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二章
戦からの帰途2 戦の中の狂気
五郎兵衛の言葉に、俺は、小さく息を飲み、瞬時に辺りを伺った。
視界を埋めている下草を、下から覗くように透かし、周りに目を走らせる。
枯枝や落ち葉が、かさかさと、擦れる音が聴こえた。乾いた風が、鼻先を冷やしている。
「あ……」
遠くに目を凝らしていた庄吉が、少し目線を上げた。そのまま、這うように、先へ進んでいく。
「おい」
俺たちは小声で庄吉を呼んだが、庄吉は素早かった。仕方なく、俺たちも、そちらに向かう。
木々の隙間をすり抜けると、確かに血の匂いがした。腰ほどの背丈の草やぶの中に、座り込んだ人影が見え、俺はぎくりとして槍に手を掛けた。
「大丈夫。死んでる」
庄吉は言った。
俺はほっとして、短剣をしまい、亡骸の正面に回り込む。
辺りの茂みには、ところどころに、血が、べっとりとついていた。
死んでいる男は、戦いの中で負傷した、兵らしかった。逃げたが、途中で息絶えてしまったのだろう。今の時期は寒いため、亡骸はほとんど腐乱していない。
俺たちは、何も言わず、おざなりに遺体の前で手を合わせる。それから、兵が身に着けているものを検分し、使えそうなものを手早くはぎ取った。
外で死体を見付けた時、周りに敵がいなければ、この作業はほぼ全員が、必ず行う。雑兵は常に物資不足に悩んでいるのだ。
曇り空から降り注ぐ、わずかな陽の光も、木々に遮られていた。あたりは暗く、しんと静かだ。
死んでしまえば、敵も味方も同じだと、俺は思う。遺体である。ただそれだけだ。
俺たちは、小刀、水筒、草鞋の替えなど、まだ使えそうなものを拝借した。亡骸の体は、すでに固くなっていたため、服ははぎ取れなかったが。
作業を終えると、俺と五郎兵衛は、すぐに立ち上がり、歩き出した。ちらりと後ろを振り向く。庄吉は、まだ死体の脇に座っている。
「これ以上、隊から離れると、まずいぞ」
俺は苛々しながら、言った。もたもたしていたら、本当に隊に遅れてしまう。
確かに、ある程度、陣営の方向は分かる。だがそれにしたって、俺たち三人だけで山を越えるのは、危険が伴うし、第一、飯も大して携帯してない。
だが庄吉はいつまでたっても、立ち上がろうとしなかった。
俺は、走って引き返すと、死体のそばに座っていた庄吉の肩を掴んだ。
「いいかげんに――」
俺は凍り付いた。その時のことを、俺は生涯、忘れられない。
庄吉は、遺体の目を、指を差し込むようにして、くりぬいていた。
俺は見たくないのに、視線を逸らすこともできない。
そんな俺をよそに、庄吉は、抜いた目をつまみ、しげしげと見つめた。それから、目を草の上に置くと、売懐から短刀を取り出した。亡骸の鼻を摘み、そぎ落とそうとする。
「やめろっ」
俺は、庄吉の手をしっかりと押さえつける。
ぽかんと口を開けたまま、庄吉は言った。庄吉は既に十九だが、その白い顔は、まだ、あどけない。
「なんで、いけないの? だってこいつら、俺たちの仲間を殺したんだ」
「馬鹿野郎。俺たちだってこいつらを殺してる。いいから、ここから離れるんだ」
俺は、庄吉の手から、無理矢理短刀を奪おうとした。だが、庄吉は、恐ろしいほど、短刀を、固く握りしめ、放さない。
俺は庄吉の手の甲を抑え、もう一方の手で短刀を抜き取った。
庄吉と目が合う。その目は、幽霊のように、ぼうっとして、現実のものではないようだ。
俺はぞっとして、与助の手を引っ張って立たせた。もうたくさんだ、と呟きながら。
その時だった。五郎兵衛の短い叫び声と、うめき声が、林にこだました。
「敵だ! 二人とも、逃げろ!」
視界を埋めている下草を、下から覗くように透かし、周りに目を走らせる。
枯枝や落ち葉が、かさかさと、擦れる音が聴こえた。乾いた風が、鼻先を冷やしている。
「あ……」
遠くに目を凝らしていた庄吉が、少し目線を上げた。そのまま、這うように、先へ進んでいく。
「おい」
俺たちは小声で庄吉を呼んだが、庄吉は素早かった。仕方なく、俺たちも、そちらに向かう。
木々の隙間をすり抜けると、確かに血の匂いがした。腰ほどの背丈の草やぶの中に、座り込んだ人影が見え、俺はぎくりとして槍に手を掛けた。
「大丈夫。死んでる」
庄吉は言った。
俺はほっとして、短剣をしまい、亡骸の正面に回り込む。
辺りの茂みには、ところどころに、血が、べっとりとついていた。
死んでいる男は、戦いの中で負傷した、兵らしかった。逃げたが、途中で息絶えてしまったのだろう。今の時期は寒いため、亡骸はほとんど腐乱していない。
俺たちは、何も言わず、おざなりに遺体の前で手を合わせる。それから、兵が身に着けているものを検分し、使えそうなものを手早くはぎ取った。
外で死体を見付けた時、周りに敵がいなければ、この作業はほぼ全員が、必ず行う。雑兵は常に物資不足に悩んでいるのだ。
曇り空から降り注ぐ、わずかな陽の光も、木々に遮られていた。あたりは暗く、しんと静かだ。
死んでしまえば、敵も味方も同じだと、俺は思う。遺体である。ただそれだけだ。
俺たちは、小刀、水筒、草鞋の替えなど、まだ使えそうなものを拝借した。亡骸の体は、すでに固くなっていたため、服ははぎ取れなかったが。
作業を終えると、俺と五郎兵衛は、すぐに立ち上がり、歩き出した。ちらりと後ろを振り向く。庄吉は、まだ死体の脇に座っている。
「これ以上、隊から離れると、まずいぞ」
俺は苛々しながら、言った。もたもたしていたら、本当に隊に遅れてしまう。
確かに、ある程度、陣営の方向は分かる。だがそれにしたって、俺たち三人だけで山を越えるのは、危険が伴うし、第一、飯も大して携帯してない。
だが庄吉はいつまでたっても、立ち上がろうとしなかった。
俺は、走って引き返すと、死体のそばに座っていた庄吉の肩を掴んだ。
「いいかげんに――」
俺は凍り付いた。その時のことを、俺は生涯、忘れられない。
庄吉は、遺体の目を、指を差し込むようにして、くりぬいていた。
俺は見たくないのに、視線を逸らすこともできない。
そんな俺をよそに、庄吉は、抜いた目をつまみ、しげしげと見つめた。それから、目を草の上に置くと、売懐から短刀を取り出した。亡骸の鼻を摘み、そぎ落とそうとする。
「やめろっ」
俺は、庄吉の手をしっかりと押さえつける。
ぽかんと口を開けたまま、庄吉は言った。庄吉は既に十九だが、その白い顔は、まだ、あどけない。
「なんで、いけないの? だってこいつら、俺たちの仲間を殺したんだ」
「馬鹿野郎。俺たちだってこいつらを殺してる。いいから、ここから離れるんだ」
俺は、庄吉の手から、無理矢理短刀を奪おうとした。だが、庄吉は、恐ろしいほど、短刀を、固く握りしめ、放さない。
俺は庄吉の手の甲を抑え、もう一方の手で短刀を抜き取った。
庄吉と目が合う。その目は、幽霊のように、ぼうっとして、現実のものではないようだ。
俺はぞっとして、与助の手を引っ張って立たせた。もうたくさんだ、と呟きながら。
その時だった。五郎兵衛の短い叫び声と、うめき声が、林にこだました。
「敵だ! 二人とも、逃げろ!」
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