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第2話 外出恐怖症
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キリトがティーポットに手をかざすと、コトコトと蓋が震え出した。その途端、爽やかな香りがフワフワと宙を舞う。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、キリト。ああああ!分かった!これはポテトチップスだ!」
「そうだな、確かにポテトチップスを食べてるみたいだな」
「カリカリでパリパリでしょっぱいやつだよね」
「ああ」
「僕も食べたいなぁ」
目尻の下がった大きな瞳に見つめられ、キリトは言葉に詰まった。
大好きな恋人が欲しいというものは全て与えてあげたい。キリトにはそれを叶える能力だって魔力だってあったけれど、今日用意したおやつはそのような力を一切使わずに特別に自力で作ったものだった。
「残念なんだが、今日のおやつはマカロンだ。昨日食べたいって言ってたから焼いてみたんだが…」
「マカロン!」
「ああ、昨日見ていたスノードームに映っていただろ?すごく食べたそうだったから…」
「キリトが焼いたの?」
「魔法を使わなかった少し歪だけど」
「魔法使わなかったの?」
「一から自分で作ってみようと思って」
「なんで?魔法を使ったほうが早いのに!」
「自力でやったほうが気持ちが込められるかなって思って」
「気持ち?」
「お前のことが好きだって気持ちだよ」
魔法を使わずにお菓子を焼くなんて自分らしくないことをしたキリトは、モグモグと桃色のマカロンをつまむアイラを抱きしめた。砂糖の甘い匂いが肺に広がり、恋人の温かい体温が心を溶かす。
「あんまーい!真ん中に挟まってるのはチョコ?」
「ガナッシュだよ。甘すぎた?」
「んーん、ちょうどいい」
魔法を使わずに作ったマカロンは魔法で作ったへーラルティーにぴったりの甘さだった。
「あ!見て、ポテトチップス以外にもなんか食べてる!」
「本当だ、どれどれ、少し近づいてみるか?」
「うん!」
キリトがサッと手をかざすとスノードームの中に座る少年が先ほどより大きく映し出された。手元に置かれたポテトチップスの隣に紙の小箱が置かれている。
「えーっと、パイの実?キリト、パイの実ってなんだろう?」
「何だろうな。聞いたことも見たこともないお菓子だ」
「僕も食べたい!」
硝子の球に映るのはカラフルなパッケージと少年が無造作に掴み口へと運んでいく小さなパンのようなもの。口に入れるとサクサクといかにも美味しそうな音が鳴り響く。
「パイ…パイってパイだよね、キリト?」
「そうだな、パイって言ったらアップルパイみたいなモノだと思うが…」
「これ、作れる?」
「食べたことないお菓子を作るのは不可能だよ、アイラ。味もわからなければ食感だって分からない。再現できるとしたら色と形だけとなってしまうな」
「そんなぁ」
大げさなほど肩を落とし座り込むとアイラはドームを床に置いた。恋人が作ったマカロンの甘さが未だに口の中に残り、これ以上なく幸せであるべきなのに、心の中は寂しくてしょうがない。
外の世界に出ることが怖くさえなければ、キリトと一緒にスノードームに映る世界に向かい、この美味しそうな『パイの実』とやらを手に入れていたのに。
そう、外に出ることさえできれば。
簡単なことであるはずなのに、10年以上アイラは外に出れていなかった。この恐怖症の原因と言えば、アイラとキリトの世界では残念ながらよくあることなのだが、幼くて恐れることを知らなかったアイラをドラゴンが襲ったことだろう。
冬になるとこの地域に移動してくるドラゴンたちは普通のドラゴンよりも大きく凶暴なことで知られている。大抵の動物が冬眠に入ってしまう冬に、動きが鈍く手、柔らかく新鮮な肉のついた人間の子供たちは彼らにとって格好の獲物なのだ。
「大人なしで遊んではいけない。一人で外に出るな」
そう口ずっぱく両親から言われていたにも関わらず、そのころから好奇心旺盛だったアイラは一人で城の外に向かい雪遊びを始めた。
そこからどうやってドラゴンに襲われたかは、目撃した大人がいないことから分かっていない。
分かっていることと言えば、見習い魔法使いだったキリトが飛んで助けに行ったことと、その瞬間からアイラが外に出ることを異様に恐れるようになったことだ。
魔法でほとんどのことが出来てしまう世界だが、どんな手を尽くしてもアイラの恐怖症は直らなかった。それならそのまま健やかに育ってくれればとアイラの両親は望み、その望みに答えるようにアイラはこの城の中で10年間、幸せに暮らしていたのだ。
危機一髪のところでアイラの身を守ってくれたキリトは、気づいたらいつか恋人になっていた。あの日から一緒にいることが当たり前になっていたから、そうなったことは自然な流れだったのだろう。
外に出なければ、『パイの実』のある世界に行けない、ということはこの城から出なければ一生アイラは『パイの実』の味を知らずに生きていくことになるということだ。
他のお菓子だってそうだ。
キリトが見たことも食べたこともないものなら、魔法を使ってだって作り出せない。
外に出れない自分を思い大好きな恋人が作ってくれたスノードームは、アイラの知らなかった世界やお菓子を映し出してくれ、見ているだけで世界を旅した気分にしてくれるがそれだけでは物足りなくなってきていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、キリト。ああああ!分かった!これはポテトチップスだ!」
「そうだな、確かにポテトチップスを食べてるみたいだな」
「カリカリでパリパリでしょっぱいやつだよね」
「ああ」
「僕も食べたいなぁ」
目尻の下がった大きな瞳に見つめられ、キリトは言葉に詰まった。
大好きな恋人が欲しいというものは全て与えてあげたい。キリトにはそれを叶える能力だって魔力だってあったけれど、今日用意したおやつはそのような力を一切使わずに特別に自力で作ったものだった。
「残念なんだが、今日のおやつはマカロンだ。昨日食べたいって言ってたから焼いてみたんだが…」
「マカロン!」
「ああ、昨日見ていたスノードームに映っていただろ?すごく食べたそうだったから…」
「キリトが焼いたの?」
「魔法を使わなかった少し歪だけど」
「魔法使わなかったの?」
「一から自分で作ってみようと思って」
「なんで?魔法を使ったほうが早いのに!」
「自力でやったほうが気持ちが込められるかなって思って」
「気持ち?」
「お前のことが好きだって気持ちだよ」
魔法を使わずにお菓子を焼くなんて自分らしくないことをしたキリトは、モグモグと桃色のマカロンをつまむアイラを抱きしめた。砂糖の甘い匂いが肺に広がり、恋人の温かい体温が心を溶かす。
「あんまーい!真ん中に挟まってるのはチョコ?」
「ガナッシュだよ。甘すぎた?」
「んーん、ちょうどいい」
魔法を使わずに作ったマカロンは魔法で作ったへーラルティーにぴったりの甘さだった。
「あ!見て、ポテトチップス以外にもなんか食べてる!」
「本当だ、どれどれ、少し近づいてみるか?」
「うん!」
キリトがサッと手をかざすとスノードームの中に座る少年が先ほどより大きく映し出された。手元に置かれたポテトチップスの隣に紙の小箱が置かれている。
「えーっと、パイの実?キリト、パイの実ってなんだろう?」
「何だろうな。聞いたことも見たこともないお菓子だ」
「僕も食べたい!」
硝子の球に映るのはカラフルなパッケージと少年が無造作に掴み口へと運んでいく小さなパンのようなもの。口に入れるとサクサクといかにも美味しそうな音が鳴り響く。
「パイ…パイってパイだよね、キリト?」
「そうだな、パイって言ったらアップルパイみたいなモノだと思うが…」
「これ、作れる?」
「食べたことないお菓子を作るのは不可能だよ、アイラ。味もわからなければ食感だって分からない。再現できるとしたら色と形だけとなってしまうな」
「そんなぁ」
大げさなほど肩を落とし座り込むとアイラはドームを床に置いた。恋人が作ったマカロンの甘さが未だに口の中に残り、これ以上なく幸せであるべきなのに、心の中は寂しくてしょうがない。
外の世界に出ることが怖くさえなければ、キリトと一緒にスノードームに映る世界に向かい、この美味しそうな『パイの実』とやらを手に入れていたのに。
そう、外に出ることさえできれば。
簡単なことであるはずなのに、10年以上アイラは外に出れていなかった。この恐怖症の原因と言えば、アイラとキリトの世界では残念ながらよくあることなのだが、幼くて恐れることを知らなかったアイラをドラゴンが襲ったことだろう。
冬になるとこの地域に移動してくるドラゴンたちは普通のドラゴンよりも大きく凶暴なことで知られている。大抵の動物が冬眠に入ってしまう冬に、動きが鈍く手、柔らかく新鮮な肉のついた人間の子供たちは彼らにとって格好の獲物なのだ。
「大人なしで遊んではいけない。一人で外に出るな」
そう口ずっぱく両親から言われていたにも関わらず、そのころから好奇心旺盛だったアイラは一人で城の外に向かい雪遊びを始めた。
そこからどうやってドラゴンに襲われたかは、目撃した大人がいないことから分かっていない。
分かっていることと言えば、見習い魔法使いだったキリトが飛んで助けに行ったことと、その瞬間からアイラが外に出ることを異様に恐れるようになったことだ。
魔法でほとんどのことが出来てしまう世界だが、どんな手を尽くしてもアイラの恐怖症は直らなかった。それならそのまま健やかに育ってくれればとアイラの両親は望み、その望みに答えるようにアイラはこの城の中で10年間、幸せに暮らしていたのだ。
危機一髪のところでアイラの身を守ってくれたキリトは、気づいたらいつか恋人になっていた。あの日から一緒にいることが当たり前になっていたから、そうなったことは自然な流れだったのだろう。
外に出なければ、『パイの実』のある世界に行けない、ということはこの城から出なければ一生アイラは『パイの実』の味を知らずに生きていくことになるということだ。
他のお菓子だってそうだ。
キリトが見たことも食べたこともないものなら、魔法を使ってだって作り出せない。
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