哭するタイプライター

沢木忍

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アイドルになれなくても

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・・・生まれは福岡県なの。高校を卒業して、すぐに東京に出てきたわ。卒業式の翌日、ほんとにすぐにね。

 あたしがまだ小さい頃、父親が女つくって逃げちゃってね。兄弟も多かったし、当然だけど凄い貧乏だった。そういう生活に嫌気もさして、上京して、芸能界でお金をいっぱい稼いでやるんだって思って。

 でもね、東京に出てきたはいいけど、知り合いなんて一人もいない。とりあえず住むところを探して、そのあと、食べるためのバイト探し。一つだけじゃ足りないから、かけもち。いろんな仕事をやった。ウェイトレス、コンビニスタッフ、パチンコ店員、テレフォンオペレーター、あとは短期のイベントに呼ばれるキャンペーンガールとか。携帯電話の売り場とかに派手な衣装きた女の子がよくいたでしょ。あれなんか、けっこう給料よくてね。

 で、バイト以外の時間は、とにかく家でせっせと履歴書を書いた。写真とセットにして、ほぼ毎日ポストに走る。それの繰り返し。なんのコネもないしね。あたしにとっては、それが夢を実現するための唯一の方法だった。

 でもね、何度応募しても落ちる、落ちる。びっくりするくらい落選。今思えば、自信過剰というか何というか。それでも二、三回かな、書類選考を通過して、一次予選くらいまでいったこともあるのよ。でも、結局はそこまでだったなあ。それが自分の限界っていうか。

 そんな毎日が二年くらい続いたとき、バイト先である男と知り合ってね。四歳上の、いま考えても、すごいイケメンだった。東京に出てきて初めてできたカレシだった。つきあってすぐに同棲をはじめたわ。

 もちろんその頃も、いろんなオーディションへの応募は続けてた。だって、そのために東京に来たんだし。

 いつからか、バイトはキャバクラ一本になってた。自慢じゃないけど、当時はそこそこ店でも人気があって、結構な額の貯金もできるくらい稼げるようになってた。

 で、そのうち相手の男が働かなくなった。あたしの金をあてにするようになったのね。ほんと、男ってなんでこうなるんだろうって、もう男性不信の状態。もちろん仕事場では、男たちにとびっきりの愛想ふりまいてたよ。あくまで仕事だから。

 ある日、そのときどういう気持ちだったかは今も思い出せないんだけど、荷物っていっても別に大きいのはないから、ほんとうにバック一つだけもって、同棲してたマンションを飛び出した。

 そして、埼玉県のけっこう奥まった辺鄙な場所にあるスナックで働くようになった。

 もうその頃は、心も体も疲れ切ってて、生きるのに精いっぱいで、全然オーディションとかには参加してなかった。そんな余裕もなかった。精一杯。なんか、全部が精一杯だった。

 しばらくして、勤めていたスナックで知り合ったのが、今の旦那。

 まあ、つきあい始めてからもいろんなことがあったの。出会った時、向こうにはまだ、奥さんも子供もいてね。でも、根本的に良い人。すごくあたしを大事にしてくれた。福岡からこっちにきて、ようやく心を許せる、初めて本当に信じてもいい人に出会ったと思った。

 二年くらいかけてお互いにいろんなことクリアして、ようやく結婚。しばらくしてからこの店を、二人で持つことができた。感謝してる。全部旦那のおかげだから。まあ、所詮は水商売だから先行きに不安がないわけじゃないし、いっちゃえば堅気の仕事じゃないけど、でも今は幸せかな。

 だけどね、やっぱり気持ちのどこかに、芸能界で自分がどこまでできるか試したかったっていう未練は残ってる。少しじゃなくて、けっこう残ってる。ずっと。たまにね、そんな感情が突然爆発するときもある。たぶん、そういうの、一生消えないと思う。

 この前ね、何十年かぶりに福岡の実家で小学校の時の卒業アルバムを見たの。

「私の夢はアイドルになることです」

 つたない文字でデカデカと書いてある。ご丁寧に、フリフリの衣装を着た自分が、マイク持って歌ってるイラストまで描いてあって。

 それ見たとき、ほんと、たまらなくなっちゃって。信じてた人に裏切られたり、上京して、普通の女の子なら耐えられるかどうかわからないくらいの出来事もいっぱいあったけど、あたしは一度も泣いた記憶がない。そういう芯の強さだけはあるって、自分で思ってる。けど、そのアルバムをみたときはダメだった。堰を切ったように泣きじゃくった。親がびっくりして、飛んできたくらい。

 そのときわかったの。

 どんなに辛いことがあっても耐えられたのは、その「アイドルになりたい」っていう、純粋っていうか、ずっと変わらない、キラキラした夢を持っていたからなんだって。

 きっと私みたいな子、今だって世の中にたくさんいるんだよね。芸能界を目指して、地方から上京して頑張ってる子、すごくたくさんいると思う。みんな、スタートラインも、目指す場所も一緒だったのに、だんだん、みんな違う道に迷い込む。見事に夢叶って芸能界に進む子がいる。そうじゃない子がいる。そうじゃない子のほうが圧倒的に多いんだよね。

 じゃあ、結局、あたしには何が、どれだけ足りなかったんだろうって。たまに、ふと考えちゃう。

 だけどまあ、あたしはいま、別の場所で夢をかなえてるのかもしれないな。誰にも邪魔されず、これからずっと「ここ」の永遠のアイドル。最高に居心地のいい場所で、お客さんも独り占めできる。

 こんな夢のようなアイドル生活、なかなか味わえないでしょ(笑)


 東京・池袋近辺を訪れた際に、必ず顔を出すスナックのママは、たまたま店が暇だったこともあって、カウンター越し、グラス片手にそんな思い出話をしてくれた。

 もう四、五年通っているが、初めて聞かされた話だ。

 少々年齢を重ねているとはいえ、艶やかさを湛えた美しさというよりも、いつも元気一杯で明るい愛くるしさが秀でているママは、きっと「運」さえ伴えば、芸能界に足を踏み入れて、もしかしたらいいところまでいったんじゃないのかなと、素人目ながら思った。

 また、どうりでいつ何時訪れても、店内にはちょっと古めのアイドルの曲がこれでもかというほど流れていたわけだ。

 未練を口にする一方で、実は気持ちにケリがついているようでも、ママは、まだ「夢の途中」なのかもしれない。


 ひとしきり過去に酔ったママは、ふと思いついたように言った。
 
 「そうだ。この前、お店に面白い子が入ったのよ」

  そういうと、ちょうどドアの前で客を見送っていた、一人の女の子を呼び寄せた。

 「香織ちゃん。この子も、昔のあたしと一緒。アイドル目指してがんばってるの」


 十九歳だというその子は、こういう表現しかできないことに少々忸怩たるものがあるのだが、とにかく一言でいうなら、芸能人、芸能界におけるイメージできうる限りの完璧な「アイドル顔」。たぶん、その場にいるだけで華やかなオーラを醸し出すことができるような、稀有な雰囲気を全身に纏った子だった。


 これが一月、正月ボケもようやく直りかけたある日の夜の出来事だ。
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