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一章
お前は、優しいよ
首尾は上々と言えた。昼下がり、陣営に戻ると、他の仲間はたいてい、戻ってきていた。
俺たちは、生きて戻れたことを、互いに喜び合った。
適当な日よけになる木の下に腰かけ、俺は水を飲んだり、自前で持っていた薬草を、傷口に塗った。
その際、俺はさり気無く、陣営のそこここに目を遣った。忠頼の姿を探すともなく捜す。だが、見つからなかった。
だからといって、俺は、大して気にはしなかった。きっと、己の部屋で休んでいるのだろう、とそこまで考えて、急にあの時のことを思い出してしまう。
俺はすぐに別のことを考えるよう努めた。
戦の間は、余計なことは、考えたくない。
今だって、忠頼の姿を探している自分のことも、認めたくはないのだ。
それに、あの時のことを考え出したら、多分俺は、自分の気持ちを、はっきりと自覚せずにはいられなくなる。
それが、怖かった。
その時、ちょうど、仲間が一人、戻って来て、俺は立ち上がった。すこし怪我をしていたので、処置のできる場所まで、俺も付き添った。
手当てをする場所は、布を張った屋根があるだけで、たいして立派なものではない。だが、少なくとも疵口を洗い流したり、薬草を貼ったりと言うことはできた。
仲間を医者に引き渡し、戻ろうとしたときに、俺はこっちに向かって歩いてくる源太を見つけた。
俺が、おう、と、声を掛けると、源太は、少し、ほっとしたような顔をして、駆け寄って来た。
「帰ってたのか、弥次郎。遅かったから、まさかとおもったぞ」
「そんな簡単には、くたばらねえよ。他の奴らはどうだ?」
「いつもと似たり寄ったりだよ。斬られたやつ、刺されたやつ。又吉は腕が折れて出血がひどい。だが、まあ、今日持ちこたえれば、命に別状はないだろう。ただ――」
さっと、源太の顔が曇る。
「恵三は死んだ。胸から腹を割かれて、ここまで何とかたどり着いたんだが、さっき息を引き取った」
その時、ふいに、誰かの痛々しい呻き声が聞こえた。又吉だろうか。俺は静かに、源太に聞いた。
「……恵三は、苦しんだか」
俺は恵三のひょうきんな顔を思い出しながら問う。よく笑う、気のいい奴だった。
「一刻ほどだ。すぐ動かなくなった」
俺は少しほっとする。
苦しみの中、ずうっと、のたうち回って、なかなか死ねない者もある。すぐに死ねるのは幸せだ。
と、そこまで考えて、俺は頭を掻いた。こんなふうな、乾いた物の考え方をするようになった自分もまた、どこか、おかしくなっているのだろう。
源太は、坊主らしく、顔の前で手を合わせていた。その角ばった顔には、疲労が、濃く滲んでいる。
「ところで、源太、お前、働きすぎだぞ。昨日も看病で寝てねえんだろ。今日はさっさと休めよ。キリがねえ仕事だ」
「まあな。だが、そうも言ってられん。そろそろ薬草が足りないんから、日が暮れる前に、摘みに行かなくては。下痢止め、骨折の薬、咳の薬も必要だからな――じゃ、俺は行くよ」
源太は俺にくるりと背を向けると、大きな背負子が俺の鼻先をかすめた。俺は盛大に顔を顰め、その背負子を、後ろから掴み、源太を止める。
「ちょっと待て。俺も行く」
*
「べつに、着いて来なくても、良かったんだぞ」
「いいんだよ。べつに、陣営にいても、どうせ、休めない。武士に、やることを言いつけられたりして」
俺は、源太の案内で、山の斜面を登っていった。
藪を踏み超えながら、斜面をぐるりと裏側に向かって歩いたところに、小さな沼があった。
源太はすぐに、その一角にある木の傍に歩み寄る。
「ほら、これがキハダ。弥次郎、こっちに来て、これを見ろ」
ごつごつとした木の皮を、源太がぺろりと剥く。すると、驚くほど鮮やかな黄色い肌が現れる。俺は、ほー、と声を上げた。
「なるほど、だからキハダか」
「分かりやすいだろ。腹痛から、傷まで、なんにでも効く万能薬だ。お前も覚えておくといい」
源太はそう言うと、にっこりと笑った。
植物の話をしているときの源太は、とても楽しそうだ。なんで、こんな奴が、戦場に来ちまったんだろ、と俺は心の中でため息を吐く。余計なお世話なんだろうが。
その後も、俺は源太に草の特徴を教わりつつ、薬草を探した。草の見分けなどつかない俺は、かえって源太の足手まといだったかもしれないが、源太は助かるよ、と言った。
生い茂った木立のせいで、あたりが暗くなるのは、普通より早く感じられた。俺たちは、急いで薬草を抜き集め、来た道を引き返した。
トンボが、辺りをひっきりなしに飛んでいる。いろいろな虫が鳴きかわす中で、ヒグラシの、その物悲しい声が、やけにはっきりと響いていた。
陽の陰りと共に、しだいに風が吹いてきた。日中の日差しで火照った肌に、冷たい風が、心地よい。
俺は、少し先を下っている源太の背中に、今日な、と話しだした。
「馬鹿みたいなやつに会ったんだ」
「どんな?」
「武士さ。逃がしてくれって、銀貨を出してきた」
「よかったなあ。儲かったな」
源太は、のほほんと言った。俺は吐き捨てるように言った。
「馬鹿いえ。こっちは武士でもないのに、覚悟をもって、命懸けで、戦ってるんだぜ。なのにあいつら――武士は、こっちが雑兵だと、急に馬脚を現しやがる。あいつも、もし武士が相手なら、『俺を殺せ』って言うだろうよ」
「そうか? そいつはきっと、誰が相手でも、逃げようとするよ」
「そりゃそうかもしれないが――でも源太、お前は逃げないだろ」
源太は、でこぼこした山道を、平地のように素早く下っていく。
「まあ、それはそうだが――俺は物心ついたときから、寺にいるから、あまり死を怖いと思わないんだよーーだが、他のやつらが命乞いをする気持ちも、わかる気はする」
「なんでだよ」
源太は立ち止まると、近くに生えている木から白く大きな花をちょいと摘み、俺に渡した。
「蜜を吸ってみろ。甘いぞーーそれで、さっきの質問だがな。簡単だ。大切なものを守りたいんだろう。それに、お前だって結局逃がしたんだろ、そいつのこと」
俺は黙り込んだ。
源太は俺に、微笑みかける。
「弥次郎、お前はたしかに強い。だが、戦場には向いてないな。お前は優しい人間だ」
俺は、呆れた。
「何いってんだ。たった今、人を殺して帰ってきたばかりの人間捕まえて」
でも源太は、何も言わないで、また山を下り始めた。
顔を上げると、木々の隙間から、一番星が見えた。
俺たちは、生きて戻れたことを、互いに喜び合った。
適当な日よけになる木の下に腰かけ、俺は水を飲んだり、自前で持っていた薬草を、傷口に塗った。
その際、俺はさり気無く、陣営のそこここに目を遣った。忠頼の姿を探すともなく捜す。だが、見つからなかった。
だからといって、俺は、大して気にはしなかった。きっと、己の部屋で休んでいるのだろう、とそこまで考えて、急にあの時のことを思い出してしまう。
俺はすぐに別のことを考えるよう努めた。
戦の間は、余計なことは、考えたくない。
今だって、忠頼の姿を探している自分のことも、認めたくはないのだ。
それに、あの時のことを考え出したら、多分俺は、自分の気持ちを、はっきりと自覚せずにはいられなくなる。
それが、怖かった。
その時、ちょうど、仲間が一人、戻って来て、俺は立ち上がった。すこし怪我をしていたので、処置のできる場所まで、俺も付き添った。
手当てをする場所は、布を張った屋根があるだけで、たいして立派なものではない。だが、少なくとも疵口を洗い流したり、薬草を貼ったりと言うことはできた。
仲間を医者に引き渡し、戻ろうとしたときに、俺はこっちに向かって歩いてくる源太を見つけた。
俺が、おう、と、声を掛けると、源太は、少し、ほっとしたような顔をして、駆け寄って来た。
「帰ってたのか、弥次郎。遅かったから、まさかとおもったぞ」
「そんな簡単には、くたばらねえよ。他の奴らはどうだ?」
「いつもと似たり寄ったりだよ。斬られたやつ、刺されたやつ。又吉は腕が折れて出血がひどい。だが、まあ、今日持ちこたえれば、命に別状はないだろう。ただ――」
さっと、源太の顔が曇る。
「恵三は死んだ。胸から腹を割かれて、ここまで何とかたどり着いたんだが、さっき息を引き取った」
その時、ふいに、誰かの痛々しい呻き声が聞こえた。又吉だろうか。俺は静かに、源太に聞いた。
「……恵三は、苦しんだか」
俺は恵三のひょうきんな顔を思い出しながら問う。よく笑う、気のいい奴だった。
「一刻ほどだ。すぐ動かなくなった」
俺は少しほっとする。
苦しみの中、ずうっと、のたうち回って、なかなか死ねない者もある。すぐに死ねるのは幸せだ。
と、そこまで考えて、俺は頭を掻いた。こんなふうな、乾いた物の考え方をするようになった自分もまた、どこか、おかしくなっているのだろう。
源太は、坊主らしく、顔の前で手を合わせていた。その角ばった顔には、疲労が、濃く滲んでいる。
「ところで、源太、お前、働きすぎだぞ。昨日も看病で寝てねえんだろ。今日はさっさと休めよ。キリがねえ仕事だ」
「まあな。だが、そうも言ってられん。そろそろ薬草が足りないんから、日が暮れる前に、摘みに行かなくては。下痢止め、骨折の薬、咳の薬も必要だからな――じゃ、俺は行くよ」
源太は俺にくるりと背を向けると、大きな背負子が俺の鼻先をかすめた。俺は盛大に顔を顰め、その背負子を、後ろから掴み、源太を止める。
「ちょっと待て。俺も行く」
*
「べつに、着いて来なくても、良かったんだぞ」
「いいんだよ。べつに、陣営にいても、どうせ、休めない。武士に、やることを言いつけられたりして」
俺は、源太の案内で、山の斜面を登っていった。
藪を踏み超えながら、斜面をぐるりと裏側に向かって歩いたところに、小さな沼があった。
源太はすぐに、その一角にある木の傍に歩み寄る。
「ほら、これがキハダ。弥次郎、こっちに来て、これを見ろ」
ごつごつとした木の皮を、源太がぺろりと剥く。すると、驚くほど鮮やかな黄色い肌が現れる。俺は、ほー、と声を上げた。
「なるほど、だからキハダか」
「分かりやすいだろ。腹痛から、傷まで、なんにでも効く万能薬だ。お前も覚えておくといい」
源太はそう言うと、にっこりと笑った。
植物の話をしているときの源太は、とても楽しそうだ。なんで、こんな奴が、戦場に来ちまったんだろ、と俺は心の中でため息を吐く。余計なお世話なんだろうが。
その後も、俺は源太に草の特徴を教わりつつ、薬草を探した。草の見分けなどつかない俺は、かえって源太の足手まといだったかもしれないが、源太は助かるよ、と言った。
生い茂った木立のせいで、あたりが暗くなるのは、普通より早く感じられた。俺たちは、急いで薬草を抜き集め、来た道を引き返した。
トンボが、辺りをひっきりなしに飛んでいる。いろいろな虫が鳴きかわす中で、ヒグラシの、その物悲しい声が、やけにはっきりと響いていた。
陽の陰りと共に、しだいに風が吹いてきた。日中の日差しで火照った肌に、冷たい風が、心地よい。
俺は、少し先を下っている源太の背中に、今日な、と話しだした。
「馬鹿みたいなやつに会ったんだ」
「どんな?」
「武士さ。逃がしてくれって、銀貨を出してきた」
「よかったなあ。儲かったな」
源太は、のほほんと言った。俺は吐き捨てるように言った。
「馬鹿いえ。こっちは武士でもないのに、覚悟をもって、命懸けで、戦ってるんだぜ。なのにあいつら――武士は、こっちが雑兵だと、急に馬脚を現しやがる。あいつも、もし武士が相手なら、『俺を殺せ』って言うだろうよ」
「そうか? そいつはきっと、誰が相手でも、逃げようとするよ」
「そりゃそうかもしれないが――でも源太、お前は逃げないだろ」
源太は、でこぼこした山道を、平地のように素早く下っていく。
「まあ、それはそうだが――俺は物心ついたときから、寺にいるから、あまり死を怖いと思わないんだよーーだが、他のやつらが命乞いをする気持ちも、わかる気はする」
「なんでだよ」
源太は立ち止まると、近くに生えている木から白く大きな花をちょいと摘み、俺に渡した。
「蜜を吸ってみろ。甘いぞーーそれで、さっきの質問だがな。簡単だ。大切なものを守りたいんだろう。それに、お前だって結局逃がしたんだろ、そいつのこと」
俺は黙り込んだ。
源太は俺に、微笑みかける。
「弥次郎、お前はたしかに強い。だが、戦場には向いてないな。お前は優しい人間だ」
俺は、呆れた。
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