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9.卒業
しおりを挟む卒業パーティーの日。
殿下はクラーラ様をエスコートして参加していた。
クラーラ様はツリメーノ公爵家の伝統の髪型でピカッと決めていて、ふわふわ可愛い彼女の面影はもう微塵も無い。
静かな足運び、華麗なダンス、隙のないマナー。今では令嬢たちの一大派閥を統率するようになっていた。
殿下は完全にコントロールされているらしく、クラーラ様から全く離れず、ずっと彼女の隣で作り笑いを浮かべている。
彼が泣きそうに見えるのは私だけだろうか?
殿下はクラーラ様と同じ整髪剤を使っているようだ。婚約者同士揃えたのかもしれない。自慢の金髪は中央で真っ直ぐに分けられてぴっしりと張り付いている。その輝きは王家の威光に相応しい!
私は一人で参加していた。パートナーの申し込みは沢山あったけど、クロヴィス先生以外の人の手を取る気にならなくて……。
「レイチェル様……。」
「クラーラ様。どうされたんですか?」
「……ずっと謝りたくて……。レイチェル様と殿下の仲を引き裂いた事、本当に申し訳ありませんでした。」
彼女は明日から正式に公爵令嬢になる。その前に私に謝りたかったそうだ。
丁寧にきちんと頭を下げる彼女からは深い反省が伝わってくる。
「貴族として学び直すうちに、自分の仕出かした事に気がつきました。今では後悔しています。殿下の隣に立つ事がどんなに大変かを知りました。」
「クラーラ様、頭を上げてくださいませ。あの婚約解消のお蔭で私も本当の恋を知りました。今では良かったと思っています。」
クラーラ様の隣に立つ殿下から、微かに呟く声が聞こえる。
「……俺は血統以外価値の無い人間……ナルシシスト……キモい……。」
今、殿下はツリメーノ流の心のトレーニングを受けている真っ最中だそうだ。恐るべしツリメーノ家!
あんなに前向きだった殿下の心がバキバキだ。
殿下を見る私の視線に気が付いたクラーラ様が軽やかに微笑んだ。
「殿下も……今ちょっとこんな状態ですけど……。うふふ、前向き過ぎて教育に支障がありましたので心を折らせていただきました。けれどわたくしが必ず支えていきます。お義母様との約束ですもの!」
殿下は頼りなげに視線を彷徨わせ……そしてクラーラ様を見た。彼女が一つ頷くと殿下は安心したように彼女の手を取り去って行く。彼女の指示がないと不安みたいだ。
殿下はきっと王族らしく振る舞えるよう矯正されるのだろう。
卒業パーティーも終わり、馬車止めの方に向かって歩いていくと、黒い人影が見えた。見覚えのある立ち姿。
あれは……
「クロヴィス先生!」
初めて見た。クロヴィス先生のスーツ姿。きちんと前髪を上げると先生の顔はキリッとしていて思った通り格好いい。
久しぶりに会えたことが嬉しくて、思わず駆け寄ってしまった。
「お久しぶりですね。」
「ああ、お前……パートナーは?」
「先生に失恋したから、いませんの。」
拗ねたようにそっぽを向いて答えたら、先生がフッと笑ったような声がして……。
「失恋はしてないだろ?」
先生はそう言うと、私の左手をとった。
「えっ?」
先生が私の薬指にそっと指輪を嵌める。サファイアの美しいブルーは、先生の瞳と同じで……。これって……。
見上げると、先生は優しい目をして私を見つめていた。
こんな顔……出来る人なんだ。
研究室での雰囲気とはまるで違う、愛しさがギュッとつまったような、そんな表情…… 。ダメ。息が苦しい。
言葉に詰まる。
「俺の奥さんになってくれるんだろ?……ん?」
返事を待つように片眉を上げる。自信たっぷりに微笑んだまま、目を離さずじっと見つめるから、ドキドキして心臓が飛び出そう!
やっぱり好き。
「は、はい。先生の奥さんになりたいです。」
緊張して、きっと顔も赤い。熱いもの。
そんなガチガチになった私を見て、先生はクスリと微笑んだ。
「ああ。ところで、卒業したんだから先生は止めてくれ。」
「は、はい。」
胸がいっぱいで、言葉が出ない。私は大好きな人から目をそらさないよう懸命に見つめた。
だって、だって、……。
先生は腕を広げて、私を見てる。
「ん?来ないのか?」
先生の言葉が終わらないうちに、その胸に飛び込んだ。
「私……先生にもう会えないと思って……。」
初めて……先生に抱きしめられた。背中に回る先生の腕は温かくて力強い。父とは違う、男の人の胸、その匂い。
「ああ。悪かったな。俺も爵位が継げるか自信が無かった。」
先生は爵位を継ぐため、領地に居る両親と叔父と話し合ってきたそうだ。
「先生はそのために……?」
「ああ。お前、フォンゼル侯爵令嬢なめんなよ?求婚するのに、爵位はいるさ。」
「お父様に相談してくだされば……。」
「それは……、悪い、俺の意地だな。」
「意地?」
「ああ、お前に堂々と婚約を申し込みに行きたかった。」
そんな事……婚約してからお父様に相談した方が話し合いはスムーズに出来たはずだ。
「今から領地のことを手伝っていこうと思う。そのための準備はしてきた。研究はどこでも出来るからな。手伝ってくれるんだろう?」
「……はい……はい。」
涙で視界が滲む。掠れた声しか出ない。だけど先生に分かるように何度も何度も頷いた。
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