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二章
戦からの帰途3 次はお前だ
俺は反射的に、五郎兵衛がいた方向に目を遣った。木々の切れ目で、何かが、きらりと光った。
俺と庄吉は、その刹那に、総てを悟った。俺たちは、全力で走り出した。
出会いがしらで、敵に会ったのか、それとも、向こうが、最初から俺たちに、目を付けていたのかは、わからなかった。
ただ、最早それは、どうでもよいことだ。
今、はっきり分かっているのは、五郎兵衛が討たれたかもしれない、ということ。もう一つは、敵の足音が、ひどくしっかりとしていること。
そして、敵は俺たちの、すぐ背後に迫ってきている、ということだった。
何かが飛んできて、近くの木の幹に当たった。多分、礫か枝だろう。敵は、矢を持っていないはずだ。もし矢を持っていたなら、俺たちは、とっくに殺されていただろう。
だが、油断はできない。不意打ちとは言え、あの、屈強な五郎兵衛に、何らかの攻撃を加えた奴だ。
――五郎兵衛。生きててくれ。
俺は心の中で呼びかけた。逃げろと、五郎兵衛は言った。しかし、五郎兵衛は――
俺は、はっとして、振り向いた。
庄吉が、いない。
刹那、短い叫び声がした。与助の声かもしれない、と思ったが、辺りは薄暗く、近くに人の姿は見えない。
俺が、顔を前に戻そうとした途端、また、礫が飛んできた。
――相手には、俺の位置が分かっている。今はとりあえず、身を隠すべきだ。
後ろ髪を、引かれている場合ではなかった。振り向けば、走る速度が遅くなる。遅けりゃ、殺される。俺は、無我夢中で走り続けた。
その時、急に、俺は前方にある気配に気が付いた
切迫した状況の時、まれに、こうして、ふと勘が冴えることがあった。
誰かが茂みに隠れて、弥次郎が来るのを待ち構えている、そんな予感がした。
だが、引き返すわけにもいかない。
後ろには、すでに敵が迫っていた。それに、方向を変えて逃げるには、既に、茂みに近づき過ぎている。俺は、背負っていた槍に、手をかけた。
俺は斜面を素早く下りながら、一歩踏み出す度に、幾通りもの攻防を想定する。
逃げようと思ったが、茂みを横切る一瞬前に、茶色の茂みの枝の一部が、わずかに動いた。
――そこだ。
次の刹那には、俺の槍は、藪の中の敵に刺さっていた。呻き声が森に響く。
俺は、その槍を引き抜いた勢いのまま、後ろを振り向く。刹那、姿を現していた、背後の敵を目で捕らえた。
相手は俺から逃げようとして、一歩退く。だが、少しだけ遅かった。
俺は槍を投げた。相手は、なんとか身を躱した。そして、逃げられないと見るや、俺に向かってきた。相手は叫び、刀を振り下ろす。俺の脇腹に温かいものを感じた。血だ。腹が切れたらしい。
俺はそれを片手でいなすと、相手の手を返して刀を落とさせた。
俺は、そのまま間合いに入ると、持っていた短刀で相手の腹を刺した。相手の顔が怒りに歪む。
腹に穴があくのは一番苦しい。死ぬまでの時間が長いからだ。
普段なら、俺はなるべく腹を避ける。それで事足りるなら、手足を狙う。確実に、仕留めなければいけないときは、首を狙う。
だが、今はそんなことは、言っていられなかった。俺は疲れ切り、相手の動きを封じるために、いちいち手順を踏んではいられなかった。
俺は、男がよろめき、倒れた。くぐもった呻き声が、耳障りだ。
しかし、ぼんやりしている暇はないようだった。すぐ向こうから、数人の足音が聞こえた。まだ仲間がいる。これで終わり、という訳にはいかなそうだし、多勢に無勢では、分が悪い。
俺はすぐに槍を拾い、身を低くして藪に紛れると、その場から逃げ出した。
山の中で、俺は懸命に逃げた。倒木を越え、岩の下を這った。無我夢中だった。
追っ手は、執拗に、俺を追った。俺は時に躓き、転げながらも、なお走った。
自分の呼吸が耳鳴りのように、すぐそばに聞こえる。心臓が、胸から飛び出しそうに、ばくばくと波打つ。
息を吸うたび、冷たく乾燥した空気が喉を通り抜け、擦り切れるように痛んだ。だが、走り続けるしかなかった。
辺りはだいぶ暗くなっていた。ふいに、五郎兵衛と与助は、どうなったろう、と思った時だった。
斜面を降りていた俺の足元の土が、にわかに崩れた。
脳裏に、ついさっきた倒した相手の、怒りと恐怖に塗(まみ)れた顔が過(よぎ)った。
『次は、お前だ』
その顔が、そう言っているように聴こえた。
俺と庄吉は、その刹那に、総てを悟った。俺たちは、全力で走り出した。
出会いがしらで、敵に会ったのか、それとも、向こうが、最初から俺たちに、目を付けていたのかは、わからなかった。
ただ、最早それは、どうでもよいことだ。
今、はっきり分かっているのは、五郎兵衛が討たれたかもしれない、ということ。もう一つは、敵の足音が、ひどくしっかりとしていること。
そして、敵は俺たちの、すぐ背後に迫ってきている、ということだった。
何かが飛んできて、近くの木の幹に当たった。多分、礫か枝だろう。敵は、矢を持っていないはずだ。もし矢を持っていたなら、俺たちは、とっくに殺されていただろう。
だが、油断はできない。不意打ちとは言え、あの、屈強な五郎兵衛に、何らかの攻撃を加えた奴だ。
――五郎兵衛。生きててくれ。
俺は心の中で呼びかけた。逃げろと、五郎兵衛は言った。しかし、五郎兵衛は――
俺は、はっとして、振り向いた。
庄吉が、いない。
刹那、短い叫び声がした。与助の声かもしれない、と思ったが、辺りは薄暗く、近くに人の姿は見えない。
俺が、顔を前に戻そうとした途端、また、礫が飛んできた。
――相手には、俺の位置が分かっている。今はとりあえず、身を隠すべきだ。
後ろ髪を、引かれている場合ではなかった。振り向けば、走る速度が遅くなる。遅けりゃ、殺される。俺は、無我夢中で走り続けた。
その時、急に、俺は前方にある気配に気が付いた
切迫した状況の時、まれに、こうして、ふと勘が冴えることがあった。
誰かが茂みに隠れて、弥次郎が来るのを待ち構えている、そんな予感がした。
だが、引き返すわけにもいかない。
後ろには、すでに敵が迫っていた。それに、方向を変えて逃げるには、既に、茂みに近づき過ぎている。俺は、背負っていた槍に、手をかけた。
俺は斜面を素早く下りながら、一歩踏み出す度に、幾通りもの攻防を想定する。
逃げようと思ったが、茂みを横切る一瞬前に、茶色の茂みの枝の一部が、わずかに動いた。
――そこだ。
次の刹那には、俺の槍は、藪の中の敵に刺さっていた。呻き声が森に響く。
俺は、その槍を引き抜いた勢いのまま、後ろを振り向く。刹那、姿を現していた、背後の敵を目で捕らえた。
相手は俺から逃げようとして、一歩退く。だが、少しだけ遅かった。
俺は槍を投げた。相手は、なんとか身を躱した。そして、逃げられないと見るや、俺に向かってきた。相手は叫び、刀を振り下ろす。俺の脇腹に温かいものを感じた。血だ。腹が切れたらしい。
俺はそれを片手でいなすと、相手の手を返して刀を落とさせた。
俺は、そのまま間合いに入ると、持っていた短刀で相手の腹を刺した。相手の顔が怒りに歪む。
腹に穴があくのは一番苦しい。死ぬまでの時間が長いからだ。
普段なら、俺はなるべく腹を避ける。それで事足りるなら、手足を狙う。確実に、仕留めなければいけないときは、首を狙う。
だが、今はそんなことは、言っていられなかった。俺は疲れ切り、相手の動きを封じるために、いちいち手順を踏んではいられなかった。
俺は、男がよろめき、倒れた。くぐもった呻き声が、耳障りだ。
しかし、ぼんやりしている暇はないようだった。すぐ向こうから、数人の足音が聞こえた。まだ仲間がいる。これで終わり、という訳にはいかなそうだし、多勢に無勢では、分が悪い。
俺はすぐに槍を拾い、身を低くして藪に紛れると、その場から逃げ出した。
山の中で、俺は懸命に逃げた。倒木を越え、岩の下を這った。無我夢中だった。
追っ手は、執拗に、俺を追った。俺は時に躓き、転げながらも、なお走った。
自分の呼吸が耳鳴りのように、すぐそばに聞こえる。心臓が、胸から飛び出しそうに、ばくばくと波打つ。
息を吸うたび、冷たく乾燥した空気が喉を通り抜け、擦り切れるように痛んだ。だが、走り続けるしかなかった。
辺りはだいぶ暗くなっていた。ふいに、五郎兵衛と与助は、どうなったろう、と思った時だった。
斜面を降りていた俺の足元の土が、にわかに崩れた。
脳裏に、ついさっきた倒した相手の、怒りと恐怖に塗(まみ)れた顔が過(よぎ)った。
『次は、お前だ』
その顔が、そう言っているように聴こえた。
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