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一章
再度の呼び出し
文月(八月)も、半ばを過ぎた、暮五ツ(夜八時)ごろ。
俺は忠頼の部屋の、襖の前に正座しようとして、俺は顔を顰めた。まだ、清之助たちにやられた傷がうずくのだ。
「入れ」
俺が中に声を掛ける前に、忠頼の声がした。
俺は、困惑と緊張の入り混じった気持ちのまま、襖を開けた。
蝋燭の灯だけの、暗い部屋の中、殆ど着流し姿の忠頼が、文机の前に座っていた。
文机の上には、巻物がひとつ、置かれている。誰かからの、伝書だろうか。
所在なく部屋の隅にいた俺を、忠頼は手招きする。こちらへ来いということだろう。俺はすごすごと、忠頼の傍へ向かった。
忠頼に、俺が再び呼ばれたのは、清之助たちのことがあってから、五日ほど過ぎたころだった。
今回も、忠頼が何のつもりで、俺を呼び出したのか、よくわからなかった。
忠頼は相変わらず無表情で、険しい顔をしている。
ーー何でこいつはこんな硬い表情しかしねえんだろうか。
まるで、世界中の頑固さを寄せ集めたみたいだ。
俺は忠頼の正面に座り、顔を上げる。忠頼は俺を見、すこし目を眇めた。
「……お前は皆に、何もなかった、と喧伝しているらしいな」
俺は眉根を寄せた。何のことか、分からなかった。忠頼は、言い直す。
「俺と前は、そう言う関係ではないと、否定しているんだろう」
俺は、はあ? と声を出しそうなのを、必死に堪えた。
なんだ? こいつは、俺とこいつがそう言う関係だと、喧伝されたい、ということか?
俺は、なんと返して良いかわからず、言葉に詰まった。
忠頼は、ひとつ息をつく。文机の上に載せた、先ほどの、手紙のようなものを手に取ると、俺に差し出した。
「これは、お前のものだ」
「はあ…?」
俺は、おもわず間の抜けた声で、差し出された文を受け取り、忠頼と手紙を交互に見た。それから、筒の紐を開いてみた。
そこには、忠頼が書いたらしい、短い文章が書かれ、最後に判が押されていた。何かの証書だろうか。
だが、漢字が多いのと達筆すぎるので、内容はさっぱりわからない。
俺が、開いた巻物越しに忠頼を見ると、忠頼は静かに言った。
「誓いの書だ」
「誓い?」
「俺と、お前の、念者念弟の誓いだ」
そこまで言われて、俺は、やっと気が付いた。この紙切れは、恋人同士の誓いを立てる、証の書だ。
「お前がすることは何もない。ただし、それは持っていろ」
だから、なんでだよ。そう心で問いかけてから、弥次郎は、はっとした。源太の言っていたことを思い出したのだ。
ーー『忠頼殿は、お前を、他の奴らから守るために、呼び出したのかも知れないぞ』
たしかにーーと、俺は手の中の巻物を見つめた。
だが俺は、結局、手の中の巻物を、自分の膝の前に置いた。それから、忠頼に向かって、深く頭を下げた。
「忠頼殿のお気持ち、有難く頂戴します。しかしこれは、受け取れません」
沈黙の後、忠頼の静かな声が降ってきた。
「だめだ。持っておけ。先ほども言ったが、お前は何もしなくても良い。だが、俺との関係を否定はするな。さすれば、余計な災いに巻き込まれなくても済む」
俺はドキリとした。
やっぱり、そうなのだ。忠頼は、俺を守ろうとしている。でも、何故ーー。
俺は、眉をひそめた。
だが、もしかすると、忠頼は、この前の、清之助たちの暴挙を、知っているのかもしれない。余計な諍いを避けるために、こうして俺にいろいろとしているのかもーー。
俺が、忠頼の念弟であるという話が広まれば、俺に手出しをするものは、いなくなるのだから。
そこまで考えて、俺は、その考えを頭の隅へ押しやる。
ーーどちらでもいい。どちらにせよ、俺は、こいつにとって、対等ではない。
だが、庇護の必要があるほど、弱い存在だと、この男に思われるのは、嫌だった。
俺は努めて、しっかりした声で言った。
「心配はご無用です。この前の諍いも、大したことではありませんから」
「諍い?」
忠頼の顔色が急に変わった。ずいと弥次郎の眼前ににじり寄る。
「何か、されたのか?」
「いや、大したことは――」
俺は、どうやら、話題選びを、間違えたらしい。
やぶ蛇なのは、明らかだったが、それでも俺は言葉を濁した。
囲まれて殴られたなんて、武士として無様すぎる話を、他人にできるわけがない。
しかし、忠頼は、嘘の一つも見逃さない、というような熱心さで、俺の目を覗き込んだ。
「……本当か?」
俺は、あんまり真剣な、忠頼の瞳に緊張して、ごくりと唾を飲み込む。
ああ、本当だとも、と俺がいうより早く、忠頼は、俺の腹を、ぐいと押した。急な痛みに、思わず俺は顔をしかめた。呻くような声が出る。
忠頼は再び、俺の顔を覗き込む。
――しまった。
と思ったが、もう遅かった。忠頼は、俺の手をぐいと引っ張ると、着物をはだけさせた。ぼろい着物で、かろうじて隠れていた、俺の身体の傷は、すぐに露わになった。
忠頼は、俺の体を検分するように、あちこちに目を走らせたあと、俺の手を離した。
それからぼんやりと、床に目を落とし、息をついた。
「大丈夫じゃ、ないだろう」
その声に、俺は、胸が、ぎゅうっとした。
忠頼の声は硬質で、深みがある。でも今、その声は、細く、掠れていた。
心から、俺を心配していることが分かるような、そんな声だった。
俺は忠頼の部屋の、襖の前に正座しようとして、俺は顔を顰めた。まだ、清之助たちにやられた傷がうずくのだ。
「入れ」
俺が中に声を掛ける前に、忠頼の声がした。
俺は、困惑と緊張の入り混じった気持ちのまま、襖を開けた。
蝋燭の灯だけの、暗い部屋の中、殆ど着流し姿の忠頼が、文机の前に座っていた。
文机の上には、巻物がひとつ、置かれている。誰かからの、伝書だろうか。
所在なく部屋の隅にいた俺を、忠頼は手招きする。こちらへ来いということだろう。俺はすごすごと、忠頼の傍へ向かった。
忠頼に、俺が再び呼ばれたのは、清之助たちのことがあってから、五日ほど過ぎたころだった。
今回も、忠頼が何のつもりで、俺を呼び出したのか、よくわからなかった。
忠頼は相変わらず無表情で、険しい顔をしている。
ーー何でこいつはこんな硬い表情しかしねえんだろうか。
まるで、世界中の頑固さを寄せ集めたみたいだ。
俺は忠頼の正面に座り、顔を上げる。忠頼は俺を見、すこし目を眇めた。
「……お前は皆に、何もなかった、と喧伝しているらしいな」
俺は眉根を寄せた。何のことか、分からなかった。忠頼は、言い直す。
「俺と前は、そう言う関係ではないと、否定しているんだろう」
俺は、はあ? と声を出しそうなのを、必死に堪えた。
なんだ? こいつは、俺とこいつがそう言う関係だと、喧伝されたい、ということか?
俺は、なんと返して良いかわからず、言葉に詰まった。
忠頼は、ひとつ息をつく。文机の上に載せた、先ほどの、手紙のようなものを手に取ると、俺に差し出した。
「これは、お前のものだ」
「はあ…?」
俺は、おもわず間の抜けた声で、差し出された文を受け取り、忠頼と手紙を交互に見た。それから、筒の紐を開いてみた。
そこには、忠頼が書いたらしい、短い文章が書かれ、最後に判が押されていた。何かの証書だろうか。
だが、漢字が多いのと達筆すぎるので、内容はさっぱりわからない。
俺が、開いた巻物越しに忠頼を見ると、忠頼は静かに言った。
「誓いの書だ」
「誓い?」
「俺と、お前の、念者念弟の誓いだ」
そこまで言われて、俺は、やっと気が付いた。この紙切れは、恋人同士の誓いを立てる、証の書だ。
「お前がすることは何もない。ただし、それは持っていろ」
だから、なんでだよ。そう心で問いかけてから、弥次郎は、はっとした。源太の言っていたことを思い出したのだ。
ーー『忠頼殿は、お前を、他の奴らから守るために、呼び出したのかも知れないぞ』
たしかにーーと、俺は手の中の巻物を見つめた。
だが俺は、結局、手の中の巻物を、自分の膝の前に置いた。それから、忠頼に向かって、深く頭を下げた。
「忠頼殿のお気持ち、有難く頂戴します。しかしこれは、受け取れません」
沈黙の後、忠頼の静かな声が降ってきた。
「だめだ。持っておけ。先ほども言ったが、お前は何もしなくても良い。だが、俺との関係を否定はするな。さすれば、余計な災いに巻き込まれなくても済む」
俺はドキリとした。
やっぱり、そうなのだ。忠頼は、俺を守ろうとしている。でも、何故ーー。
俺は、眉をひそめた。
だが、もしかすると、忠頼は、この前の、清之助たちの暴挙を、知っているのかもしれない。余計な諍いを避けるために、こうして俺にいろいろとしているのかもーー。
俺が、忠頼の念弟であるという話が広まれば、俺に手出しをするものは、いなくなるのだから。
そこまで考えて、俺は、その考えを頭の隅へ押しやる。
ーーどちらでもいい。どちらにせよ、俺は、こいつにとって、対等ではない。
だが、庇護の必要があるほど、弱い存在だと、この男に思われるのは、嫌だった。
俺は努めて、しっかりした声で言った。
「心配はご無用です。この前の諍いも、大したことではありませんから」
「諍い?」
忠頼の顔色が急に変わった。ずいと弥次郎の眼前ににじり寄る。
「何か、されたのか?」
「いや、大したことは――」
俺は、どうやら、話題選びを、間違えたらしい。
やぶ蛇なのは、明らかだったが、それでも俺は言葉を濁した。
囲まれて殴られたなんて、武士として無様すぎる話を、他人にできるわけがない。
しかし、忠頼は、嘘の一つも見逃さない、というような熱心さで、俺の目を覗き込んだ。
「……本当か?」
俺は、あんまり真剣な、忠頼の瞳に緊張して、ごくりと唾を飲み込む。
ああ、本当だとも、と俺がいうより早く、忠頼は、俺の腹を、ぐいと押した。急な痛みに、思わず俺は顔をしかめた。呻くような声が出る。
忠頼は再び、俺の顔を覗き込む。
――しまった。
と思ったが、もう遅かった。忠頼は、俺の手をぐいと引っ張ると、着物をはだけさせた。ぼろい着物で、かろうじて隠れていた、俺の身体の傷は、すぐに露わになった。
忠頼は、俺の体を検分するように、あちこちに目を走らせたあと、俺の手を離した。
それからぼんやりと、床に目を落とし、息をついた。
「大丈夫じゃ、ないだろう」
その声に、俺は、胸が、ぎゅうっとした。
忠頼の声は硬質で、深みがある。でも今、その声は、細く、掠れていた。
心から、俺を心配していることが分かるような、そんな声だった。
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