ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ

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二章

戦からの帰途1 血の匂い

――あと、どれぐらいで、陣営に辿り着くのだろう。
 俺は木々の隙間から、天を仰いだ。今にも雪が降りだしそうな雲が、薄っすらと、天を覆っている。俺は、かじかむ手を、数度、叩き合わせた。
 俺たち南波軍は、隊列を組み、黙々と山の中を歩み進んでいた。
 山道は、急な登りだった。うっそうと茂る木々に光が阻まれ、あたりは薄暗い。
 戦いは伸び、俺たちは、とうとう戦地で、年を越した。
 今俺たちが向かっているのは、南波の陣営のある下谷村だった。俺は、故郷の村に帰ることもできたが、そうはしなかった。今帰っても、たいして、やることもない。それなら、下平村で人夫として雑用をこなしていれば、飯は食わせてくれると、南波殿は言った。
 五日かけて、俺たちは行程をほぼ三分の一まで来ていた。
 皆、疲れ切って、無言で歩いていた。
 隊列は、五十人ほどで組まれた。最初は中ほどにいた、俺と五郎兵衛、庄吉は、今や、しんがりだった。
 庄吉はどこか、ぼおっとして、歩みが遅かった。俺たちは、章吉の荷物を持って進んでいたが、それでも、庄吉は、隊列に付いていくのが、やっとのありさまだった。
 がさがさと、草を掻き分ける音に、鳥の声が混じる。吐く息が、僅かに温かく感じられた。
 ふいに、俺は、さっと屈み、藪に身を隠した。後方で鳥の激しい羽音が聴こえたのだ。仲間たちも、それぞれ、即座に茂みに身を隠した。辺りに目を走らせ、耳を澄ませる。
 しばらく、誰も一言も発しなかった。
 だが、辺りは、しんとしていて、兔一匹、出てこない。
 俺たちは、再び、藪から這い出ると、何もなかったように、また歩き出す。
 用心しすぎているようにも思えたが、それでよかった。
 移動中の兵は、無防備だ。奇襲されたら、ひとたまりもない。実際に、隊列から遠く分断されてしまった兵が、山賊や村人に襲われた例は、たくさんある。
 俺はよろめいた。立ち上がり、一歩、踏み出した足が縺れたのだ。 
 寒さと疲れで、俺の体も心も、石のように固く、重かった。疲れすぎていて、何を見ても、あまり感情が動かない。
 辛うじて感じるのは、戦いの最中に受けた創(きず)の、鈍い痛みだけだ。
 しかし今や、それさえもどこか、他人事のように感じるのだった。
 俺は先を歩く兵の背中に目を凝らした。見失わないように、必死に追いかける。
 俺はぼんやりと、先の戦いのことを、思い出していた。
 天王寺の戦いで、南波軍は一四時間の激戦の末、勝利した。しかしそれは、勝ったというよりも、なんとか格好をつけて凌ぐことができた、という方が正しい。
 あのあと、援軍として都に駆け付けた武将たちは、強かった。俺たちは苦戦した。
 そんな中、士気の上がらない俺たちに、南波殿から伝令があった。
 『我らの主である、布津帝がこの国を統治することこそ、正当なのだ』と、そこには書いてあった。
 しかし、俺たち雑兵の士気が、そんなことで鼓舞されるわけがない。だが、伝令はそこで終わらなかった。伝令は、こう続いた。
『よって、俺たちは負けるわけはなく、報酬もきちんと貰える』と。
 南波様は、この辺の言い方はうまい。伝令には、具体的かつ詳細に、手柄と報酬の一覧が書かれていた。
 結局、そのおかげで、俺たちは、餌を目の前にぶら下げられた犬みたいになって、なんとか敵を討ち取ることができたのだ。
 しかし、これでめでたしめでたし、とはいかなかった。
 さあ、いよいよ都に入るぞと思った矢先、報が入ったのだ。
 それは、以前も戦ったことのある名将、内野宮の軍が、此方に向かってきている、という情報だった。
 俺たちは、勝利の美酒に酔う暇もなく、決断を迫られた。このまま、都に進軍するか否か。
 しかし、南波殿は、進軍の案を、あっさりと退けた。この状態で戦っても何も意味がない、というのが理由だった。
 勿論、都での戦いに参戦し、一ノ瀬たちを打ち取ることができれば、俺たちの株は上がる。だがもし、これ以上戦が長引いたら、此方が不利になることは目に見えている。自陣に戻って軍備を整え、敵を迎え撃つことが正しい選択だと、南波殿は考えたらしい。
 それは、前線で戦っている俺たち雑兵も、同意見だった。冷静に状況を見ているものであれば、これ以上の戦いは、犠牲を増やすだけだと見てわかる。
 勿論、それに対して、反対意見を述べる者も、中にはいた。名家の武将たちだ。
 都は目と鼻の先だ、とか、ここまで来たのは何の為か、とか、都の武将どもに、腰が引けたと思われるぞ、など。
 だが、南波殿は、頑として、己の決断を曲げなかった。
 あの時は、皆が、『南波様についていけば、安心だな』と、思ったはずだ。さすが、忠頼が付いていくと、決めた人である。
 俺が、ぼんやりと、物思いにふけりつつ、歩いていると、急に、ぐいと腕を引かれた。
 五郎部だった。そのまま俺の腕を掴み、屈みこませる。庄吉も、屈んでいた。俺は、小さな声で聴いた。
「どうした?」
「今、一瞬、血の匂いがした」
 五郎兵衛の言葉に、俺は、小さく息を飲み、瞬時に辺りを伺った。
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