ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ

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二章

回想1 その、お久しぶり…です

「こら、暴れるな」
 俺は、ぶるる、と首を振る、馬の轡を引いた。立派な鞍を付けた、真っ黒い馬が、何度か足踏みした。
 大分、夜が明けるのが早くなった。明ける前の空は、薄っすらと蒼く、鳥たちが遠慮がちに囀り始める声が、そこここから聞こえる。空には雲がぽつりぽつりと浮かんでいるだけだ。今日から、水無月(新暦六月~七月)に入る。
 俺は、陣営の脇で馬の鼻先を引きながら、空を見上げていた、今日も一日、暑くなりそうだ、と俺は思った。
 俺は陣営の傍で、忠頼の馬を従え、忠頼が来るのを待っていた。



 俺たち、雑兵に招集が掛かったのは、一月ほど前の事だった。忠頼や、他の有力武士たちの部下は、もっと以前から、兵糧を集めたり、城を作ったり、戦の準備を進めていた。だが、俺たちが来たのは、つい十日前のことだ。
 俺が、新しい陣営に辿り着いたとき、忠頼は不在だった。忠頼もまた、領地を司る長なのだ。多忙のため、陣営の事は、信頼できる従者に任せているらしい。
 数日後、忠頼が陣営に合流するらしいという噂を、俺は庄吉から聞いた。その時、陣営にやってきた忠頼の一行を、俺は皆と共に出迎えた。
 だが、出迎えたとはいっても、俺は一雑兵だ。群衆の中に紛れた俺からは、忠頼は遠く、ちらりとしか見えなかった。
 だが、俺の視線は、まるで吸い寄せられるようにそこに固定された。
 冬の間、すっかり朧げになってしまった、と思っていた忠頼の記憶が、溢れるように湧きだした。俺の体は震え、俺は思わず、自分の体を抱いた。体が、その声を、その温かさを求めているようだった。
 しかし、到着の日から、三日たっても、五日経っても、忠頼から、俺にお呼びがかかることは、なかった。
 俺だって、馬鹿ではない。状況は、理解しているつもりだ。忠頼が忙しいのは、分かる。これからの戦で、確認することや、準備すること、考えなくてはならないことは、山ほどあるだろう。
 だが、俺はどうしても、間近で顔が見たかった。しかし、邪魔になっては元も子もない。 俺が考えあぐねているうちに、忠頼が、毎朝早朝に、矢の練習をしているらしいと知った。そこで、俺は馬廻に頼み込んで、今日だけ、馬を引かせて貰う約束を取り付けたのだ。
 遠くに人の気配を感じ、俺はハッと顔を上げた。
 薄闇の中、此方に向かって歩いてきている姿が、六間(十八m)ほど先に、見えた。
 直垂(ひたたれ)に袴、侍烏帽子(えぼし)に、籠手といういで立ち。音も立てず、此方に向かってくるその姿は、去年と全く変わらない。俺は懐かしさで、胸が詰まった。
 すでに、忠頼も、俺を視認しているはずだった。なのに、忠頼は何も言わない。
 ついに忠頼は、俺の前まで来た。だが、じっと俺を見ているだけだ。訝しんでいるのかもしれない、と思い当たって、俺は言葉を探した。
「その……お久しぶり、です」
 俺は、首のあたりを掻きながら、言葉をひねり出す。
「いつも、朝は、弓の稽古をしてると聞きました。弓矢を拾うくらいなら、俺でもできる故、もしお役に立てれば、と思い、参りました――だが、邪魔なら、帰ります」
 俺は目を地面に落とした。忠頼は何も言わない。俺はすでに、ここに来たことを、後悔し始めていた。馬鹿なことを、してしまった、という気持ちで、すっと背筋が冷える。
 しかし、忠頼は何も言わず、俺の前を通り過ぎると、馬に乗った。俺が黙っていると、上から声が降ってきた。
「どうした。お前が、弓場まで、馬を引いてくれるのだろう」
 俺ははっとして顔を上げた。忠頼は、薄く笑っている。そして、涼しい声で言った。
「既に、馬廻から話は聞いていた」
 俺は一瞬、ぽかんと口を開けた。そして言葉の意味を理解すると、すぐに怒りが沸いた。
――くそ。揶揄いやがって。
 俺は腹立たしさと、嬉しさが、ないまぜになった気持ちのまま、忠頼の馬の轡を引っ張った。
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