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二章
回想2 俺は何をしてるんだろう
弓場には、すぐついた。弓場とはいえ、正式な訓練場ではない。簡易的に、的の代わりに、丸太が数本、平地に置いてあるだけの場所だ。
そこは閑散として、山々の間から姿を現した太陽が、白く清い光でもって地を温めている。
忠頼はまず立って弓を構え、続けざまに百本の矢を撃った。
相変わらず、忠頼の腕は確かなものだ。今度も外れることなく的に当たった。
俺は、その姿に見惚れていた。矢をつがえ、弓を引き絞り、手を離す。それは祈りにも似た、流れるような動作で、風のない時の湖面のような、済んだ静謐さが、そのたたずまいにはあった。
矢が全て放たれると、俺は的へ走り、的から矢を引き抜いていった。矢をすべて集めると、纏めて忠頼に渡す。忠頼はそれを受け取り、再び百本の弓を射る。
忠頼は何も言わないので、何を考えているか、よくわからない。だが、帰れとは言われていないから、多分、俺はここにいてもいいのだろう。
俺は、弓を射る忠頼を、ぼんやりと眺めながら、去年のことを思い出していた。
忠頼と雨の中会った次の朝、南波殿から、撤退の命令が出た。撤退は三日後だと、南波殿は言った。
干飯を用意したり、山菜や木の実を集めたりと、できることは、すでにしていたが、それでもやはり慌ただしい。俺たちは出来る限りの速さで、準備を整えた。
俺たちは、うまくやった。城を放棄し、南波殿や、他の地位の高い武士たちも、皆自害した――という風に見せかける工作をした。
お陰で俺たちは、追手に追われることもなく、ほぼ皆無事に帰郷できたのだった。
冬の間、俺は、何度も何度も、忠頼のことを考えた。考えすぎて、そのうち、なんだか自分が、阿呆のように思えてくるほどだった。
それに、記憶の中の忠頼は、いつも仏頂面だ。そのうち、あれはすべて、夢だったのかもしれない、と、思うこともあった。
だから俺は、忠頼に会って、はっきり確認したかったのだ。自分の気持ちも、忠頼の気持ちも。
しかし、ここにきて、それは自分へのただの言い訳だったと思い知らされた。
自分はただ、この男の顔が見たかったのだ。少しでも近くにいたかったのだ。それを認めるのは、少し悔しかったが、同時に、どこか心地がよかった。
稽古はようやく終わった。忠頼は併せて、矢は、五百ほど放っただろうか。俺は最後の矢を矢筒に詰めて、馬上の忠頼に渡した。矢を拾うのも、一苦労だ。だが、やっぱり忠頼は、平然としている。
俺は自分の気持ちを紛らすために、ずっと訊きたかったことを聞いた。
「忠頼殿。あのとき、なんで与助を助けたですか」
忠頼は、此方を見ずに言う。
「仲間の兵を助けるのが、そんなに不思議か」
「違いますよ。忠頼殿の御命も、危なかったんじゃないですか」
「そこまでではない。あの場所は、夕日が反対側から差す。日中より、だいぶ敵に見付かりにくくなる」
違え。そういうことじゃねえ。俺はもどかしくなって、言う。
「かもしれねえけど。でも、わざわざ助けに行く者など、他にはいない」
忠頼は、当然のことのように言う。
「与助は人望がある。そのような人物を失うことは、軍の士気に関わる。それに、与助は山の動物に詳しい。失うには惜しかった。それだけだ」
それを聞いて、弥次郎は、ああ、と、相槌を打つ。弥次郎たちが、食料を取りに隣の山や集落を歩いていた時、クマに襲われそうになったものがいた。しかし、与助は、木についた印や、食べかけの餌などを見て、巧みに熊を避ける道を示してくれた。
俺は口をつぐんだ。まっとうな、意見だ。
俺は忠頼のきちんとまとめられた髷や、しっかりした練絹の衣、新品の草履を、ちらりと見た。
それらは少しの綻びも、汚れもなく、朝の光の中で輝くようだった。
俺の着物は、忠頼の着物に比べたら、ボロ布みたいなものだ。それは、嫌がおうにも、自分と相手の、住む世界の違いを感じさせた。
俺はなんだか、急に、自分が馬鹿みたいに思えてきた。忠頼は、俺に会えて、うれしいと思っているのだろうかも、分からない。
朝日は山間から既に顔を出し、二人を照らし出していた。朝もやに霞む林の方から、まだたどたどしい鶯の鳴き声が聞こえてくる。きりりと冷たく湿った風が吹き抜けていく。
忠頼は矢筒を背負い、弓を担いだ。
すると、忠頼がふと気が付いたように、俺を覗き込んだ。
俺はいっぺんに緊張した。忠頼は俺の顔に手を差し伸べ、俺は思わず身を固くした。
忠頼の指が、俺の右耳の上あたりに、僅かに触れる。
そこは閑散として、山々の間から姿を現した太陽が、白く清い光でもって地を温めている。
忠頼はまず立って弓を構え、続けざまに百本の矢を撃った。
相変わらず、忠頼の腕は確かなものだ。今度も外れることなく的に当たった。
俺は、その姿に見惚れていた。矢をつがえ、弓を引き絞り、手を離す。それは祈りにも似た、流れるような動作で、風のない時の湖面のような、済んだ静謐さが、そのたたずまいにはあった。
矢が全て放たれると、俺は的へ走り、的から矢を引き抜いていった。矢をすべて集めると、纏めて忠頼に渡す。忠頼はそれを受け取り、再び百本の弓を射る。
忠頼は何も言わないので、何を考えているか、よくわからない。だが、帰れとは言われていないから、多分、俺はここにいてもいいのだろう。
俺は、弓を射る忠頼を、ぼんやりと眺めながら、去年のことを思い出していた。
忠頼と雨の中会った次の朝、南波殿から、撤退の命令が出た。撤退は三日後だと、南波殿は言った。
干飯を用意したり、山菜や木の実を集めたりと、できることは、すでにしていたが、それでもやはり慌ただしい。俺たちは出来る限りの速さで、準備を整えた。
俺たちは、うまくやった。城を放棄し、南波殿や、他の地位の高い武士たちも、皆自害した――という風に見せかける工作をした。
お陰で俺たちは、追手に追われることもなく、ほぼ皆無事に帰郷できたのだった。
冬の間、俺は、何度も何度も、忠頼のことを考えた。考えすぎて、そのうち、なんだか自分が、阿呆のように思えてくるほどだった。
それに、記憶の中の忠頼は、いつも仏頂面だ。そのうち、あれはすべて、夢だったのかもしれない、と、思うこともあった。
だから俺は、忠頼に会って、はっきり確認したかったのだ。自分の気持ちも、忠頼の気持ちも。
しかし、ここにきて、それは自分へのただの言い訳だったと思い知らされた。
自分はただ、この男の顔が見たかったのだ。少しでも近くにいたかったのだ。それを認めるのは、少し悔しかったが、同時に、どこか心地がよかった。
稽古はようやく終わった。忠頼は併せて、矢は、五百ほど放っただろうか。俺は最後の矢を矢筒に詰めて、馬上の忠頼に渡した。矢を拾うのも、一苦労だ。だが、やっぱり忠頼は、平然としている。
俺は自分の気持ちを紛らすために、ずっと訊きたかったことを聞いた。
「忠頼殿。あのとき、なんで与助を助けたですか」
忠頼は、此方を見ずに言う。
「仲間の兵を助けるのが、そんなに不思議か」
「違いますよ。忠頼殿の御命も、危なかったんじゃないですか」
「そこまでではない。あの場所は、夕日が反対側から差す。日中より、だいぶ敵に見付かりにくくなる」
違え。そういうことじゃねえ。俺はもどかしくなって、言う。
「かもしれねえけど。でも、わざわざ助けに行く者など、他にはいない」
忠頼は、当然のことのように言う。
「与助は人望がある。そのような人物を失うことは、軍の士気に関わる。それに、与助は山の動物に詳しい。失うには惜しかった。それだけだ」
それを聞いて、弥次郎は、ああ、と、相槌を打つ。弥次郎たちが、食料を取りに隣の山や集落を歩いていた時、クマに襲われそうになったものがいた。しかし、与助は、木についた印や、食べかけの餌などを見て、巧みに熊を避ける道を示してくれた。
俺は口をつぐんだ。まっとうな、意見だ。
俺は忠頼のきちんとまとめられた髷や、しっかりした練絹の衣、新品の草履を、ちらりと見た。
それらは少しの綻びも、汚れもなく、朝の光の中で輝くようだった。
俺の着物は、忠頼の着物に比べたら、ボロ布みたいなものだ。それは、嫌がおうにも、自分と相手の、住む世界の違いを感じさせた。
俺はなんだか、急に、自分が馬鹿みたいに思えてきた。忠頼は、俺に会えて、うれしいと思っているのだろうかも、分からない。
朝日は山間から既に顔を出し、二人を照らし出していた。朝もやに霞む林の方から、まだたどたどしい鶯の鳴き声が聞こえてくる。きりりと冷たく湿った風が吹き抜けていく。
忠頼は矢筒を背負い、弓を担いだ。
すると、忠頼がふと気が付いたように、俺を覗き込んだ。
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