ただの雑兵が、年上武士に溺愛された結果。

みどりのおおかみ

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二章

火送り

 良く晴れた冬の夕刻。草地を風が吹き抜けていく。
 陣営の北の隅、井桁型に組まれた薪の中央で、火がぼうと燃え上がった。陣営の沢山の男たちに混じって、俺や孝太郎、五郎兵衛も歓声を上げる。
 煙は天高く伸び、上空の強い風にかき消されていく。『火送り』の弔い――亡くなった兵たちの供養は、その日の仕事を終えた兵士全員が見守る中で、始まろうとしていた。
 一番最初に、弔いをしたい、と、言い出したのが誰だったかはもうわからない。
  そもそも陣営で、木を組み、火を燃やす行為は、炊事以外ではご法度だった。木は大切な資源だし、火事となる危険もある。
 それに、死んだ者たちを悼むことは、士気を下げるという者もいた。だから、はじめのうちは、皆、弔いなど、実現しないだろう、とそう思った。
 しかし、ふたを開けてみれば、事情は少し違った。
 まず、城の整備は一年前から着々と準備が進められていた。だから、今回の籠城のための物資は、既にかなりの量が集まっていた。さらに、上位の武士の中に、非常に信心深い者がいた。ついでに、陣営の傍に、寺があった。
 そして何より、兵からの希望があった。皆、このたった数か月で死んでいった、大勢の味方の兵たちの無念を弔いたい気持ちがあった。

 僧は燃え盛る火の前で、僧が亡くなった者たちの名前を読み上げ、経を唱える。その声は細くなり長くなり、雲一つない冷たく乾燥した風に溶けてゆく。 その日は、風は冷たいが、日差しは強い日で、俺たちの背中は温かいくらいだった。
 読経の合間に、あちこちで涙するもの、嗚咽する者、亡くなったものの名前を呼ぶものがいる。
 その悲しみの吐露は、その場にいる者たちの腹の中に、濃く深く染みていった。それは、同じ痛みを持つ者の悲しみを開放すると同時に、癒していく。
 俺は顔の前で、掌を合わせる。俺は山で草木を採集していた源太を想像する。くだらない話でずっと笑っていた庄吉を想像する。
――源太。庄吉。さよなら。俺も、すぐそっちに行くから。
――向こうで、また会おうな。
 ふと隣を向くと、孝太郎が、両手でしきりに目頭を押さえている。孝太郎が、ちらりとこちらを見てから、すぐぜる炎に目を遣って、言った。
「いけねえな。この場の雰囲気は。泣くなって言う方が無理だ」
「ああ――いろいろ、思い出しちまうよな」
「――あっけねえよな。人って、すぐ死んじまうな――なのに、なんで生まれてくるんだろうなぁ――お前はどう思う? 五郎兵衛」
  五郎兵衛は鼻をすすりながら言う。
「――俺は、考えても分からんことは、考えない主義だ。俺は戦うことを選んだ。今考えてることは、無事生きること。あとは勝つことだ――それが、死んだ者の弔いにもなるとも、思っている」
 孝太郎は赤くなった目鼻をぐいと擦ると、ふと目を翳らせた。
「そうだな。命はあっけないが――投げ出すこともできねえ――兎に角、なんとか生き続けたいよ、俺も」
――あっけない、か――俺はきっと、戦で死ぬんだろうな。
  俺は二人の言葉を聞きながら、大した感慨もなく、そう思う。しかしそのすぐ後に、忠頼の顔が浮かんで、俺の胸は疼くように痛んだ。
 今回は上手く行ったが、次もまた上手く行くとは限らないのが戦だ。政治も戦況も、刻一刻と変わっていく。自分の事よりも、忠頼の命を考える方が、ずっと怖かった。
 沈黙の後、一つ息を着きながら、孝太郎が俺を振り向いた。
「――で、お前と左衛門殿はどうなんだ」
「は? 何の話だ」
 俺は自分の心を見透かされたような気がして、びくりとした。孝太郎は無造作に片手を振りながら、鼻の上に皺を寄せる。
「照れるな、気持ちわりい。違えよ。これは今後の話だ。この陣営での戦が終わったら、誰についていくのかっていう話だ。俺と五郎兵衛は左衛門殿の所に行く。あの人はよく物事を考えてるからな。で、お前らが上手く行ってるなら、お前はたぶんそこで左衛門殿の小姓になるんだろうから、俺たちの引きたてもよろしく頼む、ってことだ――上手く行ってるんだろうな?」
「――知らねえよ」
 俺が口籠ると、孝太郎が少し目を眇めて俺を見てから、五郎兵衛を振り向いた。
「ま、この顔なら、大丈夫そうだな」
 五郎兵衛が頷く。俺は決まりが悪くて、頭を掻く。
「気が早えよ」
「早くねえさ。時間なんてあっという間に過ぎて行っちまうもんだ。先のこと先のことを考えておかねえとな」
 そう言って、幸太郎は山の向こうを見つめる。まるでそこに、見えない景色を見るかのように。 炎は揺れ、薪がぱちぱちと爆ぜ、崩れる。一瞬、熱い風が、肌を焼いた。 
 中央から軍が放たれたと言う報が入ったのは、供養の日から、三日目の事だった。
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