Lost Fiction

湯月@重陽

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王の眼

酔覚めの水

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 悲鳴。


 直ぐ側の出口から。

 --気づけば、私の身の側を影が駆け抜けて、他の出口たちに煉瓦を積んでいた。--

 最早、顔も這入らぬ煉瓦の隙間から、白い指先が、溺れる人が藁を掴もうとするように暴れ出る。
 慌てて退いた人波の間から、大きな槌を持った男が歩み出た。

 大きく振り上げられる槌。振り下ろされる

 白い指先がひしゃげ、 

 絶叫。


 赤い華が 赤赤と 咲いて …  潰れ。白い骨が。



 …違う 違う 違う違う違う 違った!
 違った
  違った! 

 …此れは、悲劇だ。
 皆に必要でも、此処で起きているのは悲劇だ。

 此れは悲劇だ。
 例えどれ程、皆の為の聖劇でも。贄として捧げられる悲劇だ。
 
 もしも悲劇でないと云う者が在るならば、
 君よ 彼女と代わるがいい!!

 …声も出せず、動く事も出来ない私を お願いだから 罵って





「敷居は踏むなよ。お若いの」

 其れは敵対の作法だからね。

「昔は糸を張ったのさ。湾に鉄鎖を張るように。
 海では今でも鎖を使うかね。
 潜り跨ぐのは 訪れ。
 しかし、剣もて断ち切り踏み躙るは__侵犯だ。」

 母の母である人は、私の祖母であるはずの見知らぬ人は、火の番をしながら そう云った。
 母の後継に定まって後、城を出ることになった。
 王となる為の学びに、各地の有力者の元を周る。
 _私は余りに無知だった。


 母の母の家の隅。声掛けられた、見知らぬ男。
 眼の前の暗い目をした男。見知った目元、母の面影。
 見慣れた 。其の片割れと名乗った人の恨み言を聞かされる。

「アレは偽りの王。妹の為に用意された活路を奪い、のうのうと生き延びた偽王」

 …憐れな男。自らの悪意が跳ね返った其の結末に、今になっても気付かない。
 _憐れなだ。死を望まれていたのか。
 

 お前さえ大人しく死んでおけば、皆幸せになったのに!!


 云われたくもない悍ましい妄言が、きっと母親の心を打ち砕いた。
 憐れな人だ。可哀相な人だ。あれ程までに為るのも、納得の悲劇。



 …でも其れ悲劇って、私達に関係あるの?
 "私の不幸を思い知れ"。私達に、関係あったの?



 片割れ亡くしても己の悪意に気づかぬ、此の愚かな人も。
 のた打ち回り、罵倒しながらも、家族の愛を求める母も。
 取り戻せると思っているの。 何を?

 私の姉妹は戻らない、 
 何も取り戻せやしない。
 時は逆戻らずに、喪った人は戻らない。
 外側だけ整えたって、其処にある面々は、嘗て去って行った誰かじゃない。私は叔母様じゃない。

 …そんな事も、分からないの? 
 分からないの、其れとも、 見る気もないの?
 眼を逸らせていれば、真実は其の身を襲わないと。

 無理なのに。… 
 

 おぼつかぬ足取りで、迎えの人間に半ば抱えられて帰る人の背を眺めて、いつの間にやら現れた祖母が云う。

 

 未だ彷徨っているのか
 あの茫漠を。其の心許無さを。

 此の身はただ土と水の上。そしての下に。

 其れだけで、私達 救われるのに
 …哀れよのぅ。


 泣き出しそうな顔の祖母ひとを前に、唐突に気付く。
 どれ程に此の人が悲しい顔で抱き締めたところで、私の地獄も悩みも 解決なんてしない。何にも変わらない。

 誰だって悲しいのだと、眼の前の人が云う。
 皆が不幸なら、不幸で良いの? 不幸に皆でなりたいの? 
 私は笑いたい。幸せになりたい。_

 母がつくった、あの城は地獄。あの城を抜け出した此処も、。あの城を出られさえすれば救われると、無邪気に信じた私を嗤う。
 其れはそう。地獄をつくった母を、作ったのは此の世界。

 私、そんな事も気付いてなかった。

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