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それから
しおりを挟む離婚して三年。
私は郊外にワンコ同伴で過ごせるカフェを開いた。たくさん走れるドッグランも併設し、今ではマダムの隠れ家として人気がある。
実は、上流階級のマダムの間では小型犬が大流行で私も顧客の邸宅を訪れるうちに虜になった。
で、ワンコカフェを開きたいと相談したら、ハルゼー伯爵夫人が協力してくれた。
メゾン・ラウルスの顧客を起点に人脈を広げ、今ではしっかりと常連さんがついてくれているし、経営としては軌道に乗ったと言えそう。
大好きなワンコたちと一緒の穏やかな暮らし。
お客様のワンコを預かることもある。ペットホテルみたいな感じ。
大金を稼ぐことは出来ないが、日々の生活に困ることは無いし、少しずつ貯金も出来るぐらいの収入はあった。
正直、このカフェが開業出来たのはテオドールのおかげ。
義両親のお手伝いの時間は、メゾン・ラウルスの従業員の時給に換算してしっかりとお給料を貰った。別に内緒にしていた訳では無い。
主人に「私もお時給を貰わね」としっかり話してあった。
もしかして、その頃はローズに夢中で私の話なんて聞いて無かったかもしれないけど……。
このカフェの建物は、仲良くなったマダムに格安で借りて、内装などのリフォームや家具は全て少しずつ自分で整えた。
全てが自分の好きな物に囲まれる暮らし。準備する時は楽しくて、毎日ワクワクしていた。それはシャルも同じで、すっかりこちらの家がお気に入り。
彼が長期休暇の時期に帰ってくるのは、向こうの家では無くこちらの家。けれど、まだ学費を払って貰っている間は向こうの家にも顔を出している。
あの家は今、ひどく居心地が悪いそうだ。
父親に遊んで貰った記憶がほとんど無い彼は全面的に私の味方。
時々向こうの家にも帰るシャルに、テオたちの様子を聞くと、「みんな怒りっぽくてギスギスしているよ」という返事が返ってきた。
私が予想していた通り、ローズと義母の相性は最悪。毎日怒鳴り声が聞こえ、荒れ果て散らかった家には足の踏み場もなく、帰るのが嫌だと言う。
「そんなに居心地悪いなら、テオドールは家に帰らないんじゃないの?」
「うーん。俺が小さい頃より、今の方が自宅に居るよ。あんまり忙しそうじゃないな」
メゾン・ラウルスはテオドールの不倫の噂でマダムたちの顧客が大幅に減った。彼はかつてのような豪遊も出来ずひっそりと生活しているみたい。
「俺も卒業したら、家を出るよ。国境警備隊に志願するつもり」
「そうなの。頑張ってね」
*⋆꒰ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒꒱⋆*
あの日、ローズが家まで来ることを完全に予想していた訳では無かった。
ただ、彼女は毎年必ずクリスマスにはテオドールと一緒に過ごしていた事。そして解りやすい挑発行為を続ける性格なら、もしかして家に来るんじゃないかと思っていた。
予想通り彼女は来て、私はあの家から出ることが出来た。
もちろんもっと早くに離婚する方法だってあった。だけどささやかな養育費と慰謝料を貰っても、一人でシャルを育てることは無理だと思った。
それともう一つ、私は良い妻で、良い嫁でいたかった。
これは私の意地。
田舎娘だった私を変身させてくれた彼に、いい女のままお別れを告げたかった
だからずっと我慢していた。
ようやく晴れて離婚し、今は自由で穏やかな暮らしを手に入れている。
「キャン、キャン、キャン」
「どうしたの?お客様?」
カフェの入り口に集まって勢いよく尻尾を振るワンコたち。
開いている窓から外を見ると、すっかり親しくなったハルゼー伯爵夫人がこちらに向かって歩いてくる。
ーーカランコロン
「いらっしゃいませー」
「こんにちは。また、お喋りしにきたのよ」
カリカリと珈琲豆を挽きながら、私は笑顔でお客様を迎える。芳ばしい香りが店の中を漂っていた。
ーー(完)ーー
※あの家の様子をおまけで投稿します。
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