夫に裏切られ子供を奪われた私は、離宮から逃げ出したい

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なな

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 それからは毎日、夜中にクリフに会いに行った。クリフはお腹が空くとふえふえと泣きだし、おっぱいをあげると安心したように眠りにつく。
 その健やかで安心しきった寝顔を見ると、心が幸せで満たされる。
 おむつが気持ち悪くなるとグズるから、お尻を綺麗に拭いた後、寝付くまで抱っこした。ふにふにと柔らかくて小さな命。
 私にとってはクリフを抱いている時間は何よりも大切で貴重だった。
 
 逆行前には我が子と過ごす時間なんて無かったから、クリフを抱ける喜びを噛み締める。日中は離宮に戻って夜に備えて眠りについた。

 そしてさらに三ヶ月経った頃、お父様から連絡が来た。
  
 ほぼ証拠は揃えたらしい。私に使おうとした薬物の入手先も判明し帳簿も入手したそうだ。

 殿下やカサンドラ様に協力した貴族の背後関係も調べ終わり、側室の実家であるザインビーク伯爵家の一部とアルスラン伯爵の兄弟も計画に加担したことが分かったと手紙に書いてあった。
 
「さあ、イーリス様。ここを出ましょう」

「ええ」

 いよいよ離宮を出る日。

 レガンド様はこの日、これまでの黒い騎士服じゃなくて、深い蒼の騎士服で迎えに来てくれた。

 深い蒼の騎士服は、王国の最高戦力と称されるレークス騎士団の証。レークス騎士団は国王直属の騎士団で、代々の国王が即位と同時に指揮権を持つ事になっている。

 蒼の騎士団は貴族令息であっても簡単には入れない。完全に実力主義だと聞く。そんな騎士団にレガンド様が……?

「レガンド様?……その騎士服は……?」

「陛下の勅令で俺はレークス騎士団へ移動することになりました」

「陛下の……?」

 部屋を出るとそこには50人を超えるレークス騎士団の騎士たちがいた。離宮の周囲にはもっと大勢の騎士たちが離宮を取り囲んでいるそうだ。

 王太子直属の騎士たちとは、装備も、所作も、纏う雰囲気も、何もかもが違う、圧倒的な存在感。
 
 離宮には殿下直属の騎士たちも数名いたけれど、彼らはレークス騎士団の雰囲気に圧倒されて何も抵抗する様子は無かった。
 
「……あの人たちは……」

 離宮で働く使用人たちは1ヶ所に集められ、騎士たちに取り囲まれている。その中には侍医のケネスの姿も見えた。彼は怯えているのだろう。真っ青な顔をしてキョロキョロと落ち着かない様子だった。

 使用人たちの中にもケネスと同じように怯えて震える者、事態が飲み込めずキョトンとしている者、そして注意深く私達を観察している者がいた。

「アースウェル公爵が揃えた証拠は既に陛下に提出されております。陛下は、妃殿下が流行り病だという侍医ケネスの見立ては偽りだと判断されました。」

「陛下が……」

 もう隔離の必要は無いと言うことだろう。お父様のことだからきっと反論の余地すらないほど、陛下に証拠を提出したに違いない。
 レガンド様に案内され王宮の一室に入ると、そこにはジュディをはじめとした公爵家から仕えてくれている侍女たちが、私を迎えてくれた。

「ジュディ!」
「イーリス様!よくぞご無事で!」

 私達は手を取り合って再開を喜んだ。ジュディの目には涙が浮かんでいる。きっと私のことを心配していてくれたのだろう。
 けれど、私達がゆっくり話をしている時間は無かった。

「イーリス様、お話はあとで伺います。今は国王陛下とお会いする支度を整えましょう。」

「……ええ?」

 今から何が始まるのだろう。
 私は訳の分からないまま侍女たちに囲まれて湯浴みをし、全身の細胞が目覚めるみたいなマッサージを受けた。

「さすが……ジュディ……効くわ」

 この感じ、懐かしい……。
 ちょっと痛いけれど、このジュディの熟練のマッサージはむくみも取れて肌がピカピカに輝く。

「これを着るの?」
「ええ、そうです。コルセットは緩めにしましょうね」

 部屋には新しいドレスや宝飾品が準備されていた。
 お父様……。
 こんな事にまで気を遣うのだから用意が周到過ぎる。出産してサイズも変わったと思うのに、ちゃんと特注品を仕立ててあるのだからお父様らしい……。
 私はジュディたちによって王太子妃として公の場に出る時のように入念に身支度を整えられた。

 そして案内されたのは玉座の間。そこには既に正装をしたお父様とレガンド様が中央に立っていた。そして室内を見渡すと、多くはないが高位貴族の当主たちの姿も見える。
 
「お父様……」
「……イーリス、よく耐えたな。もう大丈夫だ」

 陛下の座る玉座の後ろには机が置いてあり、そこには膨大な量の書類が積み上げられていた。
 崩れ落ちそうなその証拠に、陛下の侍従も困っているようだった。

 あれを全部読み込んで内容を精査するのは相当に時間が掛かっただろう……。よく見れば陛下も眠っていないのか目の下の隈が尋常じゃないほど濃い……。
 
「イーリスよ。すまなかった。儂が不甲斐ないばかりに大変な辛い思いをさせてしまったな」

「い、いえ……陛下が悪い訳では……」
「儂がヒューバートを放置し過ぎた。よもやこのような事をしでかすとは……」

 そして、ヒューバート殿下とカサンドラ様が騎士たちに囲まれて玉座の間に入って来た。

 彼らは何も知らず連れて来られたのか、私やお父様とは違って国王陛下に謁見するような服装では無い。
 特にカサンドラ様はエプロンを着けたままの姿でクリフを抱っこしていた。

「ち、父上!レークス騎士団など動かして、一体突然どうしたのですか!」

 玉座の間に入ると、ヒューバート殿下は壇上の陛下に向かって訴えた。その声に驚いてクリフがグズグズと泣き出した。

 ヒューバート殿下は私とお父様の存在に気が付くと、旗色が悪いことを悟ったのかキョロキョロと視線を動かして黙り込んだ。きっとこの窮地を逃れる方法を考えているのだろう。

「ふええぇんーー、ほんぎゃあーーほんぎゃあーー」

 カサンドラ様に抱っこされたクリフはあやされても泣きやまず、その声は徐々に本格的な大泣きの声へと変わっていった。
 
 





 
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