殿下、私も恋というものを知りました。だから追いかけないでくださいませ。

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10.領地へ

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 クロヴィス先生はその後すぐに結婚を申し込むために両親に会いにきてくれた。
 両親も彼が熱心な魔道具の研究者だってことは知っていて……。 
 表には出さなかったけれど、婚約解消された娘を心配していたのだろう。特にお母さまは、涙ぐんで喜んでくれた。

 慌ただしく王都で結婚式を挙げて、私たちはルフォンス伯爵領に旅立った。結婚後は伯爵領の領主邸に住むことになる。

 風光明媚な観光地であるヨークス海岸を有するルフォンス伯爵領は、今大きな街道を建設している。それは三領地を跨ぐ壮大な事業。この街道とヨークス海岸の港が完成すると、流通が変わる。

 観光客の増加、治安の悪化、それらに伴う住民たちの生活の変化。主産業も変わっていくだろう。
 この領地を継ぐために、お義父様は暫くは領地に滞在する事を条件としたそうだ。

「魔道具の開発と研究はどこでも出来る。気にするな。」

 先生はそう言うけれど、大好きな研究に没頭する時間を私が奪ったのかと思うと申し訳ない。なるべく領地経営を手伝って、先生に研究する時間を作ってあげたいと思う。

「実はな、新しい魔道具の素案はあるんだ。」
「そうなんですか?」
「ああ。観光客用の小さな店が多いからな。防犯の魔道具があれば女一人でも店番が出来るようになる。小さくて安全に作動するような魔道具を考えている。」
「それがあったら凄いですね。家族だけで営んでいるお店が多いですから。」
「ああ。」
「先生、またお手伝いさせてください。」
「ああ。」

 移動中の馬車の中、結婚式は挙げたものの、先生との距離感にまだ慣れない。恥ずかしくて、ちょっと目を反らしながら会話しちゃう。

「ひゃっ!」
 不意に膝に置いていた手に先生の大きな手が重ねられた。
「結婚式は終わったんだ。そろそろ名前で呼んで貰おうか。」
「ク、クロヴィス様……?」
「ん。今日のところはそれで我慢するか。」

  少し笑って、私の頭をくしゃりと撫でた。
  卒業してから、先生の態度が甘くて困る。

 基本的に無愛想な人なのは変わらないんだけど、私にだけとんでもなく優しいと言うか……こんな人だとは思わなかった。

「ほら、海が見えてきたぞ。」
「うわあ!綺麗ですねぇー。」

 窓を覗くと海が見えた。空は目が痛いほど眩しい青!太陽が反射してエメラルドグリーンの水面がキラキラ輝いている。

 遠くに建設中の港も見える。思ったより規模が大きいみたい。

「ここがヨークス海岸?」
「ああ。海で取れる魚が新鮮で美味いぞ。楽しみにしてるといい。」
「はいっ!」

 景色に興奮して振り返ると先生の顔がすぐ近くにあって……。

「ぁっ……。」

 先生の唇が重なった。
 結婚式での口づけは初めてで一瞬だった。だから、こんなに長く唇を合わせるのは初めてで……。

「……んんっ……。」

  苦しくて身を捩ると、一旦唇が離れる。でもそのまま、先生はそれ以上離れてくれなくて、至近距離で彼の瞳を見つめた。

 唇が付きそうなほど近くて、湿った吐息が交じる。美しいサファイアブルーの瞳が瞼に隠れて、再び、唇が近づく。  

 恋愛小説とかで読んだキスはロマンチックで、憧れていた。だけど今、経験しているこれは、ドキドキして苦しくて、熱くて、脳が沸騰しそう。
 
 先生は慣れていない私が苦しくなる前に唇を離してくれた。

「ここ、ば、馬車の中です……っ。誰かに見られたら……。」

 恥ずかしさを隠すように、文句を言った。可愛いげの無いことを言ったと思う。
 だってどうしていいか分からないから困る。

 先生は、そんな私の態度にも余裕で。お前が無防備なのが悪いって意地悪く笑われた。

「く、苦しくて息が止まっちゃいます。」

 何回もキスをしたら、本当に心臓が止まっちゃうかもしれない。
 だって、心臓が凄く大きな音で鳴ってるもの。

「慣れろ。」

 顎を掬われると、先生の瞳が目の前にあって……。愛しいものを見つめるみたいに目が優しく細められる。

 「ぁ……。」

 綺麗なサファイアの瞳に私が映る。

 短く啄むみたいなキス。
 何度も何度も唇が重なる。

 おでこを合わせて見つめ合い、もう一度目を閉じてキスをした。 
 甘い……甘過ぎる……。

 先生と二人きりの馬車の中は落ち着かなくて……。モジモジする私を彼は楽しそうに見てる。
 先生と生徒という関係性が変わってしまったから、どんな風に接していいか分からない。

 戸惑っている私とは違って、先生は甘い雰囲気を醸し出すから、この緊張から解放されるような話題を探した。

「り、領地に着いたら何をしましょうか?先ず、荷物の片付けして……。せん……クロヴィス様の仕事のお手伝いをすれば良いですか?」

「レイ、誤解の無いように言っておく。俺がお前と結婚したのは、部屋を片付けてくれる人が欲しかったわけでも、研究を手伝ってくれる助手が欲しかったからでも無い。」

「え?……でも……。」

 結婚をしないつもりだった先生が学園を辞めてまで私を選んでくれた。それって……私が片付けも研究の手伝いも、領地経営も、全部するっていったからじゃ……?

「お前が考えるよりずっと、俺はお前が好きだと思うぞ?」

「わ、私が考えるよりずっと……って、えっ?」

 両手で私の頬を優しく挟まれて、じっと瞳を覗き込まれた。

「まあ、領地に着いたら分からせてやるよ。」

 これ以上何をするつもり……。もうすでにいっぱいいっぱいなのに……。

 再び降ってきた口づけは、少し熱くて……。

 クロヴィス様は移動中至るところで不意にキスをしてくる。キスが……好きなのかな?

 そう思ってたら、「どれだけ我慢してたと思ってるんだ?」って額をピンっと弾かれた。

 「学園ではキスしたくなるから、顔は見ないようにしてたんだ。」そう言って笑う。

 沢山の不意打ちのキスに翻弄されているうちに、私たちはこれから住むことになる領主邸へと到着した。

 
 
    
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