ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ

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二章

帰還と離別

 陣営に戻り二日目の日、俺はなにかに呼ばれたような気がして、ゆっくりと身を起こした。日が暮れ、夕闇が迫っていた。ジョウビタキの寂し気な鳴き声が、冷たい空気の中で響いていた。俺は重い体を引きずりながらも、忠頼や源太、他の仲間を捜しに、久々に陣営を歩き回った。
 体はだいぶ楽になっていた。二日間、高熱と疲労で朦朧としながらも、飯や臭い薬を食み、ヨモギの葉を傷口に塗っていたせいかもしれない。 
 また、これはあとでわかったことだが、俺が野営地にたどり着いたのは、本当にただの幸運だった。
 敵の様子を探るため、近隣の山を見まわっていた味方の山伏の一人が、たまたま山道に倒れていた俺を見つけたのだ。俺の恰好はみすぼらしいものだったが、腕に着けていた籠手が、赤磐兵の印のついたものだったため、目に留まったらしかった。
 陣営にははいろいろな人間がいた。びっこを引いているもの。腹に穴が開いてうめいているもの。指や腕が一部、無くなっているもの。熱や、体の痛み、怪我のただれ、下痢などで病んでいるもの。頭がおかしくなり、ずーっとぶつぶつ何かを呟いているもの。
 俺は、そこで改めて、今回の戦いが、今までで一番苦しかったのだと実感する。陣営にいる兵たちを眺めていると、こうして五体満足のまま生きている自分は、幸せだったのだと思わずにはいられない。
 しかしそれでも、生き残った兵たちの顔には、静かな活気と、悦びの表情があった。都の兵どもと対等に渡り合い、しかも勝ったのだということが、彼らの表情に輝きを与えているのだと、俺にもそれが分かった。
 戦いのさ中、兵たちは何度も、総て投げ出して逃げたいと思ったはずだ。
 だが、あの時、不利ななりに、あそこで粘ったことが、今、赤磐軍の兵たちに、ある種の自信と誇りを与えていた。
 それは一生涯、彼らの人生に燦然と輝く星であり、武士として戦い抜いたという自負だった。
 俺は小さな野営地の一角で、疲れたように座りこんでいる男に声をかけた。
「なあ、源太はどこか知っているか?」
 その男は顔を上げた。疲れ切っている様子なのに、目の光だけが異様に強い。男がぼんやりと、顎で方向だけを示す。
 俺は、直ぐには、その男の意図することが分からなかった。
「――ばかな」
 俺は軋む体を駆り立て、走って陣営の東北の端へ向かった。その場所が示す意味を、俺は信じられなかった。


  陣営の外、東北の方面に、ほとんど死にかけの兵たちを集めた小屋がある。俺は無造作に、小屋の戸を開いた。
 小屋は薄暗く、寒かった。とても静かで、人が立てるはずの音はほとんど聞こえない。一歩中に入ると、生臭いような匂いと、薬草の匂いがまじったものが鼻をついた。俺はますます、悪い夢を見ているような気持ちになる。
――ここに、いるわけがない。
 俺は、小屋の北側の端から、無造作に転がっている兵の顔を、一人一人検める。最奥よりひとつ手前にいる奴の顔を見た時、俺は心臓を掴まれたようにその場に立ち止まった
――源太。
その場にがくりと膝をつき、震えながら、俺は源太に顔を寄せる。
「なんで――どうして」
 源太の体は何処も傷ついてはいないのに、人形のような肌には血の気がまったくない。
 一瞬、じぶんが切り付けた敵兵が何人も頭の中をよぎった。俺があいつらを殺したから、こいつが今死んでいるのだろうか? そんな、まさか。
 この小屋を預かっている兵がやって来て、源太の目を手で開ける。兵はそのまま、源太を外に運び出そうとする。俺は思わず立ち上がる。
「おい、まだ」
「もう死んでますよ。ほら」
そう言って人夫は無造作に源太の手首を示す。脈をとってみろというのだろう。俺はおずおずと、源太の手を取った。その肌の冷たさに、俺はぞっとする。当然のように、脈動も感じられなかった。俺は独り言のようにつぶやく。
「……なんで」
「一昨日、兵たちの世話してるときにね、急に泡吹いて倒れたんですよ。それでそのまま――この人、昔、事故で頭を打ったって言ってましたから、そのせいでしょう」
「そんなことがあるのかよ」
「ありますよ。後から悪くなるっていうのは、よくある話です」
――よくある話。
 俺は歯ぎしりをし、黙って源太を見つめる。
「俺が運ぶ」
 兵は、軽く頷いただけで同意した。俺は源太を背負い、小屋を出、川へ向かった。死体は埋めるか、川に流す。
 夕日が山向こうに沈んでいく。薄紫色の濃淡を描く空に、橙色の雲が浮かんでいる。
川の水で手拭を湿らせ、俺は固くなってしまった源太の体を、できるだけきれい拭いてやる。
「源太。遅くなって悪かったな。ちょっと道に迷っちまって」
 源太の目は開かない。それでも俺は声を掛け続ける。
「……源太、お前、おれに兵糧をくれたな。俺はあれのおかげで帰ってこれたんだ」
 俺は声が震えるのをぐっとこらえ、また話し出す。
「お前――俺が、あっちにいかないようにって、見てたんだろ。ったくよ、なんてことしてくれたんだ。また生きて、戦わなきゃいけなくなったじゃねえか。お前だけ楽になってるんじゃねえよ――――まったく。帰って来いよ。お前も帰ってこい」
 俺は絞り出すようにそう言った。涙が伝い、源太の古ぼけた肩当に落ちて沁み込んでいく。それはすでに傷だらけで、ほとんど防御の意味をなさないものだ。俺はそれを哀れだと思う。傷だらけの薄っぺらい肩当は、まるで使い捨ての兵であるたちと同じだ。
 半刻(一時間)前、俺の中に僅かに燃えていた『武士の栄光と誇り』は、蝋燭の日を吹き消したように、今は消えてしまった。
 もう大分日が傾いてしまった。俺が源太の身体を拭き終わって顔を上げると、川面が陽に反射して茜色に煌いていた。俺は最後に、源太の髪の束を二寸ほど切り、紙で包むと懐に入れた。
 俺は源太を抱き、川に膝がつかるくらいの場所まで、ざぶざぶと歩いて行く。睦月の川は酷く冷たく、足は骨まできいんと痛んだ。
 俺は少し躊躇いながら、源太を己の前へ浮かべた。俺はもはや、流れる涙を拭うこともせずにいた。源太を支える両手がかじかむ。
――見知らぬ土地の、こんなに冷たい所に、こいつを置いていくのか。
 そう思うと、ふいにひどく離れ難くなった。自分がこの男に貰った、沢山のものを、俺はこの男にひとつも返していない。そう感じた。
――ごめんな。
 俺は源太の顔をじっと見つめた。その表情は、いつもと同じように、安らかなものだ。
――――お前がいてくれて、救われた。
 俺はそう思った。そして、愉しかった、ありがとう、と呟くと、源太の体を波にゆだねた。源太の体は、波間に沈んだり浮いたりしながら、川の曲がり角で消えた。
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