殿下、私も恋というものを知りました。だから追いかけないでくださいませ。

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1.尽くすの、もうやーめた!

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「はい、ディ様、あーん♡」

「はっはっはっ、クラーラの作ってくれたサンドイッチは美味しいなぁ!」

「うふふ。ディ様が美味しそうに食べるお顔を想像しながら作ったんですよぉ!」

「そうか、そうか、クラーラはなんて可愛いんだ。俺の顔を見て満足したかい?」

「はい♡」


 学園の中庭でこんな馬鹿っぽい会話をしているのは、この国の第1王子ディアーク・メイ・カスパー。私の婚約者。

 その隣でピンクの髪にうるるん上目遣いの可愛い女子生徒が、クラーラ・アメシ男爵令嬢。

 そして、背後にこっそりと居る私。
 レイチェル・フォンゼル。フォンゼル侯爵家の長女だ。

 私は今、婚約者のイチャイチャ全開の浮気現場を見て、ある決心をしていた。







 私とディアーク殿下は10歳で婚約した。政略的な婚約だったけれど、私たちはそれなりに仲良く出来ていたと思う。
 恋というよりは信頼関係。未来の役割を共にする同士。

 但し殿下のお馬鹿ぶりには薄々気が付いていたし、その単純ぶりは私がコントロールするものだと思って、姉のように世話を焼いて干渉してきた。それが殿下のためになると信じて……。

 私たちの関係が変わりはじめたのは、王立学園に入学して半年後。アメシ男爵令嬢が入学してから。
 その頃からディアーク殿下が私のことを蔑ろにし始めた。

 毎朝必ず二人で当校して、馬車から学園の正門までを殿下にエスコートされながら歩いていたのに、殿下はアメシ男爵令嬢と登下校を共にするようになった。学園でのランチもアメシ男爵令嬢と二人きり。

 学園に居ても、殿下は王族。周囲にいる人々は彼の言葉に耳をそばだてる。言動には十分に気を払わないといけないのに、アメシ男爵令嬢は良く通る高い声で、殿下と自分の仲睦まじげな様子をわざとアピールするから、殿下の軽薄さが学園の生徒たちにバレてしまった。

 生徒からも、殿下と男爵令嬢には冷たい視線が注がれる。
 私も何回も殿下に進言したけれど聞き入れてもらえず、私と殿下の信頼関係は崩れてしまっていた。

 もうなにもかも手遅れだ。







「殿下、ずいぶん楽しそうですわね。」

「うん?ああ、レイチェルか……。」

 恋人同士の甘い雰囲気を壊すかのように二人に近づくと、殿下は私にうんざりとした顔を向けた。
 また、私が口煩いことを言うとでも思っているのだろう。
 殿下の表情は分かりやすい。

「殿下は、私との結婚をどうお考えになっていますの?学園卒業の一年後には結婚式です。殿下はそれまでの火遊びのつもりで、そこのアメシ男爵令嬢の懇意になさっているのですか?それともまだ若くて可愛いアメシ男爵令嬢に正妻を諦めさせて、自らの愛妾になさるおつもり?」

「ひ、火遊び、あ、愛妾……。」

 アメシ男爵令嬢はそのグリーンの瞳を不安げに揺らし、殿下の袖をキュッと握った。あざとさはお見事としか言いようがない。

「ディ様?」

「ち、違う。火遊びなどではない。私は本気だ。本気の恋をしている。クラーラ、君を愛妾になんてしないよ。」

 殿下は慌ててかぶりを振ると、アメシ男爵令嬢の肩に手を置いて真剣な眼差しで彼女を見つめた。
 まあ、なんて思い通りに事が運ぶのかしら。殿下の行動は全て予想通り。

「ですが、殿下。今のままでは私と結婚することになってしまいますわよ。政略結婚ですし、わたくしはある程度覚悟していたことなので良いのですか……アメシ男爵令嬢は……お可哀想では?」

「だから、レイチェル、君との婚約は解消しようと考えていたんだ。ただ、それを通達するのは時期尚早かと黙っていたんだが……。」

「まあ、そうですの?そういう事でしたら早めに婚約解消した方が私は嬉しいですわ。アメシ男爵令嬢もお妃教育を早く始める事が出来ますし、わたくしも余計な時間を割かなくて済みますもの。是非早めに解消してくださいませ。」

「……え?……嬉しい……?是非早めに……だと?レイチェル……君は私との婚約解消を望んでいたのか?」

「望んでいる訳では有りませんわ。ただ、お妃教育も殿下の婚約者という地位も、とても煩わしいものではありました。解放されるのなら早い方がいいですね。」

 殿下は僅かにショックを受けたようだった。アメシ男爵令嬢も私の『お妃教育』や『煩わしい』と言う言葉を聞いて不安そうに表情を曇らせた。

 もう遅いからね?逃がさない!

「……そうか……ならば婚約解消を急ぐことにしよう。」

「はい!お願いします。アメシ様、殿下をよろしくお願いしますね!」

 喜びが溢れだす。
 もう、殿下の婚約者として皆の手本となるように振る舞わなくていいのね!

 私は家に帰るとすぐにお父様に事の経緯を説明し、婚約は解消されると報告した。お父様は殿下の事はよくご存知で、元々婚約を快く思っていなかったから、直ぐに行動に移してくれた。

 そして漸く私の婚約は解消され、残りの学園生活は普通の令嬢として過ごすことが出来るようになった。
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