見たことがない。
いや、もしかしたら居たのかもしれないけれど気づかなかったのか。気づいていたとしても、私は彼以外を好きになることなんてあるはずないのに。

どうして彼にこんなことを言わせてしまったのだろうか。
努力してきた、血反吐を吐く思いで。
その結果がこの有様というわけだ。全く、馬鹿馬鹿しくて笑える。

私が愛してきた彼は、既に隣の雑草のトリコ。
どう足掻いたって、今更取り返せはしない。

信じて貰えなかったのだろうか、私の気持ちを。

それに、この国の仕組みでは婚約者だからといって、必ず結婚する訳でもない。
やられた。


「……そうでしたか。分かりました。
両親には私から伝えておきます。後日、婚約破棄についての書類も送ると思います。
手続きの日程はこちらで決めさせてもらっても良いですか?」

「あ、ああ。頼む。」

彼にしては珍しく狼狽えている様子だった。

「分かりました。
長年お慕いしてきた身としては、残念ではありますが、私が望むのは貴方の1番の幸せです。
貴方の隣りに私がいないのは心残りではありますが、どうか、末長くお幸せに。」

では、と礼をして立ち去る。

2人の視線が背中越しに伝わってくる。

最後に彼がなにか言いかけていた気がするけど、気の所為だろう。
だって、彼の腕に甘えるようにして凭れかかっていたのは、あの雑草だったんだから。

それを彼は振り払わず、好きなようにさせていた。
つまり、彼女を受け入れたということだろう。


泣くな、泣くな、泣いたらダメ、そう言い聞かせてふと気づいた。

ああ、だから私は選ばれなかったのだと。
ここで、どうしてですか、別れたくないですと泣き崩れる可愛い女の子を彼は求めていたというのに。

どれだけ頑張っても、根本の性格は変えられなかった。こんな時でさえ、涙ひとつも流そうとしない。
可愛げのない女だと我ながらに思った。

月夜に照らされる華なんかになりたくない。
あなただけの可憐な花でありたかった。












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